第51話 トライダイヤ商会にて

 せっかく教会からの認可が想定外にトントン拍子でもらえたので……ついでに俺は、この足でワクチンを卸しに行くことに決めた。


 卸す先は、うま味調味料の件でご縁があったトライダイヤ商会にする。

 知っている相手の方が、話が早いと思うからだ。

 ライヒさんからトライダイヤ商会本社の地図を貰っているので、行き先をわざわざ調べる必要もないし。


 大した距離でもない、というか竜化したら変身時間のタイムロスの方がデカいくらい近くに本社があるので、グレートセイテンの雲に乗って本社の建物に向かう。


 建物に到着すると、まず俺はエントランスから受付に向かった。


「はじめまして、うま味調味料の件でお世話になっているハダルです。この度は新商品についてご相談しにきたのですが……」


「これはこれは、大変お世話になっております。……恐れ入りますが、ご本人だと証明できるものをご提示頂いても?」


「ええ」


 受付嬢に言われ、俺は収納魔法から学生証を取り出そうとした。

 が……その時、聞き覚えのある声が館内に響いた。


「その必要はありません」


 振り向くと……そこにはライヒさんが。


「私が顔を覚えておりますから。というか……彼に関しては、忘れろという方が難しいくらいです」


「し、承知いたしました、ライヒ乗務!」


 ライヒさんの言葉に、受付嬢はビシッと敬礼した。


「私が空き会議室に案内します。なければ商談中の方々をどかせてでも空き部屋を作ります。ついてきてください」


 ライヒさんは俺の方を向き直ると、そう口にした。


 おいおい、商談中の方々をどかせるってそんな無茶な……。

 別にそこまでは求めていないんだが。


 などと思っている間にも、ライヒさんはスタスタと歩きだしてしまう。

 とりあえず俺は空き部屋があることを祈りつつ、彼女についていった。



 ◇



 ありがたいことに、空き部屋は無事に見つかったので……俺たちは誰かをどかせるような真似をせずに済み、穏便に商談を始められることとなった。


 まずは本題に入る前に、うま味調味料の追加発注が入ったので……俺はそちらから済ませることに。


「じゃあ、錬金しますね……えい」


「わああ、こんなにたくさん……!」


 こんなこともあろうかと、昨日俺はフランソワとの模擬戦のあと、戦いの余波に巻き込まれて死んだ魔物を回収していたからな。

 それをベースに、俺は即席で大量のグルタミン酸ナトリウム及びイノシン酸を作り、渡すことができた。


「前とは比べ物にならないくらい多いですけど、こんなに売れますか?」


「ええ! 前回発注分の売れ方を思えば、これが売り切れにならない確率はほぼゼロです!」


 自信満々にライヒさんがそう言うので、俺は全てを納品することに。


 そこから俺たちは、本題に入ることになった。



「それで……新商品って、いったい何なんでしょう?」


 ライヒさんはこれ以上ないくらい目をキラキラと輝かせながら、思いっきり身を乗り出してそう聞いてくる。

 そんな前のめりにならなくてもちゃんと説明するから……。


「セイテンウイルスmRNAワクチンです。簡単に言えば、人の総魔力量を永遠に3倍にする薬、ってところですね」


 とはいえ、いきなり作用機序なんかを説明しても混乱するだけだろうし。

 まずは簡潔にと思い、結論から入ってみた。


「……へ?」


 それを聞いて、ライヒさんの目が点になる。


「総魔力量を永遠に3倍にする薬です」


「……え、えええ!?」


 同じ説明を繰り返すと、時間差でライヒさんはものすごい叫び声を上げた。

 おいおい大丈夫か。隣の部屋とかに迷惑かからないだろうな……。


 もう遅いかもしれないが、壁と床と天井に貼り付けるような形で防音結界を展開しておく。


「な、なんなんですかその反則みたいな効果は!」


「なんかたまたまできたんですよ」


「たまたまでできていい性能じゃないんですよ! ハダルさんの能力は異常なのは分かりきったことなんですから、謙遜しないでください!」


「い、いや……」


 たまたまなのは本当なんだが……。

 名前の通り、元々はセイテンウイルスに対する免疫目的で作ってたんだし。


「どう聞いてもヤバそうな薬なんですが……副作用とか大丈夫なんですか?」


「大丈夫ですよ」


 と思っていたら、なんか変な杞憂をされだしたので、俺はライヒさんを安心させるべくそう言った。

 確かに、魔力量3倍ってとこだけ聞くとドーピングポーションみたいだもんな。

 ドーピング系のポーションには得てして副作用として大きな代償を伴ったりするので、心配するのも分からんではない。


 だが、このワクチンに関しては本当に大丈夫だ。

 まあ「大丈夫」というのは、「副作用がない」という意味ではないのだが。


「副作用といえば、セイテンウイルスに対する抗体ができるくらいです。普通に生活する分にはあってもなくても変わらないようなものなので、実質副作用は無いに等しいですね」


 ワクチンなのに抗体ができるのを「副作用」というのも、自分で言ってて違和感しかないが。

 魔力量増幅薬として認定を受けた以上、定義上は確かにそっちが副作用なのだ。


 などと考えつつ、俺はそう補足した。


「セイテン……ウイルス……?」


「グレートセイテンが作り出すナノサイズの分身のことです。まあインフェルノ大陸にでも行かない限り罹患し得ないので、そっちはどうでもいいとお考えください」


「どうでもいいと考えてって……神話の生物の名前を出しときながらそれは無茶ですよ……」


 更に説明を加えていると、ライヒさんは頭を抱えてしまった。

 うーん、混乱させてしまったか……。

 可能な限りそうならないようにしたつもりだったんだが、どこで間違えたのだろう。

 就職面接の時までにはプレゼン力を高めておかないとマズいかもしれない。


 と思っていると、おもむろにライヒさんは何度か頷いたかと思うと、キリリとした表情で顔を上げた。

 そして一言、ビシッとこう口にする。


「要するに簡潔にまとめますと、おとぎ話にしか聞こえないような効果のお薬を、意味不明な方法で製造した。そういうことですね、完全に理解しました」


 それを理解したとは言わないだろ……。


「ただひとつ確信できるのは、その薬には革命を起こすレベルのとんでもない需要があるということです。是非入荷させてください!」


 かと思うと、次にはそう言って深々と頭を下げた。


 まあ納品さえできるなら、細かいことは何でもいいか。


「もちろん、そのために来ましたから」



 それからは、俺たちは薬の納品のための手続きなどに動き回った。

 教会から貰った認可のコピーを取ってもらったり、あと投薬方法が特殊ということで、ホログラムで注射器の扱い方の説明映像を流せる魔道具を作って渡したり。


 そうこうして、無事一時間程度で納品作業を終えることができた。


「価格交渉は得意分野ですから。是非安心して任せてください」


 帰り際、ライヒさんは得意げな表情でそう口にする。


 ……薬の効果への理解が曖昧っぽかったので、どこまで期待できるかは未知数だが。

 どっちかといえば俺としては極限まで高値で売るより、リーズナブルな価格で広く流通させて欲しい気もするので、適当に任せとくとするか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る