第16話 別れの言葉
「では私は先程の所に戻ってますので」
「ああ。ありがとう」
牢屋の見張りの彼を見送った僕は、改めてレナの事をジッと見つめる。まだこちらには気づいていないのか、変わらず膝を抱えて座っていた。
「レナ……」
「え……?」
僕は鉄仮面を取ってからレナの名を呼ぶと、ようやくこちらに気づいてくれた彼女は、この世のものではないものを見たような、驚いた表情で僕を見つめてきた。
「マルク、様……?」
「ああ」
「マルク様……!」
声を震わせながら僕の元へと来たレナの頬を、僕は腕の甲冑を外してから、優しく撫でてあげた。本当は今すぐにでも抱きしめてあげたいのだけど、この牢屋のせいで出来ないのがもどかしい。
「もう会えないと思ってたから……会えて嬉しいです」
「僕もだよ、レナ……すまない、こんな事に巻き込んでしまって……本当にすまない……全ては僕の甘さが招いてしまった事だ……!」
僕は何度もレナに謝罪をすると、ふいに自分の右手に暖かいものが重ねられた感触を覚えた。頭を上げて見てみると、僕の手にはレナの手が重ねられていた。
「マルク様は何も悪くないです。むしろ、あたしは奴隷なのに、今まで幸せ過ぎたんです」
「奴隷じゃない! 君は……君は僕の……!」
僕の……なんだ? 僕は一体何を言おうとしているんだ?
わからない。僕のこの胸に感じる、暖かくて不思議な気持ちを言葉に起こすことが出来ない。
「マルク様。あたし、あなたのおかげで救われたんですよ」
「レナ……」
「あなたがいなければ、あたしは恐らく世界に絶望して、自ら死んじゃってました。でも……あなたのおかげで、あたしは今も生きられている。それに、あなたのおかげで美味しいごはんが食べられて、綺麗なお洋服が着れて……凄く暖かい寝床で眠れました。それだけでも、あたしにとって物凄く救いだったんです」
やめろ……そんな、まるで別れの挨拶のような事を言わないでくれ……。
「あなたのおかげで、スラムの人達が元気になれました。それはほんの少しだけでも、きっと希望になったと思います。それに、あたしはおじさんとおばさんにも再会出来ましたし……お母さんとも会えました」
「…………」
「もう十分すぎるくらい、あなたから幸せにしてもらえました。だから……もういいんです。あたしは……もうなにがあっても大丈夫です。だからあなたも……あたしのせいで苦しまないで。一日でも早くあたしなんて忘れて、あなたの本当の幸せを手に入れてください」
口では強がっているつもりだろう。でも、レナの手も声も震えているし、薄暗い中でもキラリと輝く大粒の涙を、僕が見逃すはずもない。
どうしてこんな優しくて心が美しい彼女が苦しまないといけないんだ……こんなの狂っている。
「嫌だ。僕はそんなものは望まない」
「マルク様……?」
「どんな形になるにしろ、僕の望む未来は、君がいないと始まらない。君は僕と離ればなれになりたくないと言ったけど、それは僕も同じ気持ちだ。だから、僕は諦めない。必ず君を救ってみせる」
「っ……!」
僕の言葉を合図にするかのように、レナの瞳から沢山の涙が溢れだし、牢屋越しに僕にくっついた。
待っててくれ……必ず君をここから出して、強く抱きしめてあげるから。
****
翌日。今日も学園にて授業を受けた僕だったが、その内容は一割も頭に入っていなかった。
それもそうだろう。今僕の頭にあるのは、レナをどう助けるか……その一点しかない。早く良い方法を思いついて実行に移さないと、いつレナの身に何が起こるかわかったものじゃない。
「やっほ~早く帰ろうって……また随分と深刻な顔してるわねぇ」
「アミィ」
「また例の娘絡み?」
「まあな……」
「そっか。良かったらまた話聞いてあげるわよ?」
「……頼んでもいいか?」
「おっけー。もうクラスメイトは帰っちゃったし、ここでいいよね」
このまま一人で考えても気持ちばかりが焦ってしまい、良い案が思いつかないと思った僕は、素直にアミィの提案を飲んだ。
なるべく端的に、わかりやすくアミィに説明をすると、彼女は何度も頷きながら、真剣な表情を浮かべていた。
「なるほどねぇ……」
「何かレナを助ける方法はないだろうか……」
「う~ん……かなり博打な方法だけど、一個思いついた事はある。この方法は、真面目君なマルクには絶対思いつかない方法よ」
なんだって!? 僕は昨日からずっと考えても何一つ思いつかなかったのに、アミィはもう何かを思いついたというのか!?
「そ、それはどんな方法だ?」
「やる事は簡単。まずは――」
僕はアミィが説明してくれた方法を全て聞き、そして顔をしかめた。
確かにその方法なら、レナを救出できるかもしれない。なんなら、時間は相当かかるとはいえ、僕がいつかはやらなければいけないと思っている、民の救出にも繋がるかもしれない。
だが……そもそもの問題として、レナを救出できるかも定かではないし、失敗した時に僕がどうなるかわかったものじゃない。それに……この作戦は……アミィとの絶縁を意味する。
「どう? やってみる価値はあると思うよ。このまま指をくわえて見てても、絶対に状況は好転しないし」
「……確かにそうだが、この方法は君を巻き込んでしまう。僕がどうなろうと構わないが、上手くいっても絶縁、失敗したら君がどうなるか……」
「そういうところが真面目君なのよね~……そこも良い所なんだけど。まあきっと大丈夫よ!」
「随分と簡単にいうな。根拠はあるのか?」
「もちろん!」
アミィは自信たっぷりに豊満な胸を反らしながら、声高々に宣言した。
「どんな物語でも、最後は正義が絶対に勝つのがお約束だから!!」
「…………」
……話を聞いてもらっている以上、偉そうな事を言うのはあれだが……それは何の根拠にもなっていないと思う。そもそもこれは現実だし、ハッピーエンドじゃない物語だってある。
だが……逆にここまで楽観的に行動した方が、変に考えるよりも良いのかもしれないな。
「それに……あんたがずっと世界が滅んだみたいな顔をしてるよりも、私と絶縁しても、ずっと笑ってくれた方がいいし、私は強い娘だからね! だから私の事は気にしなくていいよ!」
「アミィ……」
正直まだこの方法をやるのには迷いがある。でも……僕のために自分も巻き込まれる可能性のある作戦を、躊躇なく提案してくれる彼女の優しさと友情に報いたい。
それに、アミィの言う通り、このまま待っていてもなにも良い事は無い……なら、やってみる価値はある。いや……やってみせる!
「あ、でも……この作戦に協力するには、条件があるわ」
「条件?」
「そう。簡単な質問に答えるだけ。あんたってさ……その娘の事をどう思ってるの?」
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