第60話 大将を決める
その日の放課後。
学内大将決定戦のために、普段は授業で訓練場として使ってる場所に来てみると……既に場内にはとんでもない数のギャラリーができていた。
……たかが学内大将決定戦だぞ!?
そんなに見たいか?
面食らっている間にも、教師のうち一人が俺に気づき、つかつかとこちらに向かって歩いてくる。
「ハダル君。今日はわざわざウチのリヒトのワガママに付き合ってもらって、申し訳ないね」
開口一番、その先生はそう口にした。
「ウチの」という言い方から察するに……この人が件の上級生の担任、とかだろうか。
そしてリヒトってのは、その上級生の名前だな。
「審判は私が務めるが、リヒトを贔屓したりはしないから安心してくれ。というか正直、私は内心君に勝ってほしいんだ。リヒトは戦闘能力だけ見れば優秀な部類なんだが、素行が悪いのと天狗になってるのが玉に瑕でね……。今回君がぶちのめすことで、性格が治ってくれたら、なんて期待もしているんだ」
リヒトの担任と思われるこの先生は、続けてそう口にした。
……なんか余計な期待がトッピングされたんだが?
あまりに予想だにしない角度からの応援を受け、困惑していると……訓練場の中央部から、大声で俺に話しかける声が聞こえてきた。
「お前が一年のくせして俺を差し置いて大将になろうっていう礼儀知らずか?」
声のした方向を見ると……片手をポッケに突っ込んで眉間に皺を寄せた男の子が、こちらに向けて中指を立てていた。
「ビビって帰るならまだ許してやらぁ。でもそうじゃねえなら……ぶっ潰してやるから、早く出てこいやぁ!」
……いやいや、これあくまで「大将を」決める試合だろ?
「逸材」戦を前に相手を病院送りにしてはいけないとか、あくまでスパーリング程度に留めるとか、そういう考えには及ばないのだろうか。
ギャラリーを盛り上げるためのトラッシュトークだとしたら、なかなか上出来だとは思うが……担任お墨付きの素行不良じゃ、おそらくそういう配慮じゃないんだろうなあ。
などと考えつつ、俺は壇上に上がろうと足を進めた。
が、その時……俺はふと一つ気になり、リヒトの担任にこう尋ねた。
「あの……俺の相手って、リヒトくんだけですか? もう一人の出場選手は……」
「もう一人は別に出場順に不満を抱いていないので、今日は来てないぞ」
ああ、ゴネてる上級生って一人だけなのか。
じゃ、戦うとするか。
「では……始め!」
俺が初期位置につくと、先生が合図を出した。
合図と同時に……リヒトに動きがあった。
「これでも食らえやぁ!」
そう叫んだかと思うと、リヒト思いっきり片足で地面を踏んづける。
すると……地面に足がめり込んだ。
どういうつもりだ?
と思ったのもつかの間、俺は足元から嫌な予感がするのを感じた。
見てみると……リヒトが地面に突っ込んだ足が、ワープしてきたかのように足元から出てきていた。
……初手金的狙いかよ!?
俺は咄嗟に足を曲げ、地面から出てくる足をブロックした。
すると……リヒトが悲鳴をあげた。
「あぎゃあ!」
どうやら俺のガードにより、リヒトは足首を捻挫したようだ。
リヒトは地面から足を引き抜くと、片足立ちしながら捻挫した足をさすりだした。
何なんだこの展開はいったい……。
呆れていると、ギャラリーたちからの反応がちょっとだけ聞き取れた。
「マジかよ。あいつディメンションローブローを初見で防いだぞ?」
「あのレベルで『ぶっ潰してやる』とか言ってたの? ハダル君にあんなのが効くわけないのに……」
ギャラリーの反応は、左右から聞こえてくる反応が正反対だった。
不思議に思って周囲を見回してみると、ある事実が発覚した。
俺が攻撃を防いだことに驚いた反応は上級生が固まってるゾーンから、リヒトに呆れる反応はクラスメイトが固まってるゾーンから聞こえていたのだ。
まさかクラスメイトたち、はなっから俺の勝利を確信していた……?
その自信はどこから来るんだ。
てか、さっきの技の名前、「ディメンションローブロー」ってのか。
贅沢な名前だな。今日からその技は「卑怯な一撃」だ。
……とかいうくだらないことを考えてる間にも、リヒトの捻挫の痛みが引いてきたようだ。
いや……顔をこれ以上ないくらい真っ赤にしてるので、痛みが引いたというより、アドレナリンで痛みを感じなくなってきた感じだろうか。
「ざっけんなぁ! 死ねやぁ!」
あのさあ、仮にも後の大会で仲間になる相手に向かって死ねはないだろ。
などと心の中でツッコんでいると、リヒトは猛スピードで思いっきり頭から迫ってきた。
狙いは鼻のあたりのようだ。
金的に続いて今度は頭突きか。
が……なんかこれも、あんまり脅威って感じじゃないな。
というのも、肝心の頭にかかっているのがただの身体強化魔法くらいで、特段ガッチガチの装甲にしてるというわけでもないのだ。
これが相手なら、正直鼻を分厚い結界で覆いでもすれば逆に頭をかち割れるぞ。
俺は自身の鼻にフィットする形状の対物理結界を展開した。
といっても、本当にかち割るつもりというよりは頭蓋骨にヒビが入る程度の強度でだが。
次の瞬間、リヒトの額が俺の鼻に激突した。
そして……。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」
リヒトは白目を向いて、泡を吹きながら悶絶しだした。
「やめ!」
ここでリヒトの担任の先生から試合終了の合図が入る。
「い……今何が起こった……?」
「さっきの頭突きは、バッチリ完全に決まったよな……?」
「こうなるのも当然よね」
「急所すらオリハルコンみたいな奴に、急所攻撃かましたって意味ねえよ!」
ギャラリーはといえば、またもや反応が二分していた。
まあ、それはいいとして。
「リヒト……これでまだ自分が大将をやるというか?」
「あ……ああ……」
「返事次第で、保健室に運ぶか否かが決まるぞ」
「あ……
リヒトの担任の先生はといえば、結構えげつない脅しをかけていた。
保健室に運ぶかは返事次第て。
ま、何にせよこれで一件落着か。
こんな奴でも、当日は「逸材」前の相手の始末をやってもらわなくちゃいけないからな。
俺はパーフェクトヒールを発動した。
「さ、さっきはあんなこと言ってすみません……」
怪我が引くなり、リヒトはそう言って深々と頭を下げる。
なんか途端にしおらしくなったな……。
てか、そうだ。
「そんなことより、武道大会前日までにこれちゃんと打っといてくださいね。……先生、これをもう一人の選手に」
ふと俺は、昨日選手用にワクチンを二本増産したことを思い出し。
ウチ一本をリヒトに、もう一本を先生に渡した。
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