第4話 唯一の友人
「な、何をしているんだ!」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
まるで犬のようにおかゆを食べようとしているレナを、思わず声を張りながら肩を掴んで止めてしまった。そのせいで、せっかく落ち着いていたレナは、再度震えながら、何度も謝罪を述べた。
「ごめんなさい! 気に障ってしまったのなら謝ります! だから叩かないで……!」
「す、すまない……声を荒げてしまった。叩かないから安心しておくれ」
「ううっ……ぐすっ……」
目の前で恐怖に震え、涙を流すレナを少しでも安心させようとした僕は、そのまま彼女の事をそっと抱きしめながら、頭を撫でてあげた。
「大丈夫……大丈夫だから……」
「…………」
子供をあやすように、優しく何度も声をかけてあげると、レナの嗚咽がいつの間にか止まっていた。それを合図にするように少しだけ離れてレナを見つめると、潤んだ瞳が僕を見つめ返してくれた。
「落ち着いたかい?」
「はい……」
「よかった。本当にすまなかった。それで……どうしてあんな食べ方を?」
「奴隷が人間の真似事をして食べるなって怒られてから……犬みたいに食べるようになりました……」
「…………」
どこまで非人道的な事をすれば気が済むんだ。人間の真似事ってなんだ? 奴隷だって人間だ。人間が人間らしく食べて何が悪い? くそっ、考えれば考える程、怒りで僕の身体が熱くなっていく。
「……君は人間なんだから、普通に食べていいんだよ」
「いいん、ですか?」
「ああ」
「ありがとうございます……」
「お腹空いてるのに、邪魔してすまなかった。さあ、今度こそどうぞ」
「はい……いただきます……美味しい……こんな美味しいごはん、はじめて、です……うっ……うえぇぇん……」
僕から完全に離れた少女は、今度こそ人間らしく席につき、おかゆを食べて美味しいと涙を流すレナを見て、僕は彼女を守るだけじゃなく、助けてあげようと心に誓った。
そのためなら、この身を捧げる事も厭わない――それがたとえ世界中の全てに否定されたとしても。
「……美味しいよぉ……ふえぇ……ふえぇぇぇぇん……」
「誰も取らないから。ゆっくり食べな」
「は、はいぃ……美味しい……美味しいよぉ……」
よほど美味しかったのか、笑ったり泣いたり忙しいレナを時には慰め、時には見守って過ごすのだった――
****
翌日。僕は日頃から通っている学園の教室にある自分の席に座り、外を眺めながら大きく溜息を吐いた。
この学園は権力の高い家の子供や、裕福な家の子供だけが通う学園だ。だから必然的に子供の数は少ない。その数も年々減少傾向にあるらしい。当然といえば当然だろうが。
そんな学園に通う僕は、王族というのもあってか、ほとんどの生徒から敬遠されている。変な事をして父上の耳に入った結果、自分達の家に迷惑がかかる事を恐れているのだろう。
そういうわけで、誰とも喋らずに外を眺める僕だったが……頭からレナの事が離れない。
部屋で大人しく待つように言ってきたし、食べ物や飲み物の準備もした。部屋には見張りをつけて誰も入れるなって言ってあるから、誰かに虐められる事もないだろう。トイレやシャワーも部屋にあるから問題ないし、部屋に鍵もかけてある。
——ここまですれば、彼女の身に危険が及ぶ事は無い。
そうだ、大丈夫なはずなんだ。なのに……心配で心配で仕方がない。こんなに時間の進み方が遅く感じた事は無い。
とりあえず帰って無事かを確認して……そうだ、彼女の怪我を治せる医者を探さないといけない。王族お抱えの医者に頼めば早いかもしれないが、奴隷を人間と思っていない連中が知ったら、どうなるかわからない。
僕個人の話だったら、僕が解決すればいい話だが、もしレナに危害が加わったらと思うと、危ない橋を渡りたくはない。民間で探した方が無難か……?
「なーに黄昏てんの? 恋煩い?」
「アミィか。おはよう。朝一から変な事を言わないでくれ」
「おはよっ。だってそうにしか見えなかったから」
僕に声をかけてきたのは、僕の幼馴染で唯一の友人である、アミィ・シェリール。真っ赤な髪を大きなリボンでポニーテールにしていて、エメラルドのような緑色の瞳が特徴的な、活発な女性だ。そして、良くも悪くも貴族令嬢らしくない。
伯爵の爵位を持つシェリール家は、代々王家と仲がいい。その影響か、同い年の彼女と幼い頃から付き合いがあり、今もこうして友人をやらせてもらっている。互いに気を使わないおかげか、凄く一緒にいて居心地がいい。
だけど、互いにまだ婚約を結んでいないせいか、周りの人間にはいつ婚約を結ぶのか、お前らでさっさと結べと言われるのが小さな悩みだ。
「それで、どうかしたの?」
「どうもしないよ。どうしてそんな事を聞くんだ?」
「何年友達やってると思ってる訳? そんなの見ればわかるし。あと、あんたって嘘をつく時って右に視線が行くのよ。知ってた?」
「え、それは本当か!?」
「うーそっ」
「…………」
「やっぱり何かあったんじゃない」
くそっ、完全にはめられた。正直なところ、自分一人で抱え込むよりも、誰かに聞いてもらうだけでもありがたいのは確かだ。
「……昼休み、聞いてくれるか?」
「食堂のデラックスパフェで手を打つわ」
「君から聞いておいてそれか?」
「いいじゃない、王族なんだからお金はあるでしょう?」
確かにその通りではあるけど……アミィの家だって伯爵の爵位を持つ貴族なんだから、金には困っていないはずなんだが……まあいいか。
「わかった」
「話が早くて助かるわ~。じゃあまた後でね」
そろそろチャイムが鳴る時間だからか、アミィは手を小さく振りながら、やや離れた所にある自分の席へと帰っていった。
はぁ……今日だけ授業は一時間で終わらないだろうか……。
****
「はーなるほどねぇ。まあ奴隷関係の話は、割とよく聞く話ね」
昼休み。あまりいい話じゃないから誰かに聞かれたくないと思った僕は、アミィと一緒に校舎裏でパンにかぶりつきながら、レナの話をしていた。
王族の息子と伯爵の娘なのにはしたないって思われるかもしれないけど、今回は特例だ。
「よく聞くって時点でおかしいだろう? そもそも法で禁止されている事だというのに」
「まあねぇ。ていうか、あんたって相変わらず王族らしくないっていうか、正義の味方って思考よね~。ほんと、珍しいわ」
「そういう君も貴族らしくないだろう。お転婆というか、品が無いというか。現にそのせいで家の方々とあまり仲が良くないんだろう?」
「別に普通よ普通。うちの人達が一々うるさいだけ。それに、人を見下すような人達と仲良くなんかなりたくないからいいの。機会があれば縁を切りたいくらいよ。ていうか、結構失礼な事を言ってる自覚ある?」
「ははっ、すまない」
そんなの言われなくてもわかっているさ。唯一の友達で、気心が知れてるアミィが相手だから言っているだけだ。こんな事、他の人には口が裂けても言えやしない。
「それで、その奴隷の少女が傷だらけでね。何とか治してあげたいんだが……」
「王族お抱えの医者だと、面倒事になりかねないから困ってる。そんなところかしら?」
「ご名答」
これは参った。完全に見透かされている。一緒にいる年月が長すぎるというのも困りものだ。
「口の堅い医者がいればいいんだが……アミィ、何かあてはないか?」
「あるわよ」
「そうだよな、あるわけ……あるのか!?」
僕とした事が、思わず身を乗り出しながら、アミィの肩を強く掴んでしまった。こういう事をしているから、レナを怯えさせてしまうんだ。反省しろ、僕。
「あるにはあるんだけどねぇ」
「随分歯切れが悪いな」
「まあね。スラム街の北ブロックに、腕のいい医者がいるって聞いた事があるの。しかも凄い口が堅いとも。でも、問題があってね」
「問題?」
「その医者、王族や貴族といった、権力者が凄い嫌いみたいで」
権力者が嫌い……か。スラム街に住んでるような人間という事は、国から搾取される立場の人間と見て間違いないだろう。そんな人間が権力者の事が嫌いなのは、至極当然の事だろう。
「私から教えておいてあれだけど、スラム街には権力者憎しの人もたくさんいると思うわ。正直、行かない方が良いと思う」
「でも、それでレナの怪我が何事もなく治るなら、僕は行くよ」
「はぁ……あんたならそう言うと思ったわ。気をつけて行ってくるのよ。一応あんたは王族の教育で武術を嗜んでるとはいえ、大勢に囲まれたら危険よ」
「ああ、肝に銘じておくよ。さっそく次の休みにレナを連れていってみるよ」
「ほんとにわかってるのかしら? そうだ、後で目的地までの地図を書いて渡してあげる」
「ありがとう。それにしても、アミィがそんな事を知ってるとは思っても無かった」
「パパがいろいろ知ってるからか、毎日自慢げに雑学を披露するのよ。聞いてて疲れちゃうわ」
心底疲れたように溜息を吐くアミィに苦笑しつつ、僕は残りの昼休みの時間を、アミィと一緒に過ごした。
スラム街か……今まで危険だからと言われて行った事はなかったが、改めて民の状況を把握するのにも良い機会かもしれないな。
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