第21話 ダンジョン実習2

 さて、問題はどうやって索敵係の仕事をこなすかだな。

 索敵自体は、10階層くらいまでなら探知魔法一発で全容が分かるが……大事なのは、得た情報をどうやって分かりやすく共有するかだ。


「右の曲がり角を曲がって10メートル先に魔物が!」みたいにいちいち指示をしてもいいのだが、もっと分かりやすい方法があればそれに越したことはない。


 ……そうだ。

 アレを試してみるか。


「二人とも、ちょっといい?」


 そう言って二人を呼び止めると……俺は光魔法を一個発動した。

 別にこれは、ダンジョン内を照らそうと思ってのことではない。

 俺が発動したのは、光らせ方に一工夫こらした光魔法――ダンジョンのマップのホログラム投影だ。


「うわっ、空中に地図が!?」

「な、なんなのこれ?」


 突然地図が現れたことで、目を丸くして驚く二人。


「これは光魔法で空中にマップを投影してるんだ。どういうルートになっていて、どこに敵がいるかとかが全部一発で分かるようにしたよ」


 そう言って俺は、ホログラムのマップの仕様について説明を始めた。


「オレンジの三角が、俺たちの現在の位置ね。そして赤、緑、青の丸が、敵の位置。色はそれぞれ敵の強さを表してるよ。緑が階層内の中央値、赤は緑より強いやつら、青は緑より弱いやつらって感じね」


 わざわざ敵を強さで色分けしたのは、もちろん脅威度をイアンやセシリア自身が判断できるようにするためだ。

 俺の主観的な危険度判断基準は、全く信用されていないようだからな。

「緑が楽勝だったから赤も倒しにいこう」とか「緑でギリギリの戦いだったから青とだけ遭遇するルートを通ろう」とか、そういう判断を二人に任せようってわけだ。


「なるほど、直感的に分かりやすくていいな……」

「こんな便利なものを表示できるなんて、さすがアブソリュートヒールの使い手は格が違うわね……」


 二人とも、この情報共有方法には満足してくれたようだ。

 セシリアに関しては、若干評価がオーバーではあるが。


「ちなみにこの黄色い星マークはなんだ?」


「あっそれは階段」


「なるほど、じゃあ例えば一階層の赤い敵が楽勝だったら、最短ルートで星に向かえばいいわけか」


「そうそうそんな感じ」


 早速このマップを使いこなしてくれているようだ。

 この調子なら大丈夫だろうと思い、俺はマップの表示だけに徹して二人についていくことにした。



 ◇



 それからの探索は、非常に順調だった。

 赤色の敵を倒しては、雑魚だったので星マークに直行。

 それを繰り返しているうちに、20分と経たず俺たちは10階層まで来れたのだ。


 これでもう、今日のところ許可されている階層の中では最深層だ。


「緑色の敵が近いな」


「そうね。とりあえず倒してみましょう」


 などと話しつつ、二人は10階層の中央値の強さの敵の元へと向かう。

 瞬殺……とはいかなかったものの、二人はそこそこ余力を残しつつその魔物を倒すことができた。


「こんなスピード攻略ができるのも、ハダルさまさまだな」


「戦闘をしないって約束なのに、これじゃ確実にハダル君が一番の功労者よね……」


 俺はといえば、敵にエンカウントしても何もできなくて結構もどかしいんだがな。

 とはいえ二人の成績を下げるわけにはいかないので、黙って見ているしかない。


「じゃ、赤も行ってみるか」


 そう言ってイアンは、現在地から最寄りの赤い敵を目指すことにしたようだ。

 暇すぎて欠伸すら出てしまう中、マップを辿る二人についていく。



 が――問題は、ここからだった。

 赤い敵のいる位置に行くと、そこには全長2メートルほどの全身真っ黒い赤目のトカゲがいたのだが……それを見て、なぜか二人は怯えだしたのだ。


「な、なんてことなの……」

「か、階層主……アビスリザード……!」


 どうしたんだろう。


「あんな魔物がいるなんて……。50年に一度しか出ないっていわれてるのに!」

「こんなの……勝ちようがないわ……」


 ……あれ。まさかこれ、脅威になる魔物だったのか?


「あれ、これ対峙しちゃいけないやつ?」

「間違いなくそうだ。この魔物は……本来こんな階層なんかにいちゃいけない奴だ……!」


 聞いたら、イアンはそう答える。

 彼は更にこう続けた。


「この際俺たちの成績なんてどうでもいい! 死ぬくらいなら単位を落とした方がマシだ、やっつけてくれ!」


 その頼みを聞いて……俺は自分の仕事が杜撰だったことを初めて悟った。

 しまった。これは完全にやらかしたな。


「ご、ごめん……」


「いやハダルは何も悪くない。こんなのは完全に不可抗力だ」

「そうよ。むしろ今までがそうだったからって、赤だろうと楽勝だと慢心してた私たちがいけなかったわ……」


 二人はそうはいうものの、俺だってこの出来事に対し他にできることがなかったかと言われれば、そうとも言い切れない。

 緑の基準を、中央値ではなく平均値にしておくべきだったのだ。

 そうしておけば、例えばマップ上の赤の比率が極端に少なかったりした場合、赤の中にずば抜けて強い奴がいることを示すことができた。

 そういう情報があれば、二人も「この階層の赤は避けよう」などと判断できたかもしれない。


 統計では基本平均値より中央値の方が実態をよく現すので、中央値を採用していたが……ダンジョン探索は例外だったか。

 これは俺のミスでもある。


 というか、張り切って「索敵は俺がやる」なんて言った手前、二人の成績が落ちるのは自分の中で納得がいかない。

 なんとか穏便に済ます方法はないか。


 防御や妨害も禁じられてるから、罠や結界を張って逃げるのもアウトなんだよな。

 この制約、なかなか厳しいぞ……。


 ――しかし、その時。


「いや、待てよ」


 ふと、俺は最高の作戦を思いついた。


 この魔物――トカゲ型だから、話が通じるんじゃないか?


 魔物と意思疎通を図る魔法に一つに、「竜の恫喝」というものがある。

 魔力を込めて竜語を話すことで、竜やその下位種であるワイバーン、一部トカゲ型魔物に格の違いを分からせることができるのだ。

 この程度のトカゲなら、言葉が通じさえすれば、一言二言で軽くビビらせることができるだろう。


 通用するかどうかはトカゲ型の魔物の知能の多寡にもよるし、そもそも人間がお母さんのやり方を真似て効果があるのかは知らない。

 が、試す価値はある。


 先生には攻撃も防御もするなと言われたが、話し合いで解決するなとは言われてないからな。

 この方法で、成績も安全も両取りするとしよう。

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