第46話 兎の恩返し
イアンからお礼をしてもらった次の日の朝。
目覚めた瞬間……俺はなにやら変な気配を感じて、窓から外を覗いてみた。
すると……家のドアの前に、一人の少女がいるのが確認できた。
その真っ赤な髪は三編みのツインテールで結ばれていて、頭には兎のみたいな耳がついている。
更に三編みには、人参が二本ぶっ刺さっていた。
……おいおい、不法侵入か?
ていうか、なんで耳に人参刺してんだよ。
まったく、初日からこんなのに出くわすとはな……。
探知魔法で調べてみても大して強そうではないのだが、一応最小限の警戒はしつつ、ドアを開けてみることに。
すると……うさ耳の少女は俺を見るなり、いきなり大きくお辞儀をした。
「お久しぶりです! あの時寿命を延ばしていただいた兎です!」
……はて。
寿命を……延ばしてもらった?
「本来の寿命を超えて長く生きているうちに人間に変化する術を覚えたので、お礼に来ました!」
最初は疑問に思ったが……その台詞を聞いて、俺はハッと思い出した。
お母さんに寿命延長魔法をかける前に試しに魔法をかけた、あの兎か。
「いやいやお礼だなんて……」
そもそも俺、君を実験体にしたんだぞ。
それなのにお礼をしてもらうなんて、ちょっとどうなんだ。
などという考えから、一旦お礼は辞退しようとした。
が……。
「これを受け取ってください!」
少女はそう言うと、髪から二本の人参をぶっこ抜いてしまった。
そしてその人参を、俺に差し出そうとする。
「これ、
そういう彼女の目からは、一切の迷いが無さそうなのが感じ取れた。
お礼を辞退なんてしたら逆に悲しませてしまいそうな雰囲気だったので、俺は人参を受け取ることに。
「めっちゃ速く動けて便利な人参を……?」
「一口かじってみてください」
言われるがまま、試しにほんの小さく一口かじってみる。
すると……不思議なことが起こった。
視界に入っていた鳥の動きが、ほぼ停止しているかのようにゆっくりになったのだ。
時空調律魔法の類は一切使用していないにもかかわらず、だ。
試しに数歩歩いてみる。
そこで効果が切れたのか、鳥の動きは正常に戻った。
かと思うと……直後、更にとんでもない現象が起きる。
なんと――俺が歩いた後ろで、とんでもない竜巻が発生したのだ。
「な……!?」
頑丈な設計なおかげか、豪邸が倒壊したりはしなかったのだが……念のため、建物は時空調律魔法で竜巻発生前の状態に戻しておく。
「あ、これ食べて歩くと衝撃で大気が荒れるので、それだけ注意してください」
いや言うのおせーよ。
これは使いどころが限られそうだ。
気をつけないと、俺自身が災害になってしまいそうな……。
……と一瞬思ったのだが、俺は一つ試してみたいことを思いついた。
そういえば……昔読んだ古典の中に、空気抵抗を最小限にする動き方の指南書があったような。
さっきの竜巻は急な動きで大気が乱れて起こったものだろうし、もし指南書の動き方で空気抵抗を減らせれば、竜巻を起こさず動けるようになるかもしれない。
収納魔法でで某本を取り出し、軽く読み返す。
そしてもう一口かじってから、いろんな動きを試してみた。
結界魔法を足場に、地上も空中も縦横無尽に動き回る。
そして効果時間終了を待ってみるも……今度は、竜巻をはじめとする空気抵抗による弊害は一切発生しなかった。
「克服できたみたいだな」
「そ、そんなことができるなんて……流石は私の寿命を延長してくれた人!」
どちらかといえば、凄いのはこの歩き方を残したかつての偉人のような。
まあとりあえず、使える場面はこれで増えそうなのでよかった。
「あ、これ一年に二本しか髪から生えてこないので大事に使ってください!」
髪から生えてこな――それで髪に人参がぶっ刺さってたのか。
なんかそれは聞きたくなかったような。
まあそれはそれとして……まさかこの子、採れた分全部くれるつもりなのか。
そんなに貴重なんじゃ、さっき無駄遣いしてしまってなんだか申し訳ないな。
使い方を知るのは大事なことではあるのだろうが。
残りは収納魔法でしまった。
収納魔法の中は時間が停止しているので、かじりかけを入れても問題ない。
「わざわざありがとうな、こんなところまで」
「いえいえ、これも全て寿命を延長していただいたおかげですから!」
改めてお礼を言うと、うさ耳の少女も再度お辞儀をした。
かと思うと……今度はこんなことを言い出した。
「ところで……ここ、凄く良い屋敷ですねー。良かったら住ませてくれませんか?」
……はぁ?
「もちろんタダでとは言いません。家事とか家のお手入れとかは全部します!」
何を言っているんだこの少女は。
というか、もしかしてそっちが真の目的か。
と、言いたいところではあるのだが……正直、悪い条件ではない。
イアンから人件費は任せろと言われているとはいえ、わざわざメイドを契約しに行くのめんどくさいなーと思っていたところだったからだ。
ぶっちゃけ、ジャストタイミングだと言わざるを得ない。
「本当に住みたいの……?」
「だってすごいオシャレで豪華じゃないですかー!」
……兎ってそういうところに価値を感じる生き物だっただろうか。
ま、寿命が伸びて覚えた人化魔法の影響かもしれないし、そこはあまり気にしない方針にしとくか。
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