第16話 魔法薬学の授業

 次の日。

 俺は朝七時半に起きて、学園に行く支度をした。


 一限に必修クソだるいやつがあるせいで、こんな時間に起きる羽目になってしまった。

 いったい誰だこんな時間割作った奴。


 とまあテンションが上がらない中、俺は重い足取りで教室に向かう。

 今日の一限は魔法薬学の授業だ。



「今日の授業では、世界一作るのが簡単と言われているポーションの調薬を通して、ポーション調薬の基礎基本を体感してもらう」


 例によって、初回のオリエンテーションゆえに難易度は下げられているようだ。


「今回みんなにやってもらうのは、アール草を使ったポーション作りだ。このポーションは軽度の傷を直すことはできるが、副作用として結構な泥酔作用があるため、現在ではほとんど流通していない」


 などと説明しつつ、先生は全員にアール草の束を配っていく。

 ……チュートリアル的な感じで、実用性は度外視でとにかく簡単な薬を作ろうってわけか。


「ポーションが完成したら、このラットに飲ませるように。傷が治ったら調薬成功だ」


 更に先生は、ケージに入れられた軽い傷を負ったラットを全員に配った。


「作り方は教科書の一番最初に書いてある。では、始め!」


 先生の合図と共に、全員が一斉にポーションを作り始める。


 作り方は……薬草を煮詰めながら専用魔法を付与し、最後に濾す。以上。

 本当にシンプルだな。


 手順に従い、薬草を水の入った鍋に入れて火にかける。

 煮詰めている間……暇なので、俺はなぜこのポーションに強烈な副作用があるのかを考察してみることにした。


 顕微魔法を始めとする様々な方法で薬草を観察し、特徴を洗い出す。

 そうこうしていると……だいたい何が原因かがハッキリしてきた。


 ――光学異性体だ。

 このポーションの有効成分は、一種類しかない。

 しかしその一種類の成分には、結晶構造が通常のものと鏡写しのものの二パターンが存在する。


 結晶構造が通常のものと鏡写しのものは、ほとんど似ているにもかかわらず薬理作用が全く違っている。

 通常のものが傷を癒す作用があるのに対し、鏡写しのものには泥酔する作用があるのだ。

 それゆえこのポーションは、「傷は治るが副作用として泥酔もするポーション」として認識されるようになってしまったのだろう。


 だが実際は、鏡写しの方を除去してやれば、傷が治る作用だけがある薬を作ることができる。


 煮詰めた薬液に魔法付与と濾過を済ませると、俺は更にその液体に分子分別魔法をかけ、光学異性体を分離させた。


 傷が治る作用のほうを、傷を負ったラットに与える。

 するとそのラットは、傷が癒えて元気になった。


 周囲を見渡すと、クラスメイトたちのラットは酔っぱらってケージ内で暴れまわっているのに対し、俺のラットは冷静沈着そのもの。

 仮説は正しかったようだ。


 新しい発見ができて満足していると……ちょうどそのタイミングで、先生が巡回に来た。

 先生は俺のラットを見るなり、不思議そうにこう聞いてきた。


「傷は癒えているな。しかし……どうして君のラットはそんなに冷静沈着なんだ?」


 やはり気になったのは、ラットの様子のようだ。


「傷が治る成分と酔う成分を分離して、傷が治る成分だけを与えたからですよ」


「……どういうことだ? このポーションには一種類の有効成分しか入っていないはずだが?」


「厳密には違います。確かに、このポーションの有効成分である物質は、一種類の分子なのですが……その構造が違うんです」


 説明しつつ、俺は収納魔法で紙とペンを取り出し、二つの分子構造を描いた。

 もちろんその二種類とは、通常の分子構造と鏡写しの分子構造だ。


「全く同じ組成の分子ですけど、この二つって鏡写しになってるんですよね。この違いが、薬理作用の違いに繋がってるんです。こっちは傷が治る成分、そしてこっちは酔う成分です」


 光学異性体についての解説を終えると、俺は鍋の中身を差しつつこう言った。


「俺はそれらを分離させて、傷が治る成分だけをラットに与えました。鍋の中身は酔う方です」


 すると……先生は目を丸くしてこう呟いた。


「そ、そうだったのか……。よもやこのポーションにそんな秘密があったとはな。これは魔法薬学界に革新をもたらす大発見だぞ……!」


 ……そんなにか?

 いくら実用性が出たとしても、所詮は四肢欠損が治せるわけでもない軽傷用ポーションだし、代替品もあるならそこまで界隈を揺るがすことはないと思うのだが。


「ちなみにそっちが酔う方と言ったな? 本当にそっちで酔うのか見てみたいから、試しに飲ませてやってくれ」


「……いいですけど」


 ラットに残りのポーションを飲ませると、俺のラットも酔っぱらって暴れ始めた。


「なるほど、確かに分離の成果のようだな……」


 そりゃそうだ。

 別に回復魔法で横着したりはしてないぞ。


 しばらく興味深げにラットの様子を見守る先生。

 しかし先生は、突如ハッとしたようにこんなことを聞いてきた。


「君……一つ聞きたいんだが、この有効成分の分離って魔道具で機械化できたりしないか?」


 ……急にどうしたんだろう。

 別に分子分別魔法は、魔道具で行うことも不可能ではないが……。


「できますけど、どうしてですか?」


「このポーションの材料である、アール草なんだが……実は市販の外傷治癒ポーションの原料より圧倒的に廉価で手に入るんだ。アール草で薬が作れるなら、ポーションの価格は一気に引き下げることができる。もしその手の産業用魔道具が作れそうなら、知り合いの製薬会社の社長に紹介しようと思うんだが、どうだ?」


 ……なるほど、そんな利点があるのか。

 確かにそれなら、「魔法薬学界に革新をもたらす」というのも大袈裟な話ではないな。


 製薬会社とのコネは、就活でも役に立つかもしれない。


「作りますんで、是非お願いします」


 俺は分子分別魔道具を作成することにした。

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