第28話 side:アシュガーノ支社社内

 受付の係員がハダルたちを案内するといって出かけた後の、アシュガーノ支社のオフィスでのこと。

 一組の男女の事務員が、書類の整理などをしながらこんなことを話し合っていた。


「それにしても早かったわね。例の二人・・・・が来るの」


「ああ。社長のご令嬢と、とてつもない戦闘能力を有する安全管理業務を請け負う男……だったか。到着は一週間後のはずだったよな?」


 そんなことを言いつつ、男の方の事務員は社長から届いた手紙を引き出しから取り出す。

 彼が手紙を持っているのは、彼こそが本社との連絡を請け負う職員だからだ。

 彼は学生時代、幻の鳩の魔物・ウーバーレターのテイムに成功したことから、男でありながら一般職としてエリア限定採用されることとなった。

 多少給料が低かろうがワークライフバランスを重視したかった彼にとっては、願ったり叶ったりだったのである。


 戦闘能力こそ無いものの、ウーバーレターは飛行速度だけならハダルの全力飛翔の3分の1くらいの速度が出せる。

 そのおかげで……「通達より先にハダルたち本人が来てしまった」という事態には、ギリギリならずに済んだわけだ。


「全く……訳が分かんないわよね。ドラゴンに変身して飛んできたなんて、一体どこの世界の話なのかしらって思っちゃうわ」


「同感だ」


 しばらく二人は無言になり、各々の作業を淡々と進めていく。

 が……10分くらい後。

 その沈黙は、男の事務員の方が破ることとなった。


「なあ……やっぱりおかしくないか?」


「な、何が?」


「二人がこんなにも早く到着したことがだよ。もしかして……やっぱり偽物だったんじゃないか?」


 彼は沈黙の中、ハダルたちの素性がやはり怪しいと考えだしていたのだ。

 しかしそれには、すかさず女の事務員の方が反論した。


「いや、そんなはずはないでしょ。ほらあの子も言ってたじゃない。『耳を疑うような話だったけど、契約書を見せられたから信じることにした』って」


 彼女の根拠は、受付の係員の発言だ。

 が……それを踏まえても尚、男の事務員は持論を崩さなかった。


「『人がドラゴンに変身して移動時間一週間を一日に短縮した』と『成りすましが偽造契約書を持っていた』。どちらの方がより現実味があると思う?」


「そ、それは……」


 そう言われると、女の事務員もすぐには反論を思いつかない。

 が……一応彼女は、こんな意見を口にしてみた。


「そ、そもそもご令嬢と安全管理業務の請負人の方のことは、社内の機密事項じゃないの。成りすます動機がある奴がいるとして、いったいソイツはどうやってウチの機密を盗んだのよ?」


「それは俺も分からないが……」


 会話を重ねるうちに、二人の中に得体の知れない不安がこみ上げてくる。


「あの子、無事帰ってくるかな?」


「だといいんだが……」


 色々な考えが渦巻く中、彼らは特に受付の係員の安否が気になりだす。

 受付の係員が帰ってくるまで、彼らは不安を抱えて業務がおぼつかなくなってしまった。



 ◇



 二人の事務員が受付の係員の無事を知ることになったのは……夕方、勤怠記録をつけに彼女がオフィスに戻ってきたタイミングだった。


「無事帰ってきたのね!」

「本当に良かったよ」


 受付の係員がオフィスに顔を出した瞬間……全てが杞憂だったと分かった安心感から、事務員二人の表情が綻んだ。


「ぶ、無事で良かったって……何のことですか?」


「本当は今日到着した二人が成りすましなんじゃないかって、ずっと心配してたのよ!」

「やはりどう考えても、ドラゴンに変身して飛んできたなど突拍子もなさすぎるからな。まだ契約書偽造からの成りすましの方があり得るんじゃないかって、心配してたんだ」


 困惑する彼女に、ふたりはこれまでの心配の内容を伝える。


「あ、そういうことでしたか……ご心配おかけしてすみません」


 思いのほか身を案じられていた事をしって……受付の係員は申し訳なさそうに、二人に頭を下げた。

 そして……こう続ける。


「でも、あの二人が偽物ってことは絶対にあり得ませんよ」


「そ……そうなの?」

「何を以てしてそう言えるんだ?」


 自信満々に断言する受付の係員に、二人の事務員はそう問いかける。

 それに対し……彼女はこう説明し始めた。


「私、今日お二人を案内した中で、社長の真意を深く痛感しました。今朝までは、『強力な戦闘能力を有するもの一名に安全管理を全面委託する』なんて何を考えているんだと思っていたものですが」


「うん、私も社長気が触れたのねって思ってた」


「今回安全管理業務を請け負ってくださることになった、ハダル様ですが……文字通り、人智を超越した存在でした。というのも――彼、あのギガントフェニックスを、一秒と経たず三体瞬殺したんです」


「「は……!?」」


 彼女の言葉に、事務員二人の口がぽかんと開きっぱなしになる。


 それもそのはず。

 ギガントフェニックスといえば……インフェルノ大陸から来る魔物の中でも特に厄介な敵の一角なのだから。


「そんな芸当が可能な者が……社長が推薦した者の他にいると思いますか?」


「確かにあり得ないわね……」

「そんなの、間違いなく唯一無二の存在だよな」


 そんな強力な人間の偽物なんて用意できるはずがないし……何より、そんな超常的な人間ならドラゴンになれるのもおかしなことではないのではないか。


 そんな考えから、彼らの中から偽物説は完全に消え去ったのであった。

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