第41話 スイッチング

 ライト社長と正式な兵器納品の契約を結ぶと、俺はアシュガーノ支社を後にし、フジパターンの営業所に向かった。

 そして無事、マギサイトミスリル板への魔法陣の刻印を請け負ってもらえることになった。


 魔法陣の複雑さはかつて見たこともないほどだったようだが、描画対象が平面の広い板である分魔石に直より彫りやすいという事もあり、「まあ頂いたサンプル通りに模写するだけなら何とかできます」と言ってもらえた感じだ。


 そうこうしていると、夕方になって建設作業の業務終了時刻になったので、俺は夕食を食べてからフランソワの稽古のためインフェルノ大陸に向かった。


 今日行った稽古の内容は、俺が最低限のサポートに入りつつ強力な魔物と戦ってもらうというものだ。

 俺とフランソワが会った近辺の場所で魔物を探したのだが、残念ながらグレートセイテンは見つからなかったので、代わりに同じくらいの強さの別の魔物と戦ってもらった。


 頭はウサギ、胴体は人間、足は馬で、手には左右に三日月状の刃のついた変な槍を持ったケンタウルス系の魔物だったが……確か名前は、セキトホーセンとか言ったか。

 とにかく、そのセキトホーセンという魔物を立て続けに二体相手してもらった。

 割とハードだったらしいので、我ながらなかなか適切なメニューを組めたんじゃないだろうか。


 その日の晩。

 俺はセキトホーセンの魔石2個を目の前に、今後のことについて考えていた。



 ぶっちゃけ……今日みたいな稽古方式なら、俺が現地に出向くまでもなかったな。

 今日やった程度の補助なら空中偵察機越しでも十分行えるので、もう一機追加で偵察機を作ったら、明日からはそれをフランソワについていかせるだけでいいだろう。

 そうなると、俺がインフェルノ大陸に行く必要があるのは、俺自身がフランソワの模擬戦相手をする稽古方式の日のみになる。


 そして……それに際し、俺はもう一つ、重大な決断を下そうとしていた。

 それは──「そもそも俺がアシュガーノ半島にいる必要がもはやないのではないか」ということだ。


 フランソワに安全管理業務の一端を担ってもらうことになった今……元々俺の仕事だったアシュガーノ岬の雑魚処理は、もうほとんどすることがなくなった。

 そしてインフェルノ大陸沿岸の魔物の動態や、グレートセイテンが神話の魔物扱いされてたことを鑑みると……要塞完成までに一度でもフランソワより強い魔物が襲ってくる可能性は、ほぼゼロに等しい。


 であれば……もはや俺は学園に戻って、中継機の様子だけ一応注意しつつ授業に出席したりしても別にいいのではないだろうか。

 もはや、そんな風に思えてきたのである。


 どうせ片道一時間くらいしかかからないので、例えばフランソワと模擬戦することになった時とかは、その都度インフェルノ大陸まで飛んでいけばいい話だしな。


 もちろん、莫大な予算を回されて安全管理業務を任されている以上、「万が一」はあってはならない。

 確率的にほぼゼロであっても、フランソワが手も足も出せないような魔物の襲来を想定した何らかの対策は取る必要があるだろう。


 だが……それについても、実は一つ目処が立っている。


 まあ、もう今日はフランソワも寝てるだろうからな。

 その検証にはフランソワの協力が必要なので、検証は明日に回す必要があるが。

 それができたら、本格的に学園に戻ることを検討するとしよう。


 そう思いつつ、俺は眠りについた。



 ◇



 次の日の昼休み。

 早速俺は、検証を開始することに。


 まず俺は、岬の先端に移動すると……フランソワに同行させている空中偵察機越しに、風魔法でこんな音声メッセージを伝えた。


『ちょっと急に場所が変わってビックリするかもしれないけど、慌てないでくれ。俺の魔法の影響だから』


 そして……俺はある魔法を発動する。


 すると……一瞬にして、周囲の景色がガラリと変わった。

 俺の真横には、フランソワにつけていたはずの空中偵察機が。


「よしっ!」


 それを見て、思わず俺はガッツポーズをしてしまった。

 どうやら、思っていた魔法はバッチリ使えるようだ。



 今俺が使ったのは……スイッチングというテイマー用の・・・・・・魔法。

 効果は「自分と従魔の位置を入れ替える」というものだ。


 別に俺は、特段フランソワと従魔契約など結んではいない。

 だから本来、この魔法は発動できないはずだ。

 だが……実は特例で、この魔法は、魔物にメチャクチャ慕われている場合従魔契約なしで発動できるケースがある。


 それがワンチャンできないかと思ってやってみたところ、できてしまったという訳である。



 これができると分かったところで……俺は確信した。

 ――俺はもう、アシュガーノ半島にいる必要性がこれっぽっちもない。


 というのも……このスイッチングという魔法は、発動した瞬間自分とフランソワの位置が入れ替わる。

 すなわちこの魔法が発動するということは、フランソワさえアシュガーノ岬の近辺にいれば、俺がこの惑星上のどこにいようとも一瞬でアシュガーノ岬に来れることを意味するのだ。


