第18話 インターン再び

 ジェイソン・アンド・ジェイソンの社長と商談をした翌日。

 学園が休みということもあり……俺は教会での1デイインターンに行ってみることにした。


 一応、ある程度の権利収入が得られることは昨日確定したわけだが……それをアテにして一生勝ち逃げできるレベルのものかは、まだ未知数だしな。

 それに仮に一生遊んで暮らせる額が手に入るとしても、そういう人だって全く働いていないというのは少数派。

 大抵は「自分の好きなこと」を仕事にしているパターンが多いって、確かお母さんが言っていた。


 今は特にやりたいことなんて決まっていないが、だからこそとりあえず何でもやってみることが、情熱を注げるものが見つかるきっかけになるかもしれない。

 そんなわけで、せっかく日程の合うインターンもあるということで、参加してみることに決めたのだ。

 応募したのは昨日だが、短期のインターンということもあってか、ゼルギウス王立魔法学園生は面接なしで即採用してもらえた。


 教会に着くと、すでにインターン生と思われる同い年くらいの子がたくさん集まっていた。

 程なくして係員がやってきて、今日のインターンの内容を説明する。


「今回のインターンでは、用意している二種類のコースのうち、片方の職務を体験してもらう。一方はポーションの発注管理を始めとする諸作業を行う『事務コース』、もう一方は軽傷者の治癒を実際に行ってもらう『実務コース』だ」


 係員はそこまでいうと、赤と緑、二種類の三角コーンを置いた。


「とは言ったが、『実務コース』に参加できるのは現時点で治癒魔法を習得している者だけだ。……では『事務コース』に参加したい人は緑の、『実務コース』に参加したい人は赤のコーンの前に並んでくれ」


 その指示により……俺含めインターン生たちは、それぞれ体験したいコースに分かれることとなった。

 俺は赤の『実務コース』の方に並んだ。

 人数比としては……俺ともう一人の女の子以外、大半は事務コースに行くようだ。

 今回は治癒魔法の習得者が少なかったんだろうか。


 にしても……『実務コース』に来た女の子、どこかで見覚えがある気がするんだよな。

 どこだったっけ。


 などと思っていると……彼女の方から話しかけてきた。


「あなた、特待生のハダル君よね?」


 特待生の……?

 ああ、クラスメイトか。

 なるほど、確かにそれなら見覚えがあるわけだ。

 話したことは一度もないが、自己紹介の時に見た顔が薄っすらと記憶にでも残っていたのだろう。


「事務コースに行くんじゃないの? なんか魔法薬学の授業のときすごいポーションを作ってたみたいだし、てっきりそっちかと……」


「ポーション作りは事務作業じゃないよね……」


「あっそっかぁ……」


 確かに、採用職種が「事務系総合職」とかだったら、配属次第ではそういう仕事が任されるケースもあるのかもしれないが。

 事務職は、給料が低いわりに「なんか楽そう」という偏見から求人数が上がりがちな傾向にあるからな。

 ブラック企業なんかでは、事務職っぽい名前の職種で募集をかけて低賃金で効率よく求人をかさ増しする、いわゆる「事務職イリュージョン」なんて技が使われたりするんだそうだ。

 でも教会がブラックだなんて聞いたことはないし、おそらく今回のはそういうんじゃなくて、事務コースは単純に一般事務をやるんだよな……。


 なんか若干抜けたとこのある子だなあ、などと思っていると、係員から次の指示が出た。


「では『実務コース』の君たちは、診療スペースに来るように。私が案内するからついてきなさい」


 そんな指示により、俺たちは診療スペースに移動し、治癒作業を開始することとなった。



 ◇



 今回体験させてもらえる治癒作業は、教会に来た軽めの風邪や軽傷を負ったものを魔法で治療するというものだった。

 教会に来る病人や怪我人は、その症状の重さに準じてカテゴリー1からカテゴリー5に分類されているのだが……1デイインターンでは、その中で最も軽い分類に入るカテゴリー1の患者しか担当させないという方針になっているかららしい。


