遺書、便箋回収、やり直し

 かばんの中。

 封筒、そこにはお世辞にも綺麗とは言えない字で『遺書』とある。


 もう一つ、ガラス面に少しひびが入ってしまった懐中時計。だが針は左に回っている。裏面に、引っ掻くように刻み込まれた日付ひづけ。一人の馬鹿な男が死んだ日。


 遺書を開く。


『遺書


 拝啓、死のうとしている君へ。


 悩み多き日々を生きる貴方は真面目すぎるがゆえに、ご自分を追い詰めてはいないでしょうか。


 妹さんにおかれましては、どうかご心配なく。お健やかに過ごせる事を保障いたします。そう、未来でもなっていますので。


 さて日頃は何かといたらぬ私に、というよりはどこか不自然な私を疑問に思われたことでしょう。簡単に申しますと私は何度か時を越えています。タイムリープというのでしょうか。


 貴方がこの手紙を読んでくださるより、少し先の未来から。逆回りの懐中時計を私は持っていたでしょう。それを使ってタイムリープをさせていただきました。


 少し先の未来、貴方が居なくなってしまった時に見つけたモノです。過去に記憶を飛ばせる時計。まるでおとぎ話のようで。


 ただのクラスメイトでしたが、救えるなら貴方の事を救いたくて。この力は何のためにあるのかと思い、時を越えて来ました。


 貴方が死んでしまう理由を見つけたくて、可能なら止めたくて。傲慢すぎですよね。しかし、何度時を越えても貴方は死んでしまった。でもね、貴方は一回も自殺はしなかった。いつも理不尽に、いきなり、殺された。


 止めたくて、死んで欲しくなくて、何度も時を越えました。回数を重ねる度に、貴方が生きる事ができる日を伸ばすことが出来ました。そして、やっと。貴方が死なずに良くなる日を見つけました。


 そこで知ったのは、代わりに私が死ぬ必要があるということでした。


 本当に、申し訳ありません。

 あんたを助ける事が出来るのに、ここまできて自分が死ぬのが怖かったのです。やっと覚悟が決まり、今この手紙を書いています。


 貴方みたい強くなれず、弱い自分がひたすらに憎く。時を何度も越える中、身に降りかかる不幸に貴方は一度として屈しなかった。


 いつからか、そんな貴方の姿に憧れていました。


 妹さんへの思いもご両親からのプレッシャー。それでも進んでいけた。すばらしい事なのでしょう。


 そのような貴方様の未来に、理不尽は必要無い。


 だから、大した意味も無いこの命で、どうか貴方に幸福を。貴方の未来に祝福を。そう、思わせてくれてありがとう。


 それでは、黄泉の道行き。お先に逝かせて頂きます。


 ●● ●●様


 最後に、』


 書いていた手が止まる。


「最後に……何てかこうかな」


 彼女が帰った教室で、一人。

 遺書を書いている。


「しっかしまぁ」


 自分で読み直してみると、手紙のルールもへったくれも無く。それでいて字は汚い。遺書というにはどうにもおかしい怪文書。


恋文ラブレターみたいだな」


 突然、後ろから声が聞こえる。


「忘れ物」


 もう帰ったはずの彼女がいて。

 掲げるのは、壊れかけの懐中時計。見覚えの無い傷が増えていた。


「……うそだろ」


 バレたのか? 

 読まれた恥ずかしさが勝って、頭が働かない。


「死なせてなんかやるもんか」


 泣きそうな、彼女の表情。追いついた理解は自分と同じ光景を彼女が見てきたというもの。


「あぁ……そうか、何回目?」


 目の前で、人が死ぬ。目的を果たせない限り、幾度となく繰り返される地獄を彼女は何度経験したのか。


「百回から数えるの止めた」


 ほんと、君には頭が上がらない。


「そっか……」


 僕より強い君だから、諦めることなんてしないのだろう。ならばこの『遺書』は書き直しだ。


「最後に?」


「最後じゃないから、要らないな」


 書き直した『遺書』に宛名は要らない。

 

「あたしが見てきた未来、教えよっか?」


「なんだ? ミンチにでもなってた?」


 君が居てくれるなら、もう諦めないけどな。

 死んでなんか、やるもんか。


「就活は失敗する」


「うっそォん?!」


 何てこった。


「え? つか生きてんの?」


 今まで通りなら明日死ぬんだが?


「そうだよ、生きてる」


「えぇ……」


「ついでに言うなら、あたしと結婚した後は専業主夫になってた」


「何やってんだ、未来の僕はよォ!」


 情報量が多すぎる、でも未来なんてそんなもんだろう。


「僕の気持ちですゥ、受け取って!」


「やけくそだなぁ」


 苦笑する彼女に渡した『遺書』の裏。

 そこに書かれた言葉は、


「へ~、『大好き』だってぇ~」


 例えつたなくとも、


「馬鹿にしたぁ!」


 恋文以外の何物でも無いのだろう。



 

 


 


 




 


 

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遺書から始まる貴方への恋文を 春菊 甘藍 @Yasaino21sann

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