第52話 新たなインターン先候補
トライダイヤ商会の建物を後にすると、再び俺は教会に戻った。
新薬の販売に際しては、教会に適宜報告を入れる必要があるからだ。
とりあえず、今日のところ提出しないといけないのは流通委託契約に関する書類。
すなわちトライダイヤ商会との契約書の写しだ。
教会に着くと、契約書の写しを受理してもらう。
そして帰ろうと思った矢先のこと……俺は手続きを担当してくれた係員に、こんなことを頼まれた。
「そういえば……実は君に一個、お願いしたいことがあるのだが」
「何でしょう?」
「教会の介護施設から逃げ出した老人を捕まえるのに協力してもらえないか? もちろん、報酬はそれなりに払う」
「え、ええ……」
それ、俺に頼むようなことなのだろうか。
困惑気味に返事をすると、係員は追加でこう説明した。
「その老人なんだが……元Sランク冒険者でね。うちのスタッフに、捕らえられる能力の持ち主がいないんだ。ここ最近認知症が急激に酷くなって、異常行動が増えだしたんだが……生憎、現役時代の隠密能力は健在でね。見つけることすら困難なんだ」
「な、なるほど……」
「君のことは色々と噂で聞いていてね。君なら、あの人を連れ戻すことも可能なんじゃないかと思ったんだ。協力してもらえるか?」
なるほど、そういうタイプの訳ありの老人か。
「隠密に長けたSランク冒険者」とやら相手に自分が通用するのかは未知数だが、なんかかくれんぼみたいで楽しそうだし挑戦してみるか。
「そういうことなら、分かりました」
「すまないな」
引き受ける旨を伝えると、係員はホッとした表情で頭を下げた。
「ちなみにその方のお名前は?」
「マーカスだ」
……Sランクともなれば、ワンチャン冒険者ギルドに肖像画とか飾られてたりしないかな。
などと思いつつ、俺は教会を後にした。
◇
教会を出ると、まず俺は冒険者ギルドに向かった。
そして壁にかかっている人物画の題名を確認していくと……。
「あ、あった」
人物画の一つに、タイトルが「暗躍の炎聖・マーカス」となっているものがあった。
なんかそれっぽい二つ名もついてるし、この人でおそらく間違いないだろう。
肖像画は若い時のものなので、俺は年齢調整系の幻影魔法を発動し、現在の彼の顔をシミュレーションする。
人相を記憶しつつ、俺は冒険者ギルドを出た。
じゃ、本人を見つけていくとするか。
とりあえず、俺はグレートセイテンの雲に乗って上空に移動した。
そこから地上を見下ろしつつ、一つの魔法を発動する。
人相探知魔法という、人を顔で検索するタイプの探知魔法だ。
そこまで精度の良い探知魔法ではない上に、シミュレーションと実物のズレが大きければその分探知できる確率は下がるので、これ一発で見つかるかは賭けだが……見つかれば儲けもんだ。
などと思いつつ、解析結果が出るのを待つ。
――つもりだったのだが。
次の瞬間、そんなことも言っていられない事態が発生した。
街の一部で、火災が発生したのだ。
直前まで全くそんな気配はなかったのに、今では家一軒が轟々と燃え盛っている。
まるで火魔法で放火でもされたかのような……とても自然発火とは思えない有様だ。
依頼の途中だが、あんなものが視界に入ってしまっては見過ごすこともできない。
とりあえず、探知魔法は一旦中止して火災発生現場に行ってみた。
現場では……燃え盛る家に面する道路にて、一人の老人が火災の様子を呆然と見つめていた。
持ち家に火事が起きて、何とか逃げ出したところ……とかだろうか。
何にせよ、まずは消火だ。
俺は時空調律魔法を発動し、家を発火前の状態に戻した。
それから俺は、老人に話しかける。
「もう大丈夫ですよ。家は元に戻りました」
だが……その老人は、どこか様子がおかしかった。
「儂の家? 何を言う、あれは火魔法に弱い魔物ではないか」
魔物……?
幻覚でも見えているのか……?
