第6話 民を助けるために
「えっと……なんか凄く怒ってましたけど……マルク様、あの人と何かあったのですか?」
「彼は王族や貴族が嫌いなんだ。実際にこのスラム街の現状を作り出した張本人と言っても過言じゃないからね……」
「そんな! マルク様は他の王族や貴族と違って優しい人なのに!」
レナの言葉は素直に嬉しい。だが、それはあくまでここ最近の出来事があったうえでの評価だ。彼には一切関係のない事だ。
さて、とにかく今のままでは取り付く島もない。なんとか交渉の場に持ち込まなければ話にならないな。
「話を聞いてください! お願いします!」
僕は何度もドアを強く叩きながら、大声を上げて中の医者に出てくるように促すと、ドアは再び勢いよく開いた。
「うっせーわボケ!! こちとら二日酔いで頭がいて―んだよ!!」
「それは大変失礼した。もう大声は出さないから、話を聞いてくれませんか?」
「ちっ……嫌だと言ったら?」
「ここで大声を上げ続けます」
「俺様の頭を破壊する気か!? 近所にも迷惑がかかるだろ! これだから王族は……ちっ、話だけは聞いてやる。治療するかは保証せんがな」
「ありがとうございます」
「素直に礼が言えるのか。王族のくせに変な奴だな」
よし、我ながらかなりの力技だとは思ったが、なんとか話を聞いてくれるところまでは持っていけた。あとは……僕の誠意を彼に伝えて、レナを診てもらうだけだ。
「んで、その嬢ちゃんの診てほしいんだったか?」
「そうです。彼女は奴隷として城に来たんです」
「奴隷だぁ? 奴隷の売買は法で禁止されてんのにいまだに横行してんのか。相変わらずふざけた話だ」
「まさに仰る通りです。私としても、王族や貴族の方々の行いには怒りを覚えるくらいです」
「んなの、口ではどうとでも言えるわな。大方、奴隷の治療をさせるぼくちんカッコいい~とか思ってんだろ。そんな茶番に付き合うのは御免だ。さあ、とっとと帰りな」
そう言いながらドアを閉めようとする医者だったが、締まる前にドアを掴んで締まるのを阻止した。
ここまで来て、そうですかハイさよならなんて出来ない!
「頼む! 僕は彼女を助けたいんだ! 彼女を助けられるなら、僕は何でもする! だから彼女を……レナを!」
「ほう、言ったな? なら、これが出来たら診てやるよ」
思わず自分の事を僕と言ってしまったり、声を荒げてしまい、少し公開をする僕を見つめながら、ニタァ……と笑った医者は、僕にとある事をやるように提案してきた。それは、王族のプライドや誇りを否定するような内容だった。
「これをやりきったら、その誠意は本物と認めて、診てやるよ」
「いけませんマルク様。王族であるあなたがそのようなみっともない真似をしてはいけません」
「そうですよマルク様! あたしは大丈夫だから……今のままで十分幸せだから!」
サルヴィもレナも僕の事を気遣って止めてくれるのは凄く嬉しい。だが……僕は決めているんだ。レナを助けるために、この身を捧げると。
――だから、僕はやるよ。
****
「ぐっ……!」
スラム街の北ブロックの中心にやって来た僕は、ざわつく民達に見られながら、大の字に倒れこんでいた。
医者から出された条件。それは上半身裸になって、逆立ちでスラム街を一周して来いというものだった。
上半身裸で逆立ちなんていう痴態を晒すなんて事、王族として絶対にあってはならない事だ。でもそんなのは関係ない。僕が馬鹿にされてレナの怪我が何事もなく治るならそれでいい。
それに、民も恥ずかしい王族の姿を見て少しでも気が晴れてくれれば……素晴らしい事じゃないか。
「逆立ちなんて初めてだから……全然進めないな……はぁ……はぁ……」
「ギャハハハハ! 傑作だなーおい! みんな来いよ! あのクソ王族が裸で逆立ちなんてしてるぜ!」
「貴様……! どこまでマルク様を愚弄すれば気が済む!!」
「やめろ!!」
スラム街に住む民を笑いながら集める医者に今にも掴みかかりそうになるサルヴィを制止させると、僕は再び逆立ちに挑む。だが、一歩歩くのも一苦労な僕は、再び地面に倒れこんでしまった。
もう何度倒れたかわからない。身体中泥まみれだし、倒れた時に出来た傷や打撲で身体中が痛む。
だが……この程度の痛み、レナやスラムの民が受けた痛みに比べれば、足元にすら及ばないだろう。その程度で語るなと罵声を浴びせられてもおかしくない。
「マルク様、もういいですから……あたし、そこまでしてもらえただけで満足ですから……」
「レナ、君は気に病む必要は無い。大人しく待ってるんだ……ぐあっ!」
くっ……変な倒れ方をしたせいで首を痛めたか。だが弱音を吐いてる暇はない。このままのペースでは一周するのに何日もかかってしまう。
「なあ、どうしてそこまでやるんだ? 所詮こいつは奴隷なんだろ? あーわかったわ。抱くのに傷が気になるんだな?」
「違う! レナは大切なジュラバルの民だ!」
「マルク様……」
「民が目の前で苦しんでいる。なのに助けない王族がどこにいる! 民を大切にしない王族は王族ではない!!」
もう一度逆立ちに挑むが、三歩程歩いたところで腕が耐えきれなくなってしまい、またしても倒れてしまった。
「あなた達も! 私達王族や貴族のせいで苦しませて……本当に申し訳ない! 私には何の力も無くて、今すぐにあなた達全員をこの地獄から救う事は叶わないが……代わりに私のこの姿を見て、少しでもその鬱憤を晴らしてくれ! 私は全てを受け入れる!」
「綺麗ごとぬかしてんじゃねー!!」
「お前らのせいで、俺達がどれだけ苦しい思いをしてるのか知ってるのか!!」
倒れている僕に向かって、罵声と共に石ころが飛んできた。それを皮切りに、辺りから沢山の罵声や物が投げ込まれてきた。
そうだ。これが民の怒りだ。民の悲しみだ。全て僕達王族と貴族が招いた悲劇だ。その悲劇を少しでも忘れられるなら……民を助けられるなら……!
「あんた、相手は国の偉い人なんでしょう!? そんなことをしたら……」
「知るか! どうせ俺達に希望も未来もない! 処刑するならしやがれってんだ! そんな事になる前に、この恨みを少しでも奴にぶつけてやる!!」
若い男性に便乗するように、更に僕に向かって物が投げつけられる。そのうちの何個かは僕に当たり、鈍い痛みが広がっていく。
「マルク様! 今お助けします!」
「来るな! 僕は大丈夫だから!」
「しかし!」
「大丈夫だ! それと、民には絶対に手を出すