第18話 再びスラムへ

「マルク様、もうこれ以上は積み込むのは不可能です」

「わかった。積んでくれてありがとう」


 富裕層が住む街にやって来た僕は、サルヴィと馬車の御者と力を合わせて大量の食べ物を買い込み、それらを全て馬車に積みこんだ。


 これからこの食べ物を持って、スラムを周ろうと思う。まずはレナの治療の事で世話になった北ブロック。次にレナの実家がある西ブロック、更に南ブロックに行って東ブロックに行く流れだ。


 当然四つのブロックを周るのに、今あるだけの食べ物では絶対に足らない。だから、一ブロックごとに富裕層が住む街に戻って買い直す必要がある。


 時間はかなりかかるだろう。下手したら日が変わってしまうかもしれない。そうすれば、城の門限を余裕で越えてしまうのも明らかだ。でも……それは返って都合がいい。


 ……ちなみにだが、この食べ物を買うために使ったお金は、僕が今まで貯金していたものだ。決して城から無断で持ち出したものではない。


「いや~まさかこんなに一日で売れるとは思ってもなかった! マルク王子、ありがとうごぜえやす!」

「こちらこそ助かりました。それで、また後で大量に買い込みたいのだが、店は何時まで開いてますか?」

「なんと、まだ買ってくださるんですかい!? でしたらご満足いただけるまで今日は開けておきますよ!」


 それは助かるな。スラム街の往復だけでもそれなりに時間を要するものだから、閉店の時間の問題を解決できるのはありがたい。


「ありがとう。では一旦失礼します」


 僕は再び馬車に乗ると、そのままスラムの北ブロックへと向かう。今回はかなり急ぎめで頼んだおかげか、思ったよりも早く目的地へと到着することが出来た。


「あん? 坊ちゃんじゃねーか!」

「ドゥーン殿。お久しぶりです」

「久しぶりって言うほど時間は開いてねー気がするぜ?」


 到着早々に知り合いに会えたのはありがたい。このまま目的を遂行してしまおう。


「ん、嬢ちゃんはどうした?」

「レナは……とある事情で父の手によって牢に入れられてしまいました」

「おいおいマジかよ」

「ですが、必ず彼女を牢から出します……必ず!」

「それでこそ坊ちゃんだ! んで、今日はどうしたんだ?」

「今日は……皆にこちらをお渡しに来ました」


 僕はサルヴィと御者と力を合わせて、馬車からたくさんの食べ物を降ろすと、スラムの民達が次々に集まってきた。これなら配る手間が省けるな。


「僕から民への支援です。順番にお配りいたしますので並んでください」

「まさか国から食べ物の支給だなんて……」

「これ、夢じゃないかしら……」


 目の前で起こっている現実がまだ信じられていないのか、民達は口をポカンと開けつつも、ちゃんと一列に並んでくれた。


「どうぞ。苦しいだろうけど、これを食べてまた頑張ってください」

「ありがとう……」

「どうぞ。私達のせいで苦しませて本当に申し訳ない……」

「王子様は悪くねえよ! こうして飯をくれて、本当にありがたい……うぅ……本当に……」


 僕は一人一人に応援の言葉や謝罪の言葉を述べながら、たくさんの食べ物を手渡していくと、民達は喜んだり泣いたりと様々な反応を示した。そして、必ず感謝を述べてくれた。


 よかった。これで民達に少しでも活気が戻ってくれれば言う事は無い。今回の作戦を考えてくれたアミィには感謝しかない。これが無ければ、僕はまだ彼らに何もしてあげられなかっただろう。


 本当なら、今すぐにでも彼らを助けたい……お腹いっぱい食べさせたいのに……つくづく僕の力の無さが恨めしい。


「坊ちゃんよ、どういう風の吹き回しだ?」

「まあいろいろありまして。民に配膳できる機会が生まれたので、盛大に配ろうと」

「あの嬢ちゃんに関係する事だろ? なんにせよ、飯をくれるのはありがてぇ話だぜ。ところで坊ちゃん、酒は無いのか?」

「残念ながら」

「そいつは残念だ! 金持ち連中の飲む酒ってのも味わってみたかったんだがな!」


 口では残念がっているけど、とても嬉しそうなドゥーン殿や、喜んでくれる民を見ていたら、僕も自然と笑みを浮かべていた。


 さあ、ここが終わったら次は西ブロックだ。まだまだ忙しいが、必ずやりきってみせる。



 ****



 無事に北ブロックの民達にあらかた配り終わり、次に来た西ブロックの民にも配り終わった僕は、食べ物を再度購入するために富裕層が住む街に戻る前に、レナの母君……リゼット殿の墓前にやって来た。


 時間が無いのはわかっている。だが……もしかしたら、僕はもう二度とここに来ることが出来ないかもしれないから……今のうちに来ておきたかったんだ。


「リゼット殿。僕は……レナを守ることが出来ませんでした。きっと今頃、地下牢の中で泣いているでしょう。全ては僕の甘さが招いた事です」


 当然、誰も答える者はいない。それでも、僕は更に言葉を続ける。


「でも、僕は絶対に諦めません。僕はレナにも、あなたにも守ると誓いましたから。それに……僕は彼女が大切で、愛する人です。友に言われてようやく自覚したこの気持ちですが……僕はこの気持ちに嘘をつきたくない。だから……必ずレナを助けて、一緒に幸せになります。リゼット殿……天から見守っていてください……」


 僕は以前お墓参りに来た時と同じ、薄紫色のチューリップを供えてから、両手を合わせて祈った。


 さあ、西ブロックでやる事も済んだ。次は南ブロックに行くとしよう。あそこはまだ行った事がないブロックだから、どんな反応をされるかわからない……用心しておいた方が良さそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る