第5話 いざスラム街へ
「レナ、今日は一緒に出かけるよ」
休日の朝、僕は自室でレナと共に食事を取り終えた後、今日の予定について切り出すと、レナは綺麗な赤い瞳をパチパチとさせていた。
この数日で身なりはサルヴィやメイドに頼んで整えてもらったから、出会った時に比べればかなり良くなった。元々美人なのはわかっていたけど、更に美人になった気がする。
「その、あたしも一緒に行っていいんですか?」
「ああ。むしろレナがいないと困る」
「そ、そうなんですか……? わかりました」
「よし、馬車の準備は出来てるか?」
「勿論でございます」
「ありがとう。それじゃ早速向かうとしよう」
僕はレナとサルヴィを連れて屋敷を出ようとすると、丁度屋敷に入ってきた人物と鉢合わせになってしまった。真っ白な髪に白い肌、そして青い目が特徴的な、スラッとした長身の男性だ。
「あら、マルクじゃない。おはよ。どこかにお出かけかしら」
「ジョイ兄上。おはようございます。今日はお供を連れて出かけようかと。兄上は庭の手入れでしょうか?」
「ええそうよ。今年も綺麗な花が咲いたわよぉ」
彼はジョイ・ジュラバル。女性のような喋り方をしているが、立派な男性で、王家の第二王子に当たるお方だ。
ジョイ兄上は美しいものや可愛いものに目がない。それがあってか、普段は美しさを追求した服のデザイナーとして活躍している。庭の美しい庭園はジョイ兄上が自ら手入れをしているものだ。
「って……この子が父上が購入した奴隷の子? 随分と可愛いわね~! いいわねぇ……アタシも可愛い奴隷が三人くらい欲しいわ~。そうすれば、毎日着せ替えたりお化粧させて遊べるのに~父上にお願いしようかしら?」
着せ替え人形をねだる子供みたいに、奴隷が欲しいなんて言わないでほしい。そもそも奴隷の売買が禁止されているのは、ジョイ兄上もご存じのはず。なのに、どうしてそんな言葉が出てくるのか、理解に苦しむ。
「ねえマルク。その娘アタシにちょうだい?」
「あげませんよ。彼女は私の大切な……ど……奴隷、ですから」
「あら、ざ~んねん」
くっ……この場を取り繕うためだとわかっていても、レナを奴隷というのが辛い……胸が痛む……。
「それにしても……う~ん、細い身体ねぇ。一日十食ぐらい食べさせて、もう少しむちっとさせないと、可愛い服を着させられないわね~」
「一日十食も食べられるわけないでしょう」
「なに言ってるのぉ? 食べられる、食べられないじゃないわ。食べさせるの。奴隷に拒否権なんてあるわけないんだから、当たり前でしょ~?」
「…………」
……まあ見ての通り、基本的にジョイ兄上も、父上やロイ兄上と同じ……奴隷を人間と思わず、ただの物として見ている。どうして奴隷を……いや、民を人間と見れないんだ。
「それじゃ、アタシは仕事があるから。じゃあね~」
「はい。失礼します」
僕は手をヒラヒラと振るジョイ兄上に頭を下げて見送ると、小さく溜息を吐きながら、今度こそ屋敷を出て用意されていた馬車に乗り込んだ。
「すまない、レナ」
「えっ?」
「君の事を奴隷と言ってしまった」
「いえ、大丈夫です。実際奴隷なのは確かですし。それに……マルク様は優しい人だってわかってますから、あの言葉も本心じゃないってわかってます」
「……ありがとう」
レナは優しいな……こんな優しい子が、一歩間違えれば、奴隷として酷い扱いをされていたかもと思うと、背筋が凍ってしまいそうだ。僕の元に来てくれて、本当によかった。
そう思いながら馬車に揺られる事一時間。目的地のスラム街の入口まで来た僕は、レナとサルヴィを連れて馬車を降りた。
僕はこの世に生を受けてから、城や周りの裕福な人間が暮らす街しか見た事がなかった。そんな僕には、目の前のスラム街の風景は信じがたいものだった。
今にも崩れ落ちてしまうんじゃないかと思えるくらいのボロボロの家。そこら中から悪臭が漂い、住民からは一切の覇気を感じられない。まさに、絶望が街を支配しているといっても過言ではない。
僕の知らない所で……民はこんなに苦しんでいたのか……なのに、僕はのうのうと生きていた……! 力の無い自分が、そして今まで何もしなかった自分が憎い……!
「あの、マルク様。どうしてスラム街に……?」
「あ、ああ。この辺りに腕の良い医者がいるって聞いてね。レナの怪我を診てもらおうと思って来たんだ」
「そうだったんですね……本当に何から何までありがとうございます」
「……礼を言われるような人間じゃないよ、僕は」
「そんな事はないです。マルク様は優しくて凄い人です。だからあたしはこうして今も無事に過ごせているんです」
「レナ……ありがとう」
僕の事を気遣うように手を取りながら、ややぎこちない笑顔を浮かべるレナの優しさのおかげで、僕の胸は少しだけ軽くなった。
後悔は後でいくらでも出来る。今は僕に出来る事をやるのが先決だ。
「さあ、目的の場所に向かおう」
「はい」
「かしこまりました。お二人共、私から離れませんように」
サルヴィは今までに見た事がないくらい真剣な表情をしながら、僕達を守るように辺りを警戒し始める。
実はここに行くと彼に伝えた時、凄く反対された。それも当然だろう……スラム街の民達は、自分達をこんなに苦しめる王族は嫌いなはず。そんな人間が自分達の元に来たら、危害を加えないとも限らない。
でも、僕の必死の説得の末、なんとか許可を得ることに成功したんだ。
アミィにも心配されて、サルヴィにも心配されて、レナに慰められて。僕はなんて情けない王子なんだろうか。皆に報いるためにも、もっと精進しなければ。
「なあ、あれって……」
「どうみてもスラムの連中じゃねーよな……」
「しかも結構身分が高そうな格好だわ……」
どこからともなく、視線が向けられているのを感じる。それに、僕達の事を言っているような陰口も聞こえてくる。
僕達の恰好は、スラム街に住む民達とはかけ離れている。悪目立ちしてしまうのは当然といえば当然だ。何かされても対処できるように、警戒だけはしておこう。
「確かこの辺のはずだが……あ、ここだな」
アミィに貰った地図を頼りにスラム街の中を歩いていると、ピンク色の屋根がなんとも悪目立ちをする家が建っていた。地図にはピンクの趣味が悪い家が目印! ってメモが書いてあるし、きっとここだろう。
「私が先に入りましょう。マルク様とレナ嬢は少々お待ちください」
「わかった。気をつけて」
「はい。ごめんくださいませ。どなたかいらっしゃいますか?」
サルヴィが扉をノックすると、中からかなり年を召した男性が出てきた。かなり寂しくなった頭にボロボロの白衣、何故かサングラスをかけているという、かなり変わった風貌の男性だ。
「んだよ……どちらさんだぁ?」
「こちらに腕の立つお医者様がいらっしゃると伺って参りました」
「医者だ……? それは俺様の事に違いねぇが……その風貌、もしかして富裕層の連中か?」
「……ええ、そうです。私はマルク・ジュラバルと申します。こちらの女性の怪我を診てもらいたくて参りました」
彼が権力者が嫌いだとわかっていても、名乗らなければきっと怪しんで診てくれないだろうし、王族としての誠意が必要だ。そう思った僕は、サルヴィの前に出て名乗ったのだが、医者は青筋を立てながら僕を睨んできた。
「はぁ!? ジュラバルって……てめぇ、王族か!? ざっけんな! 誰が王族なんてクソな連中を診るかってんだ! こんなゴミ溜めみたいなところに来ないで、高名な医者に診てもらえってんだクソ野郎!!」
まくし立てるようにそう言いながら怒り狂った医者は、勢いよく扉を閉めてしまった。
やはりこうなるか……いや、ここで怯んでいてはいけない。彼を何とか説得して、レナを診てもらわなければ!
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