第15話 錬金術の授業

 二限が終わると、昼休憩の時間に入った。

 俺は食堂の外のテラス席に座ると、収納魔法で昼食を取り出す。


 食べていると……食堂で注文を終えたイアンが俺を見つけ、隣の席に座ってきた。

 イアンは俺の昼食を見るなり、不思議そうにこう聞いてきた。


「……あれ? なんでハダル、昨日の日替わり定食を食べてるんだ?」


 どうやらハダルは俺の食事内容に疑問を持ったようだ。


「今日はそのメニュー、売ってないはずじゃ……」


「ああ、これなら昨日大量に注文して収納魔法で保存してるんだよ」


 そう。昨日の日替わり定食がかなり好みのメニューだったので、大人買いしておくことにしたのだ。

 収納魔法空間は、時間が停止してるからな。

 こうすれば、たとえ好きなメニューが日替わり定食であっても、毎日いや毎食だって食べることができる。


「自分好みの日替わり定食が出たらやればいいじゃん」


「なるほど……! その発想は無かった!」


 まるで難問の解説が腑に落ちた時のような嬉しそうな表情で、イアンはそう言って何度も頷く。


「やっぱグリフォンを撃ち落としちゃうような天才は、アイデア力からして違うんだな……」


 いやそれは別に関係ないだろ……。

 などと思いつつ、俺は定食を食べ進める。


 食べ終わると、俺たちは次の教室へと移動した。

 三限の授業は、錬金術だ。


 昼食を食べ終わるのが早かったからか、教室には俺たちが一番乗りのようだ。

 席順は自由との貼り紙があったので、俺はチャイムがなるまでイアンとどうでもいい話を続けた。


 ◇


 授業が始まると……先生は全員に大さじ二杯程度の砂を配った。

 今日の授業内容は、「教科書に乗っている魔法陣を参考に、錬金術の術式を構築し、砂を水晶に変える」というものだ。


 びっくりするくらい簡単な内容だが、まあ初回の授業はオリエンテーションなのでそんなもんだろう。

 教科書を見るまでもなくその程度の術式は知っているので、俺は三秒とかからず配られた砂を水晶に変えた。


 やることがなくなったので、とりあえず教科書でも読み始める。

 すると……ちょっと流し見した段階で、俺はある一つの違和感を覚えた。


 どういう意図か知らないが、変換術式が全部個別に紹介してあるのだ。


 例えば4ページには砂を水晶に変える魔法陣が載っていて、5ページには油を石鹸に変える魔法陣が載っているのだが、これらは本来ひとまとめにして紹介できるものだ。

 なぜならこの魔法陣は「変換対象の物質を指定する部分」と「変換後の物質を指定する部分」の記述を変えればあらゆる物質変換に応用できるからである。


 まるで「ひたすら例文ばかり紹介しているが文法を一切教えない語学の教科書」みたいなもの、とでも言おうか。

 本来は単語と文法を覚えていれば自在に文章を組み立てられるはずだが、そんな教科書で勉強をしてしまうと暗記した例文以外使うことができない。


 同じことが、この錬金術の教科書にも言えるのだ。

 こんなことをするより、魔法陣の実例紹介は1~2個にとどめ、魔法陣の作り方の記号論理の説明にページを割いたほうがよほど効率的だと思うのだが……。


 などと思っていると、後ろからこんな声が聞こえてきた。


「質問があったら何でも聞いてくれ」


 どうやら先生が、みんなの様子を見るために教室中を巡回しているようだ。

 じゃ、聞いてみるか。

 先生が近くに来た時、俺は質問をするために挙手をした。


「……何だね?」


「先生、この教科書について一個質問なんですが。これ、なんで魔法陣の組み立て方を一切解説せずにひたすら例の紹介ばかりしているんですか?」


 すると……先生は訝しげな表情で、こう聞き返してくる。


「……魔法陣の組み立て方? いったい何の話だ、全部違う魔法なんだから個別に紹介するしかないだろう」


「いや、例えばこの魔法陣ならこの部位が変換前の物質を示していて、こっちの部位が変換後の物質を示しているじゃないですか。これらの部分の記述を変えれば、こっちのページの魔法陣になりますよね。ですから、いちいち魔法陣を個別に紹介しなくても、この部分の模様の記述方法を解説すればいいんじゃないかと思うんですが……」


 質問を掘り下げると……先生は目を丸くして、こう聞いてきた。


「まさか……君、この魔法陣の中身が分かるのか!? ぜひ解説してくれ!」


 ……ええ?

 先生もそこからなのか……?


「い、いいですけど……」


 先生に促され、俺は教壇に上る。

 そして、部位ごとに色を使い分けて黒板に魔法陣を描いた。


「この赤色の部分が変換後の物質を規定する部分、青色の部分が部位が変換後の物質を示す部分です。ですから、たとえば赤色の部分をこういう記述に変え、青色の部分をこういう記述に変えれば……」


 そう言いながら新たな魔法陣を隣に描くと、俺は実際にその魔法を発動した。


「この魔法陣の場合、空気がオリハルコンになりますね」


 そう言って俺は、錬金術によって空中に出現した小粒のオリハルコンを先生に渡した。


「こ、これは間違いなくオリハルコン……! なんて大発見だ!」


 先生は大興奮してソワソワしだす始末。

 本気でこのこと知らなかったのか……。


 でも先生すら知らないってことは、魔法陣の組み立て方がそもそも知られていないってことだよな。

 俺が読んだ本には普通に書いてあったのだが、よく考えればあれ古代の本だし。

 ……もしかして、ロストテクノロジーとかそういう類なのか?


「俺も試してみるぞ……!」


 などと思っていると、先生も空気をオリハルコンに変える魔法を試すことにしたようだ。

 魔法の発動はうまくいき、俺が作ったのと同じ小粒のオリハルコンができる。


 が……それと同時に、なぜか先生は肩で息をし始めた。


「ゼェ……ゼェ……な、なんだこの異常な魔力消費は!?」


 ついに先生は立っていられなくなり、膝をついてしまう。

 そんな中、先生は何かを思い出したように、震える声でこう聞いてきた。


「風の噂で聞いたんだが……今年の一年生の中には、入試の時錬金術でオリハルコン合金の剣を作った人がいるんだとかな。この術式を知らなかった俺は、そんなの見せかけのトリックだとばかり思ってたのだが……もしやそれをやったのって、君か?」


「ええ、そうですが」


「……剣って、この粒の何千倍ものサイズがあるよな?」


「まあそんなもんですかね」


「……君、本当に人間か?」


 ……なぜそんなことを疑われなくてはならない。

 育ての親はドラゴンだが、生みの親は人間のはずだぞ。

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