第38話 打ち合わせの日の朝

次の日。

朝起きて食堂でご飯を食べていると……隣の席に、フランソワがやってきた。


「アニキ! 稽古つけてもらえませんか?」


かと思うと……開口一番彼女が発したのは、そんな頼み言。


……いや、俺これから出勤なんだが。

一瞬、俺はどう返事したものかと迷った。


まあ、ついてきた理由が「グレートセイテンを瞬殺できるほど強いから」である以上、自分を強くしてほしいと思ってるかもとは薄々思っていたが。

そもそもフランソワには一方的に慕われてるだけだし、別にそれに付き合ってやる義理はないんだよな。


だから普通に断ってもいいのだが……そうだ。

どうせなら、その頼みは聞くとして何か交換条件をつける、って方が建設的だな。


「そうだな。今からすぐにというのは、俺も予定があるから無理なんだが……。もしよかったら、インフェルノ大陸――フランソワの出身大陸からこっちの大陸に出ようとする魔物を、向こうの大陸の沿岸で張って片っ端からやっつけてくれないか? それをしてくれたら、夜にでも時間をとって修行に付き合うよ」


俺はフランソワに、安全管理業務を手伝ってもらえないか頼むことにした。


現状は、インフェルノ大陸から来る魔物をアシュガーノ岬で迎え撃つ形での防衛しかしていないが……そもそもインフェルノ大陸から出ていく魔物をその時点で間引いてしまえば、来るものが来なくなる。

その分、俺が倒さないといけない魔物が減るわけだ。


飛来するものについてはメタルウルフに対処させているとはいえ……泳いでくる両生類型の魔物は、今も俺が竜閃光で処理しているからな。

その回数が減れば……海の様子をチラチラと確認する頻度も下げれて、商談などを並行してやる際集中しやすくなるだろう。


特に今日は、これから納入しようと思っている魔道具兵器について説明しに行ったりする予定だしな。

打ち合わせの最中に余計な意識が取られないで済むのは、ありがたいことである。


「そ、そうっすよね……オラの頼みを聞いてもらうには、まずアニキの役に立たないとっすよね! 分かりました、蟻んこ一匹逃さないっす!」


フランソワは、この交換条件を快諾してくれた。


「ありがとう。じゃあこれ、移動手段」


「行ってきます!」


グレートセイテンの雲を一つ渡すと、フランソワは威勢よく返事をして宿を出ていった。



さあこれでご飯の続きを――と思ったら、立て続けに今度は別の声が。


「さ、さっきの女の子、一体誰……? 随分と慕われてたようだけど」


振り向くと、そこにはジャスミンがいた。

どうやらフランソワと話しているところを見られていたようだ。


……はて、どうやって説明するか。


「ここだけの話だぞ」


インフェルノ大陸のドラゴンがいるとか、噂になるのも正直アレなので……まず俺はそう前置きしてから、説明を始めることにした。


「な、何よ」


すると……なぜかジャスミンは、ちょっと不機嫌そうにそう言った。

昨晩悪い夢でも見たのかな?


「あの子は人化の術で変身中のドラゴンなんだ。昨日インフェルノ大陸に行ってきたんだが、その時に出会ってからなんかついてきちゃってな……」


「イン……えええ!?」


かと思うと……ジャスミンは俺の説明を聞いて、思わずこれまでにないくらい素っ頓狂な叫び声を上げた。

おいここ食堂だぞ。そんな大声をあげないでくれ。


「ちょ……ど……どういうことなのよ! いくらハダル君とはいえ、あっち側に乗り込んじゃうなんて無謀な……」


「そうでもなかったぞ。というか、こっちに来る魔物が思ったより弱かったからこそ、攻め入っても大丈夫だろうって思ったんだし」


「思ったより弱かったって……。凄く余裕そうだなとは思ってたけど、そんな風に思ってたのね。で、なんでそれでドラゴンがついてくるのよ」


「自分に倒せない魔物を瞬殺する姿を見て痺れた、とか言ってたな。稽古をつけてほしいとかいうもんだから、岬の警備を手伝ってくれるなら相手してやるって言ったんだ」


手で声量を抑えるようジェスチャーしつつ、そんな風に経緯を話す。


「そ、そうなの……。インフェルノ大陸のドラゴンにリスペクトされるとかホントどうなってるのよ……」


ジャスミンは頭を抱えながらため息をついた。



それからしばらくして、ジャスミンが自分が頼んだ食事を受け取って席に戻ってくると。


「でも、何のために乗り込んだのよ。あくまで安全管理が業務内容なんだから、倒せるからっていく必要なんてないはずじゃ……」


彼女はそんなことを聞いてきた。


そういえば、ジャスミンにはまだ兵器の納品のこと話してなかったな。

ライト社長の娘なんだし、この機に話しておくか。


「そのことなんだがな。実は俺、要塞に搭載する兵器の納品もやることになったんだ。それでもっと質の高い魔石が欲しいと思って、材料集めのためにインフェルノ大陸に行ってきてな」


まずは簡潔に、概要をそんな感じで話した。


「あのインフェルノ大陸をまるで宝島みたいに言うのね……」


するとジャスミンは、半ば呆れたような声でそう呟く。


「……魔石は無事取ってこれたの?」


「ああ。割と満足のいく質のが何個か取れた。材料は揃ったから、今日はこれから正式にどんな魔道具を納品しようと思っているか話しに行こうと思ってる」


「なるほどね。その話は私も聞くわ」


「ああ、支社に着いたら詳しいことを話そう」



お互い朝食を食べ終えると……早速俺たちは、アシュガーノ支社に出発することにした。


「でもさっきの女の子、思ってたのと違って良かった……」


その道中……ジャスミンはポロっと、そんなことを呟いた。


思ってたのと違ったって、いったい何の話だろう。

ま、良かったんなら別にいいか。

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