宛名

 二人で、下校。 

 まさか、人生で女子と帰宅することがあろうとは。


「お前凄いな」


「何が?」


 さっきのパンチに耐えたことかな?


「いや、ニュースとか見て。妹の病気の事とか、あの子に聞いたのか?」


「……ん~どうだったかな?」


 はどうだったか、正直覚えてない。


「ふ~ん」


 何やら納得されてしまったが、こちらの真意に気付いてはいないだろう。気付かれてしまったら赤っ恥間違い無しなのだが。


「まぁ、これで気負う必要もないでしょ?」


 夕暮れ時の帰り道。

 横を歩く彼女の表情。西日が差してよく見えない。


「……うん」


 最後に、その横顔を見る事さえ叶わないか。


「あのさ……」


 交差点。点滅する歩行者用信号。

 遠くから、人の悲鳴。


「ぁぁああぁああ!!!」


 人混みをかき分けるように大声を出して、包丁を持った男が走ってくる。


「え?」


 彼女の前に出る。持っていた鞄を捨て、男の包丁の柄を左手で掴む。右手で思いっきり、殴りつけ制圧。少し左手を切られるだけで済んだ。


「ありゃ、意外になんとかなった?」


 そう言った瞬間、身体が宙に舞ったことに理解が追いつかなかった。場所は交差点。横断歩道上、車にはねられたか。


 足と腕の感覚が、無い。

 頭が、痛い。


「■■ー! ■■ー!」


 遠のく意識の中、彼女が駆けよって来る。

 僕の名前を呼んでくる。


「あぁ、ゴメン」


 全く、締らないなぁ。

 ボロボロと泣き始めてしまった彼女の涙を文字どうりの死力を尽くし、できる限り優しく、ぬぐう。


「な、か……ないで」


 彼女が何か叫んでいる。

 でも、もう何も聞こえないんだ。


 音が、遠い。


 捨てた鞄を指さす。


「ーーー」


 声が、もう出ない。

 やっと、やっと。


 言えると思ったのになぁ。









 


 

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