第25話 バンブーインサイド建設の計画

 ダンジョン実習があった日から三日後のこと。

 二限が終わり、昼休みに入った時……ふと俺は声をかけられた。


「ハダル君。ちょっといいかしら?」


 声の方を向くと、そこにはバンブーインサイド建設の社長の娘が。

 えと……ジャスミンさんだったっけ。

 自己紹介の時イアンが言及してたおかげでギリギリ思い出せた。


「何?」


「ちょっと話があるから、一緒に食堂まで来てくれないかしら? バンブーインサイド建設の事業のことで、お父さんから相談を預かってるの」


 何かと思えば、仕事の話のようだった。

 なんでわざわざ娘越しにと思わなくもないが……まあ社長も多分多忙だろうしな。

 娘が同じクラスにいるともあっちゃ、こういう手も使わなくはないか。


「そういうことなら是非」


 というわけで、俺はジャスミンと一緒に食堂に向かった。



 ◇



 注文を終えて席に着くと……早速俺は、本題について聞くことにした。


「それで……どんな相談を預かってるんだ?」


「アシュガーノ半島の要塞建設事業における安全管理業務の全面委託よ」


 質問に答えつつ……ジャスミンは一枚の地図を取り出す。


「まず、アシュガーノ半島について簡単に説明するわね。アシュガーノ半島はね、ゼルギウス王国の最西端に位置する半島で、王国の土地で最もインフェルノ大陸との距離が近い場所なのよ」


 地図の中心にある大陸の、西側の出っ張った地形を指しつつ、彼女はそう続けた。


 どれどれ……確かに、アシュガーノ半島から海を隔ててすぐ向こうに「インフェルノ大陸」と書かれた地形があるな。

 縮尺を見る限り……両者の距離は、50キロくらいといったところか。


 そんな場所に、要塞を建設……ってことは、ゼルギウス王国がインフェルノ大陸にある国に狙われてたりするのだろうか?


「インフェルノ大陸側と戦争になりそうな感じなのか?」


 まずは状況を確かめるべく、そんな質問をする。

 するとジャスミンは、キョトンとした表情でこう返した。


「え……? インフェルノ大陸に国なんかないけど……」


 ……?

 じゃあなんで要塞を建設する必要があるんだ。


「誰も侵攻してこないのに要塞を建てるのか?」


「そういうわけじゃないわ。人間の敵はいないけど……アシュガーノ半島は、度々インフェルノ大陸由来の魔物の侵攻を受けているのよ」


 どうやら戦いこそあるものの、その相手は人間ではないという話のようだった。


「なんであんなにも全知全能なのに、インフェルノ大陸は知らないのよ……」


「現代の地理にはあんま詳しくないからな……」


 そもそも全知全能ではないが。

 というか、お母さんが持ってる文献ってだいたい古代のものだから、現代の知識といえば入試関連か治癒師試験関連のくらいしかないんだよな……。

 などと思っていると、彼女はインフェルノ大陸について詳しい説明を始めた。


「インフェルノ大陸は、災害級の魔物が年中大量発生していることで知られている、世界で一番危険な島よ。島に向けて出航した人で、生還した人はゼロ。別名『人間が行ってはいけない大陸』とまで言われてるわ」


「なるほど」


「そして問題になるのは……インフェルノ大陸とアシュガーノ半島の距離よ。これだけ距離が近いと、インフェルノ大陸の魔物のうち海を渡ったり空を飛んだりできる魔物は、アシュガーノ半島に来ちゃうことがあるの。それで、アシュガーノ半島の近辺に住む人の生活が脅かされていることが問題になってるの」


「へぇ……」


「インフェルノ大陸から魔物が来るだけならまだいいんだけど、アシュガーノ半島に棲みついて災害級の魔物が繁殖しだしたら王国全体が危なくなるからね。このことは国レベルで問題視されてるの。それで、国が防衛費を出して要塞建設を進めることになったんだけど……その施工に、業界のリーディングカンパニーであるバンブーインサイド建設が名乗り出たってわけ」


 ジャスミンの説明で……事の背景はだいたい理解できた。

 確かに、ゼルギウス王国がそんなヤバい魔物たちの住処になっちゃうのはヤだな。

 などと思っていると……ジャスミンは深刻そうな表情で、更にこう続ける。


「でもここで一つ、問題があるの」


「……どんな?」


「この岬、たびたびインフェルノ大陸産の魔物の襲撃に遭うから……建設現場の従業員の安全が確保できないってことで、なかなか着工できずにいるのよ」


 そりゃまた鶏が先か卵が先かみたいな話だな……。


「もちろん、国から潤沢な予算が降ろされてるから、腕の立つ冒険者を雇ったり騎士団に業務委託したりはできるんだけど……そもそもインフェルノ大陸の魔物を対処できる人材となると絶対数が少なくてね。そっちの意味で、人手の確保も難しいのよ」


 全貌を語り終えると、ジャスミンは一口紅茶をすすった。

 行きつく問題点は人手不足だったか。


 ……って、待てよ。

 そういえばジャスミン、最初に俺への依頼内容を「安全管理業務の”全面”委託」って言わなかったか!?

