第58話 校長室に呼ばれた

 ゼルギウス海上日動マリンの内々定を貰ってから、数日後。

 二限のダンジョン実習を終え、昼食を食べに行こうとしたところで、俺はまたもや先生に呼び止められた。


「ハダル君、ちょっといいか?」


「はい。何でしょう……」


 今回の実習は何事もなく、本当に敵のマッピング以外何もせずただただイアンとセシリアについて行ってたので、呼び止められる道理は無いはずなのだが。

 と、思っていると……。


「校長先生がお呼びになっていた。忙しいかもしれないが、できれば今日中に一度校長室に寄ってほしい」


 授業とは全く関係のない内容だった。

 校長先生に呼ばれるって、一体何だっていうんだ……。

 でも先生の言い方からして、少なくとも怒られるとかそういう雰囲気じゃあないな。


「分かりました」


 今日は三限が空きコマなので、その時間にでも行けばいいだろう。

 などと思いつつ、俺はそう返事をする。


「ありがとう。校長先生、結構切実そうだったから助かるよ」


「そうなんですか……」


 切実……それこそまたなんか、アビスリザードの退治みたいな何かを頼みたいとかだろうか。

 とはいえ「できれば今日中に」というくらいなので、そこまで火急の用件ではないんだろうと思い、とりあえず俺は昼食を食べに行くことにした。



 ◇



 昼食を食べ終えると、俺はその足で校長室に向かった。

 校長室に入ると、校長先生は応接用のソファーに俺を促してから、一旦部屋を出て行った。


 しばらくして、校長先生はコーヒーを2カップ持って部屋に戻ってくる。


「今日は来てくれてありがとう。これでも飲みながら、話を聞いてくださいな」


 そしてそう言って、カップを1つ俺の前に置いた。


 カップに口をつけていると……早速校長先生は本題に入った。


「今回ハダル君を呼んだのは……年に一回開催される、メトロキャピタル魔法学園との学園対抗武道大会に出てもらいたいからだ」


 学園対抗……武道大会?


「この大会は、各学園から3人ずつ選ばれた選手が闘技場で模擬戦を行い、その年の優勝校を決めるというものなんだけどね。通常、選手は2〜3年生から選ばれるんだけど、今回は特例で君を選手に入れたいんだ」


 そう言って、校長先生は大会の趣旨と内容、俺にやってほしいことを説明した。


 うん、特段出たいとも思わないが、頼まれても出たくないほど嫌って内容でもないな。

 でもそんな事より、気になる点が一つある。


「なぜ特例で今年俺を? そういうしきたりがあるんでしたら、来年の参加でも良いと思うんですが……」


 俺はそう尋ねてみた。

 すると、こんな答えが返ってきた。


「実は……今年のメトロキャピタル魔法学園の3年生に、とんでもない逸材がいるという話を耳にしてね。聞いてる限り、ハダル君でも出さない限りは、ウチの学園生じゃ歯が立たなそうなんだ。そしてこの大会は、同じ生徒が2回以上出場することができない。だから、しきたりを曲げてでも、今年君という切り札に頼りたくてね」


 思った以上にとんでもない理由だった。

 なんで校長先生、俺ならその逸材に勝てる前提なんだ……。


「しかもその逸材は、君が作った例の総魔力量増強薬を既に接種しているしねえ……」


 いやそれに関しては、ウチも同じ状況なのでは。

 セイテンウイルスmRNAワクチンの接種状況について特に続報は聞いてないが、少なくともトライダイヤという第三者に納品した以上、2つの学園間で接種状況が違うとは考えにくいぞ。


「ウチの生徒は打ってないんですか?」


 一応、それも聞いてみる。


「まだだ。というのも、その『逸材』はSランク冒険者でもあってね。Sランク冒険者の職域接種は、学園生の職域接種より早いということになっているんだ。奇しくも大会当日は、その両者の職域接種の中間の日。『逸材』だけが総魔力量増強の恩恵を受けてしまうんだ……」


 すると、そんな大人の事情が返ってきた。


 なるほど、それはしょうがないな。

 だが別に、それならそれでやりようはある。


「選手の分だけ、別途ワク――総魔力量増強薬を渡しましょうか? 俺が開発者なので、それくらいならできますが」


 俺はそう提案してみた。


「確かにそれはありがたい。しかし……薬の件を差し引いても、『逸材』はかなり強力なんだ。できれば薬は薬として、出場もしてくれると大いに助かるんだが……」


 提案は受け入れて貰えたものの、その上で出てほしいとのことで、校長先生はそう言って深く頭を下げた。


 まあ、そこまで言われると、出ないとは言いにくいんだが……俺としても、何か出るメリットがほしいところだよなあ。

 ……そうだ。


「その大会で結果を出したら、就活で有利になったりしますか?」


 俺はそう聞いてみた。

 事と次第によっては、ぜひ積極的に参加したい大会に早変わりするかもしれない質問だ。


「気にするとこ、そこなのか……?」


「そこって……一番重要な部分じゃないですか」


「君、既に結構な優良企業からかなりの高待遇で内々定を貰っているって聞いてるんだが……。まあいいか。結論から言うと、大企業の人事をやってる学園のOBがそこそこ見学に来るから、アピールにはなるな。あともう一つ言うと、例年、出場選手の就職先は一般的な卒業生より良い傾向にあるぞ」


 返ってきたのは、そんな回答だった。


 なら、話は早い。

 出場一択だな。


「出ます」


「ありがとう……ありがとう!」


 前向きな返事をすると、校長先生は目に涙を浮かべながら何度も頭を下げた。

 なんか凄い過度に期待されてる気がするけど、俺、本当にその「逸材」に勝てるんだろうか……。

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