第53話 新たなインターン

 老人を教会に連れ帰った後、ゼルギウス海上日動マリンのインターンについて調べ回っていると……ちょうど一ヶ月後に始まるインターンがあることが判明した。

 しかもそれ、エントリーシートの締め切りが明日だった。危ねえ。


 時間が無いので、俺は印字魔法で全ての必要事項を一瞬で埋め、それを即座に投函した。

 一次の書類選考の結果は、3日後に学校経由で伝えられ、その二日後から二次選考である面談が行われていくらしい。

 受かってるといいな。



 ◇



 5日後。

 無事書類選考を通過していたので、俺は面接を受けに行くことになった。


 俺の面談は昼からだったので、早めの昼食を食べ終えた後、グレートセイテンの雲で本社の建物に向かう。


 受付で学生証を見せると、面接会場となっている部屋に案内された。

 ノックすると「どうぞ」と声が聞こえてきたので、ドアを開けて部屋に入る。


 部屋の中には、一人の壮年の男がいた。


「はじめまして。私はゼルギウス海上日動マリンの社長、ヒセロだ」


 彼は一言だけで、そう自己紹介した。


 ……え、社長?

 たかだか短期インターンの選考で社長が?


 戸惑っていると……ヒセロ社長はこう続けた。


「通常の面談に入る前に……一つ、聞きたいことがある。君がトライダイヤ商会に提案した商品は、一体何だね?」


 しかも、なんでその話題が。

 まあ全然業界も違うし、特にトライダイヤからは「競合に言うな」みたいに口止めはされてないので、答えること自体は構わないのだが……。


「うま味調味料と、魔力増幅薬です」


「そうか。後者は何のことか知らんが……どうやら本人で間違いないようだな」


 解凍すると、ヒセロ社長は満足げな表情でそう口にした。


 だから一体なんなんだ……。


「一体なぜその質問を?」


「なあに、合言葉みたいなものだ」


「合言葉?」


「君が噂の超人のハダル君なのか……それとも、インターンに受かるために彼になりすまそうとする有象無象なのか。念のため、本人にしか知り得ないであろう情報で確かめただけだ」


 聞いてみると、ヒセロ社長は質問の意図を解説してくれた。


 噂の超人って何だよ。

 というか、俺になりすまそうとする奴なんて存在するのか?


 まあ確かに、本人確認としてはなかなかいい質問ではあると思うが……。

 特に秘匿しているわけではないが、言いふらしてるわけでもないので、うま味調味料の開発者が俺であることはトライダイヤの人とジャスミン、ブオーノ村にいた人たちくらいだしな……。


 でも、だからこそなぜ社長がそれを知っているのかも気になるところではあるが。


「なぜうま味調味料の件をご存知なのですか?」


「トライダイヤ商会がウチの大口顧客だからだ。商談の中で、その話題が出た」


 なるほど、トライダイヤ商会とはそういう関係なのか。

 ならますます安心だな。



 ――そんなことを思っていると。


「となると……君には、通常のインターンではなく特別なインターンをやってもらいたいと思う」


 おもむろに、ヒセロ社長はとんでもないことを言いだした。


 特別なインターン……?

 疑問に思っていると、ヒセロ社長が分厚い紙の束を持ち出し、机の上に置く。

 紙の束の表紙には、「ゼルギウス海上日動 事業計画書」とあった。


「君には弊社の事業計画書を読んだ上で、改善点を見つけて何かしらの取り組みをしてもらいたい。当然、報酬は内容に応じて通常のインターンの比にならない額用意する」


 社長から告げられたインターンの内容は、そんなものだった。

 随分と裁量権のバカでかいインターンだな。


「期限も問わない。別に三週間後からの通常のインターンに合わせて動いてもらう必要はない。今日から動いても構わないし、二ヶ月後からとかでも大丈夫だ。そこも含め、全て君に任せる」


「ええ……」


「これにて面接は以上だ。今日は一日中社長室で暇してるから、何かあったらいつでも尋ねてくれ。他の日だったら、一旦アポを入れてほしいがな。この部屋も特に今日他に使う人はいないから、必要なら一日中いてくれていい」


 しかもなんか、面接らしい面接は一切せずに終わってしまったんだが。

 というか……。


「この部屋、面接会場なのでは?」


「君以外は皆、一個下の階の部屋でやることになっている。面接官も私ではない」


 他に使う人はいないと聞いて、真っ先に思い浮かんだ疑問をぶつけてみたが……どうやら杞憂だったようだ。


「ではまた」


 そう言って、ヒセロ社長は社長室に帰ってしまった。


 いやいやもはやこれインターンじゃなくてコンサルじゃね、と思わなくもないが、まあ一応資料読むか。

 俺はパラパラと資料のページをめくり始めた。


 どれどれ……まず昨年の売上高の比率は、と。

 海上保険が1割弱、馬や馬車の保険が9割弱を占めると来たか。


 海上日動とかいう割に陸上の交通手段に関する保険ばっかだな。

 まあ、それもそうか。

 海を超えた向こうといえばインフェルノ大陸が筆頭に上がるが、保険も何も基本あっちに人が行かないもんな。


 ここはあまり改善の余地は無さそうだ。


 そして残りの5%くらいは、建築物の火災保険が占めると。

 火災保険といえば、五日前の依頼のこと思い出すな……。

 結構重要だと思うんだが、あまり奮っていないのはなぜだろう。


 ちょっと気になったので、関係ありそうなページに飛んでみることにした。

 すると……原因が分かった。


 保険料の高さが、ネックとなっているのだ。


 潜在需要はそこそこあるものの、火災のリスクや支払う保険金の額など諸々を加味した結果、月々の保険料をそこそこ高くしなければならなくなってしまうので、加入に踏み切れないという声が多い、と。

 それを受け、少しでも保険料を安くできるよう、火災の被害を減らすために子会社のゼット・エム消防を設立したが……それも思うように機能していないと。


 そういえば、例の依頼の時、ゼット・エムの消防隊員が到着するの結構遅かったよな。

 あのタイミングから消し始めても、果たして家屋の何割が残ったことやら。

 比喩抜きで焼け石に水ってか。


 だが……これでだいぶ答えは出た気がするな。

 この度のインターンで、俺がすべきこと。

 それは、「魔道具の導入による消防システムの刷新」だ。


 迅速な消火により被害額の期待値が下がれば、もっと格安の保険プランを提示することができるようになる。

 そうすれば……売上高における火災保険の比率を上げつつ、売上高自体も大きく飛躍させることができるだろう。

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