第20話 重なる想い

 はやる気持ちを何とか抑えながら、僕はサルヴィと共に地下牢に向かうと、今日もあの兵士が地下牢の見張りをしていた。


「マルク様、お待ちしてました。国王陛下からの命で、牢屋の鍵を開けてあります」

「ありがとう」


 甲冑のせいで表情は判別できないが、何故か笑顔で僕を迎えてくれているのだろう思いながら、牢屋に手をかけると、サルヴィが小さく声をかけてきた。


「ではマルク様、私は階段の上でお待ちしてます」

「なら話し相手をしてもらえますか? 見張りをしてると退屈で」

「勿論でございます」


 気を使ってくれたのだろう。二人は談笑をしながら地上へと続く階段を上がっていった。一方の僕は、レナを驚かせてしまわないように、ゆっくりと牢屋の扉を開けた。


「レナ……」

「え……マルク、様?」


 相変わらず薄暗い牢屋の中から、膝を抱えているレナのか細い声が聞こえてきた。その姿はあまりにも儚くて……今にも消えてしまいそうで。そんな彼女を失いたく無い僕は、レナを思いきり抱き締めてしまった。


「レナ……! 助けに来たよ」

「え、え……? 助け、に?」

「ああ。君は外に出れる。勿論何処かに売られる事もない……僕と一緒に外に出られる!」

「……本当に?」

「本当だ! 君は助かったんだ!」


 そこまで言ってようやく僕の言葉を理解したのか、レナは大粒の涙を流しながら、僕の胸に顔を強くうずめた。


「嬉しい……! 嬉しいよぉ……! またマルク様と一緒にいられるなんて……! もう二度と会えないって思ってたのに……!」

「ああ、僕も嬉しいよ。さあ、こんな埃っぽくて暗い所はさっさと出て、僕の部屋に行こう」


 僕はレナが泣き止むのを待ってから、彼女を手を取って地下牢を後にすると、地上に出た所でサルヴィと兵士が楽しそうに話していた。


「おや、もうよろしいのですか?」

「あんな所ではゆっくり話せないからね。とりあえず僕の部屋に戻ろうと思う」

「かしこまりました。では私は自室で休ませてもらいます」

「私も見張りに戻りますね」

「わかった。二人共、おやすみ」


 サルヴィと兵士と別れた僕は、自室に戻ってくると、改めてレナと話をしようと彼女を見ると、まだ少し潤ませた目でジッと僕の事を見つめていた。


「マルク様、あたしまだ状況が理解できてないんですけど……なにがあったんですか?」

「ああ、それは――」


 僕は今まであった事を、端的にレナに伝える。レナを助けるためにアミィと協力して僕の悪評をでっちあげ、貧民達に食料を配る事で父上の怒りを買い、追放されるように仕向けた事。そして、出ていく際の持ち物として、レナを連れ出すように仕向けた事も。


 あらかた話し終えると、レナは何故か申し訳なさそうに顔を俯かせていた。


「どうして……どうしてあたしや国の人のために優しくしてくれるんですか?」

「どうしてって……そんなの決まってるじゃないか」


 王族として、民には幸せになってほしいと思うのはおかしい事だろうか。


 それに、愛する人に隣で笑っていてほしい。幸せでいてほしい。


 それだけで、僕の全てをかけてでも助ける理由としては、十分じゃないだろうか?


「民には幸せになって欲しいから。それに……僕は、君の事を愛しているから。奴隷としてではなく、一人の女性として」

「え……あい、する……?」

「そうだ。愛する人と一緒に幸せになりたいと思うのは当然だろう? レナ、僕の伴侶となって、この命が朽ちるまで共にいてほしい」

「…………」


 ……なんだこの沈黙は。いや待て。よくよく考えたら、僕はレナの事を愛しているとはいえ、レナが同じ気持ちかなんて保証はない。もしかしたら、特にそう言った感情は持っていない可能性だってある。


 まずい。これはもしかしたら、僕が勝手に盛り上がっていただけかもしれない。


 けど、僕の気持ちが報われなかったとしても、レナが開放されて幸せになれるなら、それでいい。


「あたしなんて……きっとマルク様に相応しい女じゃないですよ……?」

「そんな事はない。君のような心が美しい女性と共に、僕は新たな人生を歩みたい」

「本当に? 本当にそう思ってるんですか? あたしはただの貧民で、奴隷で……なんの取り柄もなくて……」


 自分で自分を下げる悪循環に陥りそうになっていたレナを止めるために、僕は彼女の事を優しく抱きしめた。


「何を言っても僕の気持ちは変わらない。僕が聞きたいのは、君の素直な気持ちだ。僕の事が嫌いなら、正直にそう言って欲しい。もし君の気持ちが僕とは違っていたとしても、今度は友として君を支えると誓おう」

「そんなの……ズルいですよ……あたし、ずっと我慢してたのに……あなたへの想いを……」

「聞かせてくれ。君の想いを」


 僕は少しだけレナから離れてから、レナの瞳をジッと見つめると、レナは満面の笑みを浮かべた。


「あたし、あなたを愛しています。優しくて、民の事を想うあなたを愛してます。ずっとあなたの伴侶として……支えさせてください」

「ありがとう、レナ。僕も君の事を支えるから、一緒に新しい人生を歩もう。そのための第一歩として、まずは敬語をやめてくれないか? 僕はもう王族じゃないんだし、対等な関係なのだから」

「えっと……うん、わかっ……た。マルク様」

「ふふっ、まだ少し硬いし、様ももういらないよ」


 照れと緊張が半々といった感じで顔を赤くするレナが愛おしくて、僕は再び彼女を強く抱きしめると、それに応えるように、彼女も僕の背中に手を回してくれた。


 それにしても……これでは、まだまだレナと対等になれるのは時間がかかりそうだ。だけど、それもいいじゃないか。僕達には時間があるのだから。


 もちろん、ただ二人で幸せに暮らせればいいというわけではない。僕にはこの国の民を救う目的もあるんだ。そのために……レナと二人で、新天地で頑張らなければならない。


 果たして僕に出来るのかどうか……いや、出来る出来ないじゃない。やるんだ。そして、レナの様に幸せに思えるジュラバルの民を、一人でも多く増やすんだ。


「あっ……!!」

「急にどうした?」

「その、伴侶になるって事は……その、夜の行為も必要ですよね! あ、あたし……全然そういう知識がないので、あんまりマルク様に満足してもらえないかもしれませんけど、頑張るので! だから……優しくしてもらえると……」


 面白いくらいに顔を真っ赤にさせながらアタフタとするレナの姿に、僕は思わず吹き出してしまった。


「ふっ……あははははっ! 確かにいずれはそういった行為も必要になるだろうが、つい先程互いの気持ちが通じ合ったばかりなのに、もうそこまで進んでしまうのかい?」

「あっ……た、確かに……! あたしったら一人で焦って、勝手に盛り上がって……恥ずかしい……!」

「そういうところも可愛らしくていいじゃないか。それに、僕とそういう行為をしてもいい、したいと思ってくれたのは素直に嬉しいよ。もしレナが今すぐに子宝に恵まれたいというなら、僕は一向に構わないが、オススメは出来ないかな。新天地でどうなるかわからないからね。そんなところで身重になるのは危険だろう」

「ごめんなさい、冷静になりました……あたしも同意見です。そういうのは、諸々が落ち着いてからにしましょう」


 よし、とりあえず少しだけ将来設計が出来たところで……明日の朝にはここを発たなければならないからね。レナと親睦をもっと深めたい所だけど、今はぐっと我慢をしないとな。

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