第22話 ダンジョン実習3

 竜語……なんか懐かしいな。

 使ってない期間は、せいぜい数十日だというのに。


 などと謎にノスタルジーに浸りつつ、声に乗せるための魔力を練り上げる。

 そして……ドスを効かせた発声方法で、こう話しかけた。


『おい、聞いているかそこのトカゲ』


「キイイイィィ!」


 話しかけると……アビスリザードは、目に見えて怯えだした。

 知能は、「リスニングはできるが話すことはできない」くらいのようだな。

 縮こまって身体を震わせるアビスリザードに対し、俺はこう続ける。


『一つ、命令だ。この階層を訪れた人間には、絶対に手を出すな。人間を見かけたら即刻逃げ去るように』


 もしかしたら、俺たちの他にも10階層に来るパーティーがあるかもしれない。

 ただ「俺たちのもとから立ち去れ」というだけでは、その人たちに危険が及ぶ可能性も無きにしも非ずだろう。


 そこで俺は、見かけた人間は誰であっても手を出さないようにという条件を提示することにした。

 こうしておけば、クラスメイトがコイツに遭遇してもコイツの方から逃げ去ってくれる。


「キイァァァァァ!!」


 もちろん俺たちの前からも、アビスリザードは金切り声を上げて逃げていった。

 よかった。一件落着だな。


「な……何をやったの?」


 逃げゆくアビスリザードを見て、セシリアは不思議そうにそう聞いてくる。


「……なんか独り言呟いてたら逃げていったな。今の遭遇、ノーカンってことでよくないか?」


「いや、明らかにその『独り言』の後から敵の様子がおかしかったよね? 絶対何かやってくれたはずじゃ……」


「いや、独り言はただの独り言」


 さっきは冗談ぽく「先生は魔物と話し合いをするなとは言ってない」などと考えてはみたものの……ハッキリ言って、そんなのが屁理屈なのは自分でも分かっている。

 明らかに、今のは話し合いではなく恫喝の類だろう。

 そしてそれを先生が「攻撃に参加した」と見做すかどうかは……正直微妙なところだ。


 ならばいっそ、「竜の恫喝」そのものをただの独り言ということにしてしまった方がいいだろう。

 竜語はゼルギウス王国ではほとんど知られていないそうなので、誤魔化し通すのは簡単なはずだ。


 それこそが、二人の成績を守る道。

 そう思い、俺はセシリアの疑問を躱した。


「野暮なツッコミはやめようぜ。多分ハダルは、何とかして俺たちの成績を守ろうと考えてくれてるんだ。その思いを、みすみす俺たちが無駄にするのか?」


「そうね。ハダル君なら、独り言を呟くだけで魔物に格の違いを分からせるくらいできそうだし……うんきっとそう」


 かなり疑われてはいるが、なんとか納得してもらえたようだ。

 よし、任務完了。


「とりあえず……10階層の探索は、この辺にしておくか」


「そうね」


「……マップの緑は平均値にしておくよ。外れ値がいたら分かりやすいようにね」


 などと会話しつつ、青にしか遭遇しないルートで9階層へと上る階段に行く。

 ちなみに9階層より上では、平均値にしたところで赤と青の比率は半々くらいのままだった。



 ◇



 以降は何事もなく、授業の終わり時間近くまで探索を続け。

 俺たちは地上へと帰還し、戦果を先生に報告した。


 もちろん、アビスリザード関連のことはナイショだ。

 だが先生からは、「ハダルが戦闘に関与してなくて尚、この討伐数だと……?」と若干疑われかけてしまった。

 が、どうやらそれは単に戦果が他のパーティーに比べ圧倒的だったからってだけらしい。

 イアンに促され、ホログラム投影マップを先生に見せると、「これは便利過ぎるだろ……そりゃそんな戦果にもなるよな」と納得してもらえた。


 クラスの他のパーティーも続々と帰ってきて、それぞれ先生に報告をした。

 全員が帰ってくると、先生が「みんなよくやった。流石Aクラス、優秀だな」と話を締めくくり、授業は終わりとなった。


 やっと昼休みだ。飯食うぞ。

 などと考えつつ、食堂に向かおうとする。


 が……その時。


「ハダル君。ちょっと残りなさい」


 なぜか俺だけ、先生に呼び止められた。

 あれ。なんでだ。



 ◇



「君、なんかやったよね?」


 開口一番……先生はそう尋ねてくる。


「何のことですか」


「10階層まで行ったパーティーが、君たちの他に一個あったんだが……訳の分からない報告があったんだ。『アビスリザードが自分たちを見るなり一目散に逃げてった』とな。アビスリザード非常に強力で、熟練の冒険者でも手こずるような魔物。それが学園の新入生を見て逃げだすなど、異常行動もいいとこだ」


