第26話 いざアシュガーノ半島へ
社長から改めて話があったのは、二日後のことだった。
無事、出席扱いの交渉は成立したようだ。
社長曰く、「ほとんどの先生がハダル君は授業の出ようが出まいが単位は出すつもりってことだったから、正直私が交渉するまでもなかった気がするよ」とのことだったが……いったいどういうことだよ。
この学園の成績システムガバガバすぎるだろ。
そしてなんと……びっくりしたのは、俺だけでなくジャスミンまでも同じ許可が出たらしいことだった。
「将来バンブーインサイド建設を継ぐからには、この現場はみておいた方がいい」ということで、社長が無理やり学長を説得したようだ。
校舎のほとんどがバンブーインサイド建設かその関連会社によって建てられているため、学長も断るに断れなかったのだとか。
これがスーパーゼネコンの力か。
まったく、とんでもない現場を知ってしまったものだ。
再度簡単に話を聞いた後は、契約書に隅から隅まで目を通してから捺印した。
報酬の額面もキチンと国からの予算のほとんどが入ってくるのを確認したし、途中での不履行に罰則規定とかがないのも厳重に確認済みだ。
そして、週末。
俺はジャスミンと共に、馬車に乗ってアシュガーノ半島に旅立つことになった。
暇なので、とりあえず本でも読み始めることにする。
程なくして、ジャスミンは本を覗き込んでこう聞いてきた。
「うひゃー、何その本。古代語? よくそんなの読めるわね」
「『魔法薬量子化学』って本だよ。結構面白いよ?」
「へえ……タイトルからして難しそう」
「まあ、一回で完全に理解するのは難しそうかな」
この本、昔チンプンカンプンで一回読むの挫折したんだよな。
それで一旦、まずは前提知識を完璧にすべく「応用魔素量子論」を暗記する勢いで読み込んだのだ。
お陰で今読むとなんとなく内容が頭に入ってはくるが、それでもこれも何回か読み返さないといけなさそうだ。
俺もまだまだである。
本を読み進めつつ……車酔いしそうになったら、そのたびにパーフェクトヒールを発動する。
しばらくすると、またジャスミンから質問が飛んできた。
「なんか定期的にとんでもない治癒魔法の気配がするんだけど、何かやってる?」
「うん、三半規管にパーフェクトヒールをかけてる。車酔いに弱いんだよね……」
「そ、そんなことでパーフェクトヒールを!?」
そんなことでって。結構重要だぞ……。
「私が知ってる限り、パーフェクトヒールってそんな馬車で無理やり本を読み続けるために連発するようなもんじゃないんだけど」
「これでも自然回復のペースほど魔力使ってないから大丈夫」
「どんな魔力量してたらそうなるのよ……」
呆れたようにため息をつくジャスミン。
数秒後、彼女は何か思い出したかのように、話題を変えてきた。
「ってかハダル君、山奥から来たんだよね? 車酔いするって、道中大変じゃなかったの?」
そういえば、昼休みの商談の後、ご飯食べ終わるまでの間にちょこっとそんな話したな。
「行きは空飛んできたから大丈夫だったよ」
「そ、空……?」
「お母さんに空を飛んで送ってもらったんだ」
「空飛ぶお母さん……いったい何の比喩かは知らないけど、ハダル君がそう言うならそういうことにしとくわ」
洞窟から王都までの交通手段を明かすと、なぜか信じてもらえなかった。
しかも……何を思ったか、どう考えても今までの文脈からは出てこないはずの質問が出てくる。
「その移動方法、お母さんがいないと使えないの?」
「それは……」
お母さんに送ってもらったと言っているのに、なぜお母さんがいなくてもできるかもという発想になるのか。
その点は不思議ではあったが……奇しくも答えは「いいえ」ではないのが、正直なところだ。
実を言うと、一応自分で飛べるんだよな。
お母さんの「人化の術」の魔法陣の作用機序を反転させた魔法を試しに発明したら、「竜化の術」ができたのだ。
お母さんが「人化の術」を使っても人間になるわけではないのと同様、「竜化の術」もドラゴンになるのは姿だけだが、一応その状態では空を飛べる。
入試の日はベストコンディションで挑めるよう、魔力を使わないためにお母さんに送ってもらったのであって。
自力で移動する手段が無かったというわけではないのだ。
「一応僕自身も飛べるよ」
「え……そうなの? どうやって?」
できると答えると……途端にジャスミンは、今までにないくらい興味津々に食いついてきた。
「竜の姿になって」
「な、何よそれ……。……あの、もしよかったら私もそれ体験していい?」
「体験?」
「その……お母さんがハダル君を乗っけたように、私も乗っけてもらえないかなーって……」
……別にそれくらいは構わないのだが。
「半島の方角を教えてくれるならいいよ。けどせっかく用意してくれた馬車使わなくて大丈夫?」
「それは大丈夫よ。一応お父様が手配してくださってるけど、期日までに着けばどう移動しても構わないから」
経費で用意された馬車を無視して勝手な行動を取ってもいいのかだけ心配だったが、社長の娘が言うなら問題ないだろう。
「じゃあ……すみません御者さん。ちょっと止まってもらっていいですか?」
変身するために、俺は馬車を止めてもらって降りることにした。
続いてジャスミンも、御者さんと軽く話をつけた後馬車を降りてくる。
俺は「竜化の術」を発動し、ドラゴンの姿に変身した。
「ほ、ほほほ本当にドラゴンが……」
「逆鱗かなんかに掴まっといてね。多分それが一番体勢が安定するから」
ジャスミンが尻尾から背中によじ登ってくると……俺はゆっくりと空に浮き上がり始めた。
「急に嫌な予感がしたから一応念押しとくけど、自由落下以上の加速度で加速しないでよね」
「自由落下かぁ……分かった、慎重に行くよ」
ちょっとゆっくり過ぎやしないかと思わなくもないが、まあせいぜいトップスピードに乗るまでの時間が数分変わるだけだし別にいいか。
「半島の方角は?」
「あっち」
ジャスミンが光魔法で示した方角に向かって加速する。
もちろん、空気抵抗で飛ばされないようにジャスミンの周囲は対物理結界で囲ってある。
一時間後……無事俺たちは、地図で見たのと同じ半島に到着することができた。
「そんな……。1週間かかるはずだったのにもう着いちゃった……」
竜化の変身を解いている中……ジャスミンは呆然とした様子でそう呟いた。
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