第21話 民の幸せのために
「レナ、準備は出来たか?」
「はい。忘れ物は無いです」
翌日の朝、全ての荷物を馬車に詰め込んだ僕とレナは、誰の見送りもない状態で城を発った。
結局家族は誰も挨拶どころか、見送りも来なかったな……一体家族って何なんだろうな。そんな哲学的な事を考えてしまうくらいには、感傷に浸っているのかもしれない。
「そういえば、サルヴィさんも見送りに来てくれませんでしたね……」
言われてみればそうだ。サルヴィなら見送りに来てくれると思っていたんだが……顔を合わせるのが辛くて来なかったのだろうか。てっきり来てくれるとばかり思っていたから、ちゃんと挨拶が出来なかったな……とても悔やまれる。
「きっとどこかでまた会えるさ。そう信じよう」
「……そうですね」
寂しそうな表情をするレナを慰めるために、僕は彼女の肩を抱き寄せてぴったりとくっついた。
こうしていると、不思議な安心感を覚えるな……あまり人の温もりや愛情というのを知らないから、不思議な感覚だ。
そんな事を思いながら馬車に揺られ続け――日がそろそろ傾き始めた頃にようやく到着した。そこは、本当に何もない草原の真ん中だった。
「……なにもありませんね」
「この辺りは未開の地だからな。とりあえず荷物を降ろそう」
僕は手際よく持ってきた荷物を降ろすと、馬車は早々に城へと帰っていってしまった。何とも薄情なものだと思ってしまうのは、僕の心が狭いからだろうか。
「さて、これからどうしたものか……」
「まずは雨風を凌げる場所を探しましょう」
「さんせ~! こんな所でビショビショになりたくないし!」
「よし、それじゃそうしよ……う?」
……特に何の違和感もなく返事をしてしまったが……今の声はどう聞いてもレナの声ではない。それに……凄く聞き覚えのある……いや、聞き飽きたといってもいいような声だ。
「ん? どうしたのマルク、そんな間抜けな顔をして」
「……あ、アミィ? サルヴィ?」
「はい、サルヴィでございます」
「な……なんでここにいるんだ!?」
国外に追放され、周りに何もないと思っていた矢先に、僕の友人と使用人が立っていたら、こんな表情にもなる! 現にレナも大きな目を丸くさせて驚いている。
「話すと長くなるんだけど……簡単に言っちゃうと、ついてきたって感じ?」
「いや全然わからないんだが……」
「えーっと、話は全部サルヴィさんから聞いててね、マルクが追放された日に即座に家を出る準備をしてー、それで今日サルヴィさんと合流してから、馬に乗ってずっと追いかけてきてたって感じ」
「私は」
……うん、勝手に出てきたらマズいだろうとか、他にもいろいろと聞きたい事があるが……。
「どうして……二人共ついてきてくれたんだ?」
「そんなの、あんたっていう娯楽がいない人生なんてつまんないじゃん?」
「それに……これからマルク様は国作りをするのでしょう? でしたら、人数は多いに越した事はございません」
「国作り? どういう事ですか?」
僕とアミィの作戦を知らないレナは、疑問を投げかけながら小首を傾げた。
僕が追放を望んだもう一つの理由。それは、僕が国を作り、そこにジュラバル王国の貧民達を生活させる事。時間はかかるとは思うが、それが僕に出来る唯一の救う方法——それをレナに説明をすると、当然のように驚いていた。
「そんな大掛かりな事を考えていたなんて……」
「まあな。レナ、事後確認になってしまうが……僕と一緒に国作りをしてくれないか?」
「勿論です! それでスラムの皆が救われるなら……喜んでやります! まああたしに何が出来るかわかりませんが……」
「ご心配には及びません。どんな人間も役割というものがございますから」
「そういう事だ。さて……これからだけど、さっきサルヴィが言ったように、雨風を凌げる場所を探そう。食料もある程度持ってきたとはいえ、そんなに持たないだろうから、それも何とかしないと」
国作りをするといっても、そもそもそれに着手するためにやる事が山のようにある。でも、きっと僕達なら何とかなるだろう。今も苦しんでいる民を救うために……僕は絶対に諦めない!
