第29話 重力100倍トレーニング
アシュガーノ岬の視察に行った日の翌日。
俺は今後の業務に備え、トレーニングでも始めることに決めた。
ちなみに安全管理業務の方はというと……当初の予定の通り、一週間後になってから始まることとなる。
いくら俺たちが早く来たとはいえ、肝心の建設業務の方がまだ再始動の準備が整っていないからだ。
つまり俺とジャスミンは、一週間ほど暇な時を過ごすことになる。
その間もできるだけ有意義に過ごしたいので、とりあえず今日はトレーニングでもやろうと決めたわけだ。
といっても、まずはトレーニング器具作りからだ。
アシュガーノ半島で過ごすために借りた宿のラウンジにて。
俺は昨日手に入れた燃える鳥の魔石を収納魔法で取り出すと……そこに魔法陣を刻んでいった。
「何してるの?」
作業を進めていると……いつの間にかラウンジに来ていたジャスミンが声をかけてきた。
「重力操作装置だよ。ちょっとトレーニングしようと思って」
その質問に、俺はそう答えた。
インフェルノ大陸の魔物は恐ろしいと聞いているからな。
そいつらから作業員を守る仕事を任されたからには、俺ももっともっと強くならなければならない。
そもそもトレーニングをしようと思ったのは、そういう理由からなのだ。
試験の時支給された魔道具では、重力3倍の装置しか作れなかったが……この燃える鳥の魔石があれば、重力100倍まで調整できる魔道具が作れる。
3倍なんかじゃ誤差みたいなもんだが、これがあればまあある程度マトモといえる強度のトレーニングができることだろう。
人事を尽くして天命を待つって言葉もあるしな。
たとえ付け焼き刃だったとしても、こうやってちょっとでも最善を尽くそうとすることが重要だと思うのだ。
「魔道具で重力を操作できるとか聞いたことないんだけど。てかなんで?」
「インフェルノ大陸の魔物に勝てるくらい強くならないといけないじゃん」
「いや……昨日十分倒せてたじゃん……」
だからあれはおそらく在来種だって。
仮に向こうの大陸産だったとしても、せいぜい縄張り争いに負けて逃げてきた魔物とかだろう。
向こうの魔物の本領とは程遠いはずだ。
などと考えたり会話したりしているうちにも……魔道具が完成した。
ここで重力を変えると宿が潰れてしまいかねないので、外の適当な広場に移動する。
なぜかジャスミンもついてきた。
「ちょっと離れて。そこにいると重力100倍になるよ」
ツマミを動かそうとした時……俺は真後ろにジャスミンがいるのに気づき、一応そう注意喚起した。
「ひ……100倍!? 冗談じゃないわよ」
即座に離れてくれたので、早速起動。
全身が重たく感じるとともに、魔道具の効果範囲内の地面が2センチほど沈み込んだ。
まずは逆立ち腕立て伏せでも始めるか。
「1……2……3……」
「普通に運動してるように見えるけど……重力100倍って、どんな感じなのかしら……」
俺が腕立て伏せをする様子を見て……ジャスミンはそんなことを言いつつ、小石を装置の効果範囲内に投げ入れた。
すると……小石は効果範囲内に入った瞬間、放物線の軌道を描くのをやめ、垂直に地面に落下した。
勢いをつけて落下した小石は、地面に10センチほどめり込む。
「こんなところでトレーニングなんて正気じゃないわよ……」
その様子を見ていたジャスミンは、震える声でそう呟いた。
ジャスミンがそんなことをしているうちに、腕立て伏せ30回ほどが終了する。
本当はこの後、続けてスクワットやシャドーボクシングもするつもりだったが……俺はその予定を変更せざるを得ないなと感じた。
というのも……重力100倍というと聞こえは恐ろしいが、冷静に考えて今の俺の自重は5トンにも満たないのだ。
つまり、あまりトレーニングになっている感覚がしなかった。
もう少し……せめて倍くらいは負荷をかけないといけなさそうだ。
俺は収納魔法で試験の時つくった剣を取り出した。
これで素振りでもしよう。
「そ、それって……もしかして、例のオリハルコンーアダマンタイト合金の……?」
「そうだ」
「……この空間で!?」
剣を見て……ジャスミンは開いた口が塞がらない様子に。
構わず俺はトレーニングを再開することにした。
「1……2……3……」
「ハダル君って本当に人間なのかしら……?」
人間だから就活してるんだろうが。
などと心の中でツッコミを入れたりしつつ、5分くらい素振りを続けてみたが……次第に俺は、それにも飽きてきた。
負荷はちょうどいいくらいなんだがな。
相手がいない単純作業をずっと続けるのも、なかなか飽きるものなのだ。
一旦俺は装置を止め……別の魔道具を作ることに決めた。
「もう終わり? そ、そうよね。こんな空間で長時間のトレーニングなんて、流石にハダル君でも……」
ジャスミンは今日のトレーニング自体がもう終わりだと勘違いしているようだが、別にそんなことはない。
「いやちょっと実戦形式に切り替えようと思って」
俺は昨日の燃える鳥の魔石を二個取り出した。
うち一個は、通常のものより効果範囲の微調整がしやすいようにした重力操作装置を作る。
そしてもう一個の方には、とある魔法陣を刻んだ後、錬金術で生み出した金属パーツを多数付けていった。
その完成形は……大型の狼のようなフォルムとなった。
「じ……実戦形式?」
「うん。魔物を模した魔道具でね」
俺が作ったのは、メタルウルフという魔道具だ。
用途は主に猟犬として、あるいは今俺がやろうとしているような模擬戦相手として。
俺が前読んだ文献では、確か性能はフェンリルとかいう魔物と同等くらいとか書いてあったはずだ。
フェンリルの実物に会ったことがないので、具体的にだからどうなのかはよく分からないが。
このメタルウルフは内部がミスリルーオリハルコン合金、外側に厚さ3センチのオリハルコンーアダマンタイト合金のコーティングがされたパーツで作っている。
「重くなりすぎないようにしつつも、剣で簡単には壊れないようにする」というコンセプトで、そのような金属をチョイスした。
通常のメタルウルフと大きく違うのは……内部に先ほど追加で作った重力操作装置が組み込んであることだ。
これにより、メタルウルフの体内だけ、トレーニング用の100倍の重力がキャンセルできるようになっている。
つまり、俺だけが重力100倍のハンデを負ったような状態で模擬戦ができるようになっているわけだ。
準備が整ったので、早速俺は重力操作装置及びメタルウルフを起動し、トレーニングを再開した。
流石に彼我に100倍の重力差がある状況で、そこそこ敏捷性の高い狼を相手にするのはなかなかしんどい。
が、それはつまり良いトレーニングになっている証拠だ。
それに何より、単調な素振りと違ってこのトレーニングは楽しい。
「何この光景……もう訳が分からない……」
魔道具の効果範囲の外では、ジャスミンが口をあんぐりと開けたままこちらを凝視している。
それはあまり気にしないことにして、俺は何時間かトレーニングを続けたのだった。
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