 もしかして……。


「まさか社長、建設の邪魔になる魔物の処理を全部俺に任せようと?」


「まさかって言うほど意外じゃないでしょ。どう考えても一番の適任者じゃない」


 そのまさかだった。


「ハダル君が業務委託を受けるなら、国から降ろされた潤沢な安全管理の予算を、一人でほぼまるまる貰えることになるのよ。悪い話じゃないと思うけど?」


「うーん……」


 流石にこれにはなんて答えるか迷ってしまった。

 どんな依頼だったとしても、ガクチカ作りのために引き受けようと思ってはいたんだがな……。


 いくらなんでも、これは無理難題でしかない。

 災害級の魔物というからにはきっと、お母さんが10人いても手も足も出ないような魔物がうようよいるはずだ。

 お母さんが理論だけ作ってお蔵入りさせてた魔法の中には、そういう魔物でも倒せるものもあるかもしれないが。

 あの中で特にハイクラスの攻撃魔法となってくると、1日に3発とかが限界だったりもするからな……。


 アシュガーノ半島を襲う魔物の数次第ではあるが、おそらくそんなの焼け石に水だろう。

 防衛に成功すれば美味い話ではあるのだが、あくまでそれは「成功すれば」の話だ。

 聞いてる限りだと、とてもそんなことできそうにないぞ……。


 一体あの社長、何を考えて俺に全面委託などと言い出したのか。

 などと考えていると、娘は何かを察したようにこう口にした。


「あ……もしかして、学校の単位のこと気にしてる? それならお父様がハダル君の業務時間を出席扱いにするよう学長に交渉してくれるから心配ないわよ。アシュガーノ半島の要塞建設は国の一大事業だし、学長も首を横には振れないはずだわ」


 いや全然ちげえよ。


「いやまあ、それはありがたいんだけど……」


 お母さん、「留年は採用担当から見てかなりの減点ポイントだから絶対しないように」って口酸っぱく言ってたからな。

 もちろんその心配もなかったわけじゃない。

 留年の心配がないかどうかも、一応後で聞こうと思っていたことではある。

 けどそんなこと以前に、問題は俺が業務を遂行できるかどうかなんだよな。


「……そんなことより、俺が魔物を倒せなかったらどうするんだ?」


「……え?」


 質問すると、またもやジャスミンはキョトンとした表情に。


「ああ、ごめん。まさかそんな心配をするなんて思ってもみなかったから、びっくりしちゃったわ。ちょっと私の説明が悪くて過剰にビビらせちゃったかもしれないけど、私もお父様もハダル君なら大丈夫ってことで意見が一致しているわ」


 キミはともかくなんで社長までそう思えるんだ。

 ジャスミンが授業の様子から勝手にそう思いこむのはまあ百歩譲って分かるとしても、社長さんは合金の錬成しか見てないだろ。


「それに、もしダメだったとしても違約金とかないから安心して。増援次第で対処できそうならなんとか人員を確保するし、行ってみて無理だと判断したらいつでも中止していいから。その場合報酬は貢献度に応じて分配になるから、予算全額よりは少なくなるけど」


 心の中でツッコミを入れていると、ジャスミンはそう付け加えた。

 まあそこまでいうなら……。


「分かった。一応受けてみるよ。社長にもそう言っといて」


 俺はこの依頼を受けることにした。


 バンブーインサイド建設は今や大事なクライアントだからな。

 ハナから断るより、ダメもとでも行ってみるだけ行ってみた方が今後の関係性を良好に保てると思ったのだ。

 いつでも契約中止していい上に単位の心配もないならこちらのデメリットもないし、もし岬の魔物が思ったより弱かったりしたら巨額の報酬がもらえて儲けもんだ。


「あ、でも留年回避を確約してくれたらだからな」


「そこはまず心配ないわ、任せといて。それと今日のは軽い意思確認で、正式な契約の話はあとでお父様から直々にあるから、その時打ち合わせよろしくね」


 社長と学長がどういう関係性なのかは知らないが、ジャスミンは自信たっぷりにそう口にした。

 ……ま、やれるだけのことをやるしかないな。

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