****
それから数十年の時をかけて、僕達は新たな国を建設。様々な国の難民を受け入れる態勢を整え、民のための国作りを行った。民達の幸せを守るために、軍事力の強化も尽力した。
その甲斐もあってか、全てとは言えないが、かなりの人数のジュラバル王国の貧民を受け入れる事に成功し、皆幸せに暮らせている。
アミィは国の宰相になって、毎日国作りに励んでくれている。いまだに僕とは良き友人でいてくれていて、時に優しく、時に厳しく接してくれる。
サルヴィはもう高齢という事もあり、城でゆっくりと老後の生活をしている。たまに口うるさく説教をしてくるのには少し困っているが、僕の事を心配しての説教だから、甘んじて受ける事にしている。
そして僕とレナだが……国作りが一段落したところで無事に結婚をし、二人の子宝に恵まれた。二人共男の子で、既に大きくなって共に国作りに着手してくれる、頼もしい子供に育った。
一方のジュラバル王国だが……ロイ兄上が新たな王となってからは、さらに悪政になったようで、どんどん民がいなくなり……国力が落ちていった結果、今ではもうほとんど国として機能していない。数年ほど前に我が国に攻め入って来たが、ジュラバル王国は、我が国との圧倒的な兵力の差に敗走を余儀なくされた。
これはあくまで噂だが、民も国の力も金もそこを尽きて万策が尽きているらしい。いずれは他の国に乗っ取られてしまうだろうが、僕には関係のない事だ。
「ふう……今日も疲れたな」
「お疲れ様、あなた」
「レナもお疲れ様」
今日も仕事が終わり、自室に戻ってくると、レナが優しい微笑みを浮かべながら、僕を出迎えてくれた。
レナと出会ってからもう数十年の時が経ち、互いにだいぶ歳を取った。でも、レナは今もとても美しいままだ。いや、むしろ歳を重ねる度に美しくなってる気がする。
「そうだ、聞いてあなた。今日移民してきた難民の中に、おじさんとおばさんがいたの!」
「それって、レナの家の隣に住んでいた?」
「そうなの! だいぶ歳を取っちゃってたけど……ようやくここに来られたって!」
そうか、それならよかった……なるべく簡単に来られるように、我が国とジュラバル王国や他の国に繋がる道の整備をしておいて正解だった。
「それで、お母さんの遺骨を持ってきてくれたの。だから、改めて埋葬したいんだけど……」
そういうレナの腕の中には、小さな骨壺があった。このなかに、リゼット殿が眠っているんだな……。
「なら、事前に用意をしていた、あそこを使おうか」
「ええ」
レナと共に中庭に出ると、そこには薄い紫色のチューリップに囲まれた、大きな墓石が僕達を出迎えた。
ここは、いつかリゼット殿をここに連れてこられた時に用意していたものなんだが……ようやくその出番が来たな。
「レナ、母君を」
「はい」
僕とレナは協力して墓石の中に骨壺を入れてから、改めてチューリップをお墓に供えた。
これで、リゼット殿は一人で寂しくならない。これからは僕もレナも、沢山の国の民がいる。だから、安心して眠ってくださいね。
「これで毎日お墓参りに来れる……嬉しいなぁ」
「ああ、そうだね。さて、これで終わりじゃないぞ。まだまだ苦しんでいる難民はいるし、民の生活のための問題も山積みだ。もっと頑張らないとな」
「頑張るのは良いけど、少しは身体の事を考えてよね? この前ドゥーンさんに健康診断してもらった時に怒られたの忘れたの?」
「あはは……」
我が国に移住し、王家お抱えの医者になったドゥーン殿に、坊ちゃんは働きすぎだから少しは身体を労われって言われてたの、すっかり忘れていたな。
「なら、今日くらいは何も考えずにのんびりするか」
「それがいいよ。それに……最近相手をしてくれなくて、あたし寂しいよ?」
「最近全く時間が取れてなかったもんな……すまない」
いつもはあまりワガママを言わないレナにしては珍しい。よっぽど寂しい思いをさせてしまったんだな……よし、今日はレナに思う存分甘えてもらうとしよう。
そう決めた僕は、レナの手を取りながら、ゆっくりと僕達の部屋へと向かって歩き出した――
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