と思った直後、俺は思い出した。
まさかこの人……。
「……やっぱり」
老人の顔は……なんと冒険者ギルドでのシミュレーション結果とそっくりだった。
偶然にも、捜査対象を見つけてしまったようだ。
「家の主ではなく放火犯でしたか」
「家? さっきからお主は何を言っておるのだ。アレは魔物……」
「さあ、教会に帰りましょう」
言うことを聞くとも思えないが、とりあえずまずは自分で教会に帰るよう促してみる。
すると……老人の目の色が変わった。
「……ほう。あの忌々しき収容施設の手の者じゃったか」
そう言って、老人は即座に臨戦態勢に入る。
忌々しき収容施設って……教会の介護施設、そんなに酷い環境なんだろうか。
もし本当にそうなら、介護施設への補助金を増やすよう国に提言する必要があるかもな。
業界のブラックさこそが、職員の勤務態度がおかしくなる最大の元凶なわけだし。
……勝手に人の家に火をつけるような状態の患者の言うことを鵜呑みにもできないので、そこは精査してからにする必要はあるが。
「儂の自由を奪う者は何人たりとも許しはせん。覚悟せい」
老人はそう続け、この歳の人間とは思えないような殺気を放つ。
とはいえ……軽く解析した感じ、肝心の戦闘能力はそこまで高くないようだ。
流石に現役時に比べれば衰えているからだろうか。
傷つけないよう手加減しつつ、気絶させて教会に送り届けるくらいの余裕はあるだろう。
空気に錬金魔法をかけ、老人の体内に転送するための鎮静剤を生成する。
が――その時。
俺はもっと良いことを思いつき、鎮静剤を空気に戻した。
別に言われた通り捕獲しなくとも、認知症を治療すればいい話なのでは?
今後また逃げ出す可能性がゼロになるという意味でも、そちらの方が圧倒的にマシな選択肢だ。
診断魔法をかけてみたところ、認知症の原因は海馬と大脳皮質あたりに溜まっている特殊なタンパク質だと判明した。
海馬と大脳皮質に、収束度を上げたアブソリュートヒールをかける。
すると……。
「む、儂はこんなところで何を……?」
老人の殺気が、嘘のように消え去った。
かと思うと……数秒遅れて、彼は項垂れながらこんなことを呟きだした。
「す、全て思い出した……。儂はいったいなんてことを……!」
そして更に数十秒後、彼は落ち着きを取り戻すと、俺の方を向いてこう宣言した。
「すまないな、少年。儂は今からちゃんと自首してくるよ」
……じゃなくて教会に戻ってほしいんだがな。
「それなら多分大丈夫ですよ。時空調律魔法で家の状態は火魔法を放つ前に戻ってるので、放火は無かったことでいけるかと」
「な……時空調律魔法だと!? 妙な魔法で消火したとは思ったがそんな……!」
「まあ、それが一番手っ取り早いし確実じゃないですか」
「いや手っ取り早いって……。そんな魔法を使いこなすとは、お主一体……?」
まあそれは一旦置いといて、だ。
「ともかく、自首ではなく教会の方に戻っていただきたいのですが……」
「うむ、そうだな。親切な職員ばかりだというのに、あそこにも散々迷惑をかけてしもうた」
戻るよう要請すると、今回は承諾してくれた。
……親切な職員ばかりなのか。
「忌々しい収容施設」などと形容していたのは、実態ではなく単に病気でそう見えていただけのようだ。
「では行きましょうか。これに乗るとすぐ着きますよ」
そう言いつつ、俺は収納魔法からグレートセイテンの雲を取り出す。
――そんな時のことだった。
数人の防火性能の高そうな服を来た屈強な男たちが、全速力でこちらに向かってきた。
かと思うと……彼らは家の様子を見て、呆然としたようにこう呟く。
「あれ……火は……?」
「確かにこの地点から煙が上がってたはずなんだが……」
なんだこの人たち?
「あの……あなた達は?」
「ゼット・エム消防です」
「ゼット・エム消防……?」
「ええ。ウチはゼルギウス
……損保か。
正直あまり興味のある業界ではなかったが……実際体験したら意見が変わるかもしれないしな。
次のインターン先にしてみるのも、面白いかもしれない。
とりあえずこの老人を送り届けたら、何かインターンの情報が出てないか調べてみるか。
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