第55話 試運転

「どんな魔道具なんだ?」 


「こちらです」


 固唾を呑む社長の目の前で、収納魔法からN2ブラストを一基取り出して見せる。


「ここからマイナス200度近くの大量の液体窒素を噴射し、どんな火災も一瞬で鎮火させます」


 砲台の部分を指しつつ、俺はそう説明した。


「高速で空も飛べるので、火災現場への移動も一瞬です」


 次にプロペラを指し、そう付け加える。


「なるほ……ど?」


 社長の反応は、理解したようなしていないようなといった感じだった。


 「火災現場への移動が速いというのは、確かに画期的だと思う。それだけでも、火災の被害は大きく抑えられるようになるだろう。しかし……液体なんと言ったか? 聞いたこともない消化方法だが……」


 あ、液体窒素が知られてないパターンか。


「こういう物質です」


 言葉で説明するより実物を見せた方が早いだろうと思い、10ミリリットルほど錬金して机の上に出した。


「一瞬だけ――長い時間触ると怪我するのでほんとに一瞬だけ触ってみてください。こんな感じで」


 冷たさを実感してもらおうと思い、ちょんと指につけて触り方を実演する。


 液体窒素に指をつけても、液体窒素が一瞬で気化して指との間に気体の膜を作るため、このような触り方なら怪我することはない。

 まかり間違って凍傷を起こしても治癒はできるが、そもそもクライアントを怪我させたらその時点でアウトだからな。

 このようにして、安全なやり方をレクチャーしたのだ。


「……! な、なんだこの冷たさは……!」


 ヒセロ社長は、恐る恐る触ってみた後……目を丸くして、そうつぶやいた。


「簡単に言えば、氷より遥かに低い温度の低音の液体、とでも思っていただければ。これを使えば、水で消火するより効率的というわけです」


「そういうことか……。なんと素晴らしい……!」


 社長はご満悦な様子だ。



 おそらく、ここまでの説明でも、導入は承諾してくれそうだ。

 だがせっかくなら、実際に消火現場も見てもらったほうが、より価値を実感してもらえるか。


「実際に使うところを見ますか?」


 そう思い、提案してみる。


「実際に……? もちろん見てみたいのはやまやまだが、そんな都合よく火事が起こるとは……」


 すると社長は、不思議そうな声でそう返した。

 その心配は無用だ。

 流石に俺だって、火事を予知してこんな提案をしているわけではない。


「ご安心ください。実験用の家を作って燃やせばいいんです」


「え……?」


「外に来ていただけるとお見せできます」


「ま、まあ君が言うなら……」


 半信半疑っぽい感じではあるが、とりあえず来てくれることにはなった。

 じゃ、準備していくとしよう。



 ◇



 やってきたのは、建物の屋上より5メートルほど高い場所。

 屋上に出てから、対物理結界で階段を作り、登ってきてもらった。


「見晴らしがいいな……。なんかもう前段階の時点でとんでもない魔法を披露されてる気がするが、うん、考えるのはやめよう」


 社長が何やらぶつぶつ言ってる中、準備を進める。

 といっても、錬金魔法で小屋を作るだけだが。

 鉄の格子に木の板を貼り付けただけの、バンブーインサイド建設の社員が見たら呆れそうな作りの小屋だが、この実験には十分だ。


「まずこちらが、実験用の小屋です」


「え、それどこから!?」


「即席です。錬金魔法で」


「う、うむ……何も言うまい」


 説明し終えたところで、次は着火。


「点火します」


 一瞬で灰にならないよう火力を抑えた火魔法で、全体を燃え上がらせた。


「うおお、何という火力……。一瞬で、まるで火が回りきった建物のようになってしまった……」


「じゃ、起動しますね」


 状況が整ったところで、N2ブラストを起動。

 すると……プロペラが回って離陸するや否や、N2ブラストは小屋に照準を合わせた。


 直後、圧倒的な液体窒素の大洪水に、燃え盛る小屋が浸る。

 一瞬後、残るのはちょっと焦げ跡がついた小屋だけとなった。


「え……? あの炎が、こんなあっという間に……?」


「これがN2ブラストです」


「これ、消火が早いとかそういう次元じゃないぞ……」


 社長は目が点になったまま固まった。

 これで本当の意味で気に入ってもらえたようだ。良かった。


 しばらく小屋に視線が釘付けになったままの社長だったが……落ち着きを取り戻すと、彼からこんな質問が上がった。


「ところで……一個だけ疑問なんだが。あんな大洪水になってた液体窒素は、どこへ消えたんだ? 鎮火した途端なくなったようだが……」


 ああ、それ説明してなかったな。


「N2ブラストが錬金する窒素分子には、識別子が付けられているんです。消火活動が終わると、識別子付きの窒素分子は全てN2ブラストの機能により無に帰されます。なので、消火後には何も残りません」


 明らかにオーバーな量の液体窒素が放出されたにもかかわらず、小屋が濡れてたり対物理結界のへりから液体窒素が溢れて地上の落下したりしていないのはそのためだ。

 そしてこれにはもちろん、理由がある。


「なぜそんなことを?」


「液体窒素、常温でもものすごい速度で気化しますからね。大量に出して放っておくと、恐ろしい勢いで体積が膨らんで、周囲が窒素だらけになってしまうんです。すると酸素分圧が低下して、周辺の人が皆窒息死……。それを防ぐため、消火が終わったら回収する仕組みとなっています」


 確かこの魔道具が乗ってた本には、コラムに「開発者は、試運転時に液体窒素により窒息死した。それを受け、このような窒素回収安全機構がついた」とか悲しい話が書かれてたような。

 まあ、その教訓が生かされてるってわけだ。


「よく分からんが……まあ、安全に配慮しているということだな」


「そのとおりです」


 最後に俺は浮遊魔道具も出して見せつつ、こう続ける。


「これと浮遊魔道具による火災監視を連携させて、24時間365日いつでもどこでも対応できるようにする予定です。通報のタイムラグがなくなる意味でも、家屋の被害はより一層抑えられるでしょう」



 結界から降り、社長室に戻ると……開口一番、社長はこう口にした。


「結論から言えば、その魔道具はもちろん採用だ。報酬は、実際火災保険の利益がどれくらい立ちそうかで変わってくるが……まあ結構良い額を期待しておいてくれていいと思う」


「ありがとうございます!」


 無事採用が決まったので、俺はN2ブラスト4基と浮遊魔道具を社長に納品した。


 しかし……「報酬は、実際火災保険の利益がどれくらい立ちそうかで変わってくる」か。

 となると、どうせならマーケティング方面にもちょっと介入して、できるだけ利益を高めるよう尽力した方が良さそうだ。

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