 しかし、使っていい治癒魔法に特に制限はなかったので、俺は全ての患者にパーフェクトヒールをかけていっていた。

 理由は一つ。症状に合わせて魔法を変えるのがめんどくさいからだ。


 症状の度合いは軽いとは言っても、その種類は頭痛、腹痛、微熱、咳、擦り傷、捻挫などなど多岐にわたる。

 それら一つ一つに、症状をヒアリングしてピンポイントで効く魔法を選定したりなどしていたら回転率が落ちてしまう。

 そこで、ある程度までの病状に対してはほぼ万能に効くパーフェクトヒールを、とりあえずまずはかけてみる方針にしているのである。


 まあ、あらかじめ軽症者だけが分別されているからこそできる荒業だな。

 治療もれがあってはいけないので、一応魔法をかけた後には症状が治まったか聞くようにはしているのだが……今のところ、治せてない人はいない状況だ。


 というか逆に、こんな人もいるくらいだ。


「ありがとうねえ。なんだか膝の怪我だけじゃなくて、視力まで良くなっちゃったわねえ」


 さきほどパーフェクトヒールをかけたおばあさんは、そんなことを言って去っていった。

 図らずも、治療しに来た症状以外にあった何らかの基礎疾患をも治してしまったようだ。


 2時間ほど治療を続けていると……係員の指示で、小休憩に入ることになった。

 そのタイミングで、隣で治癒作業を続けていたクラスメイトの女の子が話しかけてくる。


「ねえ、さっきあなたが担当した患者さんから聞き捨てならない台詞が聞こえて来たんだけど。『視力まで良くなっちゃった』って……いったい何の魔法を使っているの?」


「パーフェクトヒールだけど」


「ぱ、パーフェクトヒール!?」


 魔法名を口にすると、なぜかクラスメイトの子は目を丸くした。


「……そんな驚く? もしかして、パーフェクトヒール使ったら何かまずいことがあるのかな……」


「いや、そんなことはないはずだけど……。なんでその歳で普通にパーフェクトヒールが使えるのかは一旦『特待生だから』で納得しとくとして、流石に疲れない? カテゴリー1の患者に対してそんな上位魔法を連発してたら、魔力がもったいないというか……」


「別に平気だけどなあ……」


 パーフェクトヒール、そんなに魔力消費激しくはないんだけどな……。

 具体的にはさっきのペースで使ってて自然回復量と均衡するくらいなので、正直俺の魔力は未だに満タンなのだ。


「……ごめん、私が常識で判断しようとしてたのが間違ってたわ。この歳でパーフェクトヒールを使えるような人なら、魔力量も常軌を逸してると考えた方が妥当よねそりゃ……」


 ……勝手に変な納得の仕方をしないでほしいものだ。



 それはともかく、あと休憩の残り時間は2分ほどになってしまったな。

 業務再開前に、一応水分補給はしておくか。

 そう思い、俺は収納魔法で水筒を取り出そうとした。


 ――が、その時だった。


「うっ……」


 突如として呻き声が聞こえたので、隣に視線を向けると……クラスメイトの子が、頭を抱えたまま椅子から転げ落ちてしまっていた。

 ……どうした!? 慣れない場で体調でも崩したか?


「お、おい、大丈夫か!?」

「しっかり!」


 俺が動きだそうとするより前に……飛ぶような勢いで正規雇用の治癒師たちがやってきて、彼女を囲んだ。

「ハイ・ヒール!」

「バソコンストリクション!」


 立て続けに様々な治癒魔法をかける治癒師たち。

 だが……クラスメイトの子の容態は、一向に回復の兆しを見せない。


 そんな中……彼女は涙目ながら俺の方を向き、微かな声でこう呟いた。


「ハダル君……沈静……魔法……願い……」


 正規の治癒員の前で出しゃばるのもいかがなものかという気もするが、そんな目で訴えられては四の五の言ってられない。

 ワンチャン、お母さんが独自に編み出した魔法のような、治癒師たちが知らない魔法がジャストミートで効かないとも限らないし。

 何が効くか分からないが、とりあえずいろいろ試してみよう。

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