 いわば、フランソワが瞬間移動の拠点になるようなものである。


 仮に学園で授業受けている時に、超フランソワ級の魔物が襲来したとすれば、スイッチングでアシュガーノ岬に瞬間移動して直接討伐すればいい。

 これでもう、リスクヘッジは完璧。

 アシュガーノ岬の安全管理業務は、超遠隔でのリモートワークを基本にして全く問題なくなったというわけだ。


 まあ学園でスイッチングを使ったら、学園に突如フランソワが出現することになってしまうのだが……その点については、教員に事前に許可を取っておけば大丈夫だろう。



 グレートセイテンの雲を取り出すと、俺は空を飛んでフランソワのもとに向かった。


「な……何だったんすか今の!? アニキ何をしたんっすか!?」


「スイッチングという魔法だ。俺とフランソワの位置が入れ替わる魔法だから、結果的にフランソワも瞬間移動することになってしまった」


 急な出来事に慌てていたフランソワに、俺はそう説明する。

 ……まあいくら事前にアナウンスしたとはいえ、流石にびっくりはするわな。


「そ、そうなんすね……。でもなんで急にそんな魔法を試そうと思ったんすか?」


「まあ、ちょっとした実験だ」


「実験……?」


「ああ。実は……それに関して、一個言っておかないといけないことがある」


 そう前置きすると……俺は今後どうするかについて、考えていることを全て話すことにした。


「俺……本当はここに住んでるわけじゃないんだよな。元々は地図のこの辺にある王都の学園に通ってたんだが、インターン的なもののために一時的にここに来ていてな」


 ホログラムで世界地図を投影しつつ……俺はそう話を切り出す。


「実は明日から、王都に戻って学園に復帰しようと考えているんだ。ここでやっていた仕事は岬に来る魔物を撃退することだったんだが、今の実験でもしもの時はフランソワと位置を入れ替えて、いつでも駆け付けられることが分かったからな」


「へえ……え?」


 すると……フランソワは一瞬、首をかしげた。

 かと思うと……直後、何かを悟ったかのようにその表情は一気に落ち込んだ。


「て、てことは……オラとアニキ、離れ離れになっちゃうんっすか……」


 どうやらフランソワは、俺と離れることが悲しいようだ。


「まあ、距離的にはな。けど昨日みたいな稽古なら、今朝ついていかせた魔法中継器で補助に入るから続けることはできるし。何なら別に片道一時間程度の距離だから、俺と模擬戦をしたい時は来てやることもできるぞ」


「まあ、そう言われればそうっすけど……」


 稽古は続けられるということを伝えるも、フランソワは納得したようなしていないような様子。

 あー、こういうのはイヤだったか。


 と思ったが……直後、フランソワは表情を切り替えてこう言った。


「でも、アニキの役に立てるならオッケーです!」


 どうやら、自分なりに心の整理をつけて納得してくれたようだ。


 ありがたいが、なんか申し訳なくもあるな。

 何かお礼でもするか。


「なんか無理やり納得してもらってすまないな。もし何かできることがあれば何かしらお礼しようと思うが……何がいい?」


「そうっすね……あ、だったら美味いモンたらふく食いたいっす!」


「なるほど」


 それくらいならまあ……多少金を積めば、イアンの伝手で宮廷料理を手配するとかできそうだな。



 こうなってくると……以前はフランソワのことはみんなにはナイショにしとくつもりだったが、建設作業員たちには「俺の従業員だよ」みたいな感じでフランソワのことを紹介しといた方が良さそうだな。

 俺が王都に帰るとなると、たとえ理論上は安全性が担保されていたとしても、なんとなく不安な気持ちになる作業員とかは出てくるだろうし。

「インフェルノ大陸のドラゴンに番人を引き継ぐ」みたいに説明しておいた方が、多少はその手の余計な不安は軽減できるだろう。


「じゃあ……ちょっと、俺について来てくれ。フランソワのことを紹介しなくちゃいけない相手がいるんだ」


「……そうなんっすか?」


 昼休憩が終わりに差し掛かる中。

 俺たちは岬の最先端から、作業現場へと歩いて向かった。

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