 聞き返してみると、先生はそう口にした。


 あちゃー。

 そうか。他のパーティーからの報告ってのは盲点だった。

 これは完全に詰めが甘かったな。


 さあ、どう切り抜ける。

 言っても「異常行動=俺がなんかした」というのは、現段階ではあくまで先生の仮説に過ぎない。

 もっと有力な説を作ることができれば、どうにかならないこともないだろう。


 などと考えていたが……しかし。

 先生は今度は、こう続けた。


「イアンたちの成績を気にして本当のことが言えないなら、心配はするな。アビスリザードの出現自体、予期せぬ緊急事態だし……この実習の際にそれが起きてしまったら死人が出ない方が珍しいのだ。隠密にも非常に長けてるので、実習生が探知するなどまず不可能。アレにハダルが手を出していたとしても、減点にはできない」


 なんか何もかも杞憂だったようだ。

 それなら最初から報告しとけば……というか回りくどい恫喝とかせず、倒しておけばよかった。


「『竜の恫喝』という魔法で脅しました」


「……は?」


「トカゲもある種竜の下位種ですから、魔力を込めて竜語で脅すと言うことを聞くんです。そこで、『この階層の人間には一切手を出すな。人間を見かけたら即刻逃げ去れ』と命令したんです」


「なんだそれは……」


 正直に話すと、先生は口をポカンと開けたまま戸惑ってしまった。


「人間が竜語を話せるなど荒唐無稽な話としか思えんが、ハダルとなるとなあ……」


 別にそんなの出身地次第だろ。方言みたいなもんだぞ……。

 などと思っていると、先生は急に話を変えてきた。


「ところでハダル、三限は授業あるのか?」


 三限? 何かあるのだろうか。


「いいえ、次は空きコマです」


 よく分からないが、今日は二限と四限にしか授業を入れていないのでそう答える。

 ちなみに空きコマができてしまっているのは三限に高年次で取れる授業しかないからなので、時間割作成者には反省してもらいたいところだ。


 俺の三限が空きコマだと知ると……先生は至極嬉しそうに、こう頼んできた。


「そうか。なら一つお願いしたいんだが……アビスリザード、倒してきてくれないか?」


「倒して……ですか?」


「ああ。明日Bクラスの実習があるんだ。一応あれは10階層の階層主なので『入って良いのは9階層まで』とすれば安全なはずだが、それでも念には念を入れて討伐できるならしておきたい。協力してもらえるか?」


 どうやら先生は、明日の授業に向けて脅威は排除しておきたい、という考えのようだ。

 別にそんなことしなくても、命令により完全に無力化しているから、安全は確保されてるんだがな……。


「見逃してあげるわけにはいかないんでしょうか?」


 なんだかんだ言っても、俺からすれば怯えて逃げてったか弱い小動物みたいなもんだ。

 せっかく言う事を聞いてくれたのに殺すのはどうも忍びないというか……。

 そう思い、俺は先生に質問した。


「無理だな。あれは発生したら真っ先に駆除しなければならない対象だ。仮に無害化されているとしても、放置するという選択肢は存在しない」


 だが、それは無理な注文のようだった。

 さらに先生は、こう続ける。


「それにハダルがやらないというなら、教員たちで協力して討伐するまでだしな。そしてそうなったら……俺たちの中にあのレベルの魔物を瞬殺できる奴はいないから、アビスリザードは余計に苦しむことになるだろう。それよりはいっそ、もしハダルが瞬殺できるんだとすれば、その方がアビスリザードのためでもあると思うが……どうだ?」


 うーん、まあ確かに言われてみれば、アビスリザードの放置は外来種の放し飼いみたいなもんなのだろうか。

 そんな扱いだとしたら、流石に無理は押し通せないな。


 そして……せめてもの救いは安楽死させてやること、ってなわけか。


「分かりました。ではこの方法で」


 そう言って俺は、強力な鎮痛作用を持つオピオイドという薬を錬金し、アビスリザードの体内に転送魔法で直接転送した。

 もっとも転送した量は、LD50(半数致死量)を遥かに超える量だがな。

 アビスリザードは薬の過剰投与により、多幸感に包まれながら呼吸中枢が止まって絶命した。


「こいつです」


 更に俺は、アビスリザード自体に転送魔法をかけ、俺たちがいる場所に運び出す。


「な……!? い、いつの間に……」


「今さっきですよ」


「バカな……傷一つつけずに殺した、だと……?」


 アビスリザードの死体を見て、先生は口をあんぐりと開けたまましばらく固まる。


 数分後、落ち着きを取り戻した先生はこう言った。


「とにかく、礼を言おう。今回のことは、然るべきところに報告しておく。ハダルにも何かいいことがあるはずだから期待しておいてくれ」


 何だろう。まあ別に大したことはしてないので何でもいいけど。

「いいこと」についてはあまり深く考えず、俺は今度こそ昼食を食べに食堂に向かった。

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