第30話 労災の治癒
メタルウルフとの模擬戦が日課になって、三日が経過した。
その日の夕方。
宿で夕食を食べていると……隣の席にジャスミンがやってきた。
「はい、これ。事業計画書」
「ありがとう」
実は……今朝俺はジャスミンに、要塞建設の事業計画書のコピーをアシュガーノ支社から取り寄せてもらえないか頼んでいたのだ。
それが今、届いたというわけだ。
「一応当初の事業計画書と、今回の再始動に際しての事業計画書、両方貰ってきてるわ」
ジャスミンはそう言って、二つに分かれている書類の束を指差す。
早速俺は、食べながら資料に目を通すことにした。
予算、工期、スケジュールに人員……それぞれの項目を、一つずつ確認していく。
その中で……俺は一点、不思議な部分を見つけた。
「あれ……再始動版、なんでこんなに作業員の数が減ってるんだ?」
どういうわけかは知らないが……最初の建設計画に比べて、これからやろうとしている分の計画では、作業員の動員数が3割ほど減っているのだ。
そのせいで工期も、当初の計画より1.5倍くらい長くとる感じになってしまっている。
その疑問には……ジャスミンがこう答えた。
「ああ、それなら多分労災のせいだと思うわ」
「労災?」
え。まさかこの3割、最初の建設計画で怪我をして働けなくなった人の分だというのか。
いやでもこの計画……確か2年くらい前からストップしてたって話だったよな。
その間怪我を治してもらえてないって、なかなか酷い話ではないだろうか。
「この話は資料をもらう時、支社の従業員さんたちから聞いたんだけど……前の建設計画では、インフェルノ大陸産の魔物を目の当たりにした作業員の結構な割合がストレス障害を患ってしまったらしいの。もちろん、カウンセリングとかの治療費は会社の経費でしっかり出してるんだけど……なかなか現場復帰できそうな人は増えないって」
と思ったが、別に会社が手当てを出していないとかそういう闇の深い話ではなかったようだ。
良かった。協力している会社が良心的なところで。
でも……PTSDとかなら全然、アブソリュートヒールとかで普通に治せるはずなんだけどな。
「なんでアブソリュートヒールを使わないんだ?」
「そんなことできるわけないでしょ。その魔法が使える人、一体どれだけ希少か分かってるの?」
「モルデナさんにでも頼めば、二年もあれば全員治して貰えたんじゃ……」
「あの……その『モルデナさん』って聖女様のこと? あの方のアブソリュートヒールは貴重なのよ。命に関わる難病で、かつ患者が要人とかでなけりゃとてもやってもらえないわよ……」
そんなに条件厳しいのか。
仕方ない。俺が行くとするか。
「じゃ、明日治療しに行こうか。教会に案内してもらえるか?」
「え……治療? ま、まさかハダル君、アブソリュートヒール使えるの?」
「使えるも何も、初日の視察の時に燃える鳥にビックリしてた二人にかけたのがアブソリュートヒールなんだが」
「え゛……そんなハイグレードな治療を知らずに受けてしまってたなんて……」
こんなことで工期が伸びてるのは勘弁してほしいからな。
サクッと治して、確保できる人員を増やせるだけ増やすとしよう。
◇
次の日。
俺はジャスミンの案内のもと、労災の患者たちがいる教会に赴いた。
その道中……ジャスミンは、何か大事なことでも思い出したかのようにこう聞いてきた。
「そういえば……治療するっていったって、いったい教会に入ってからどうするつもりなの? たとえアブソリュートヒールが使えるとしても、治癒師免許がなければ何もさせてもらえないんじゃ……」
確かに、ごもっともな質問だ。
奇しくもその点は心配ないんだがな。
「あるよ」
そう言って俺は、王都の教会で発行された治癒師免許を見せた。
「なんであるのよ……」
「インターンに行ったらついでに試験を受けさせてもらえて取得できた」
「なんでついでで取得できるのよ……」
ま、単に治すだけなら、ロビーからエリアアブソリュートヒールを放つとかやりようはあるんだがな。
現場復帰させるのが目的な以上は、治癒証明がしっかりできることも肝心だ。
正規の治癒師として動けるなら、それに越したことはないだろう。
そんなことを話しながら歩いていると、教会のアシュガーノ支部が見えてきた。
教会に入ると……俺は受付の人に治癒師免許を見せつつこう告げる。
「治癒師のハダルです。専門はストレス障害です。建設業務の労災患者を診させてください」
「え、ええと、少々お待ちください……」
受付の人はそう言って、奥の部屋に行った。
別にストレス障害が専門なわけではないが。
こう言っとけば話はスムーズに進むはずだ。
しばらくして……受付の人は一人の壮年の男を連れて戻ってきた。
「私がアシュガーノ支部長のホンマーだ。ストレス障害専門の治癒師といったか? それは是非診てやってほしい」
どうやら問題なく診療に入らせてもらえるようだ。
「……そちらのお嬢さんは?」
「あ、私はバンブーインサイド建設の社長の娘です……」
「なるほど。従業員のために良い治癒師を紹介してくれるというわけか。将来会社を継ぐと良い社長になりそうだな」
「えと……」
図らずも支部長から好印象を受け、ジャスミンは若干困惑の表情を浮かべる。
まああながち間違ってないんだし良かったじゃないか。
俺たちはホンマー支部長の案内のもど、該当の病室を巡ることとなった。
◇
最初の患者の病室にて。
「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
その部屋では……一人の男が、頭を抱えて奇声を上げていた。
「ちょうど発作が始まってしまったようだな。こうなるのは4日に一回くらいなのだが……」
その様子を、ホンマー支部長がそう解説する。
とりあえず、アブソリュートヒールを発動した。
「あ゛……あら?」
すると……発作は一瞬で治まった。
「あ、支部長、おはようございます。……そちらのお二人は?」
そして何事もなかったかのように、冷静に支部長と話しだした。
「ええと……ストレス障害が専門の治癒師なんだが……まさかここまでの即効性とはな」
「そうですね。何というか、妙な心地よさと共に頭の中から悪夢がスーッと消えていくような感じがありました」
彼は淡々と、自分の身に起きたことを説明した。
そして……いきなりこんな願いを口にした。
「あの……俺、職場復帰させてもらえますか? 今ならもう、あの燃える鳥とかを見ても平然としていられる自信があります」
その言葉に……支部長は驚いて目を見開く。
「な……!? 君本人からそんな言葉を聞く日が来ようとは……」
「怖いものがなくなった今……俺には二年間も働かずにいた不甲斐なさしか残っていないんすよ」
「そうか……ちょっと失礼」
支部長はポケットから、一枚の絵を取り出した。
そこに描かれてあるのは、例の燃え盛る鳥だ。
「これを見ても何も思わんか?」
「思わないですね。強いて言えば、長いこと休職させられた原因と思うとちょっと腹が立つくらいです」
当然ながら、その絵を見ても彼は冷静沈着そのものだ。
「むぅ……これは確かに、完治しておると言えそうだな……」
しばらく考えた後、支部長はこう結論付けた。
「よし、分かった。希望通り、治癒証明を出しておこう」
とりあえず……まずは一人、社会復帰させることに成功した。
◇
その後の診療も……俺がアブソリュートヒールをかけては支部長が完治のチェックをして、順調に全員治癒証明が出されていった。
これで無事、当初の作業員の人数で建設計画が進められるようになったな。
「このことはアシュガーノ支社の方に報告しといてくれ」
「わ、分かったわ……。あとお父さんにも、診療報酬をハダル君に払うよう伝えとくわね」
そんな話をしながら、俺たちは宿に戻ったのだった。
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