第17話 僕の気持ち

「どう思ってるって……そんな事を聞かれてもな」

「ちゃんと答えて」


 なんだかとても真面目な雰囲気を醸し出すアミィに呑まれてしまったのか、僕まで真面目な顔になりつつ、レナの事を考え始める。


「レナは僕の奴隷として来た女の子で、とても優しくて、美しい娘だと思ってるよ。今まで酷い事をされてきて、つらい思いをしていたから、助けたいと思ったんだ」

「うんうん」

「それで、まだ出会って間もないけど、レナは僕にとって、守るだけの対象じゃなくて、大切な人に変わっていた」

「どうして?」

「一緒にいてわかったんだが、彼女は凄く心が美しい娘でね。僕はあんな家族に囲まれて生活していたからか、その美しい心に惹かれたんだ」

「なるほどね。それで、その子と一緒にいて、どう思う?」

「どうって……楽しいし、落ち着くし、胸が温かくなる。それと……笑ってくれると嬉しくて、もっと笑っていてほしいと思う」


 自分で言ってて改めて思ったが、こんな気持ちになるのは人生で初めてだ。レナが絡んでくるだけで、どうして僕の心はこんなに乱されるんだ?


「それってさ、完全にその娘の事が好きになってない? 友達としてじゃなくて、女の子として。ラブよラブ」

「…………はぁ!?」

「え、うっそやだ無自覚……? これだから鈍感王子は……」

「ぼ、僕がレナの事を……」


 好きかどうかで言ったら、もちろん好きと答えるだろう。たが、それはあくまで信頼関係という意味での好きであって、恋愛感情ではないと思っていた。


 ……そうか。この暖かい気持ちは……恋心だったのか。僕はレナに恋をしていたのか。人生で初めての恋を……。


 いやちょっとまて、流石に出会ってさほど日が経っていないのに、もう恋心を覚えるなんて早すぎないか!? こ、これくらいは普通の事なんだろうか!?


「愛する人を救うために奮闘する王子様だなんて、燃える展開じゃない!」

「そ、そういう問題なのか?」

「こんなのは気持ちの持ちようよ。私としては、マルクの覚悟の度合いを測るために聞いたんだけど……愛する人を助けるために、力を貸しましょう!」

「アミィ……ありがとう」

「どういたしまして。まあその分お礼の品は高くつくけどねっ」

「ははっ、お手柔らかに頼むよ」


 クスクスと二人で笑い合ってから、アミィの考えた作戦をもう少し練ってから、その日は帰宅した。


 ……上手くいけばいいんだが……いや、きっと上手くいくさ。待っててくれよ、レナ!



 ****



 翌日、まだ誰も来ていない学園に来た僕は、羽ペンを持ってアミィの机の前に来ると、悪口を書きなぐり始めた。


 悪口なんて普段は一切使わないから、なんて書けばいいかわからないな……とりあえず馬鹿とか死ねとか書いておけばいいのだろうか?


「えーっと……よし、こんな感じでいいか」


 あらかた悪口を書き終えた僕は、次にアミィの机や椅子を蹴り飛ばし、中に入っていたものをぶちまけた。そして、机の中に入っていた教科書やノートを、学園の庭にある噴水の中に落とした。


「これでよしっと……」


 いくら作戦のためとはいえ、世界でただ一人の友人にこんな事をするのは心が痛い。でも……僕はやると決めたんだ。頑張れ、僕。


「仕込みはこれで終わった。あとはアミィ次第だな……」


 一仕事を終えた僕は、何食わぬ顔で学園の屋上に行って時間を潰してから教室に行くと、案の定教室の中はざわついていた。


 クラスメイトの話を聞いてる感じだと、アミィの机に落書きをした奴がいるとか、教材を噴水に捨てられたとか、虐められているとか……そういった内容だった。


「アミィさん、大丈夫……?」

「うん……ありがとう」


 クラスメイトの女子達に囲まれるアミィは、とても落ち込んだように顔を俯かせていた。


 ……自分でやった事が原因とはいえ、友人が落ち込んでいる姿を見るのは胸がとても痛む。アミィも悩んでいる僕を見た時に同じ気持ちだったのだろうか……。


「何かねこの騒ぎは?」

「先生、アミィさんがいじめられてるみたいで」

「なんですって?」


 いつの間にか朝のホームルームの時間になっていたのか、僕達が所属するクラスの教師が入ってくると、アミィを慰めていた女生徒が声を高々に報告した。


「一体何をされたんですか?」

「机に悪口を書かれて……教科書やノートを噴水に……」

「まあ、なんて酷い事を!」

「実はそれだけじゃないんです……私、ずっと前から虐められてたんです……彼に」


 そう言いながら、アミィは僕に向かって指を刺した。すると、当然クラスメイト達の視線が僕に集まるわけで……とても居心地が悪い。


「それは一体どういう事ですか?」

「実は前々からマルクに弱みを握られてて……仲良しの振りをして、誰も見てないところで私に酷い事をしてたんです。服で見えない所を殴ったり蹴ったり、時には身体を触ってきたり……嫌がっても、王族の僕に逆らうのかって言われて……怖くて……」


 アミィの言葉には、一切の真実は無い。むしろ、そんな事をする自分を想像するだけで気分が悪くなってくるくらいだ。


 だが、アミィの考えた作戦を成功させるための第一段階として……ここは僕も悪役を演じ切らなければならない。


「ジュラバルさん、それは本当ですか?」

「……ふん、バレちゃ仕方ない。そうだ、僕はアミィをずっと陰で虐め続けていた。しょせん伯爵の家の令嬢など、王家の僕からしたら虫けらも当然だからな。僕に虐められて当然の存在だ」


 ……つい数十秒前に、悪役を演じ切らないとって思ったばかりだが、自分の言葉で吐き気を覚えるくらい気分が悪くなってきた……こんな事を言うのは、これっきりにしたいものだ……。


「いつも一緒にいたのに、まさかそんな事をしてたなんて……」

「最低……王族だからって見下しすぎ……」


 クラスメイトからは、僕を非難する声が聞こえてくる。元々王族は傲慢な一族だというのは知れ渡っているからか、半分くらいの人間は「やっぱりか……」という声で占めていた。


「では放課後に詳しく話を聞かせてもらいます。アミィさんの机と椅子を変えてから授業を始めましょう」


 教師の言う通り、アミィの机と椅子を変えてから、いつもの様に授業が行われる。その間……いや、休み時間もずっと周りのクラスメイトの見る目は冷たくて、僕がアミィをずっと虐めていたという事は、あっという間に学園に広がった。


 昼休みも、いつもはアミィと一緒に食べるのだが、あんな事があった後では一緒に食べるなんて当然できる訳もなく、一人寂しく昼食を取った。


 アミィと食べるのは当たり前だと思っていたから、たかが一食共に食べないだけでも、こんなに寂しさを覚えるんだな……。


 こうして孤独感を覚えながらも一日を乗り切った僕は、教師に呼び出されているため職員室に――行かずに、学園を後にして馬車に乗り込んだ


「おかえりなさいませ、マルク様。首尾はいかがでしたか?」

「ただいま、サルヴィ。上々だよ。おかげで僕は今や悪人そのものだ」

「これも全て私の演技力のおかげね。将来は舞台女優になろうかしら?」

「ははっ、そうかも……ってアミィ!? なんでここにいるんだ!」


 馬車の中には僕とサルヴィだけかと思っていたのに、何故かそこにはアミィがニコニコしながら、小さく手を振っていた。


「一応報告をしておこうと思ってね。今日一日であんたの悪評は広まりに広まったわ。学園の生徒が少ないっていうのが追い風になったわね」


 うーん、嬉しいような悲しいような、なんとも複雑な気持ちだが……これもレナや民を救うためだ。


「それで、この後は第二フェーズに移行ってかんじ?」

「ああ。これからスラムに行ってくるよ」

「わかった。気をつけてね」


 アミィは少しだけ心配そうに目を細めながら、馬車をぴょんっとはねて降りていった。


「サルヴィ、こんな事に巻き込んですまない」

「いえ。私の主はマルク様の命ですので。どこまでもお供いたします」

「本当にありがとう。さあ、買い物をしてからスラムに向かうとしよう!」


 今回の作戦について全て知っていて、それでも協力してくれるサルヴィに感謝をしつつ、僕はあるものを大量に買い込むために、富裕層が住む街へと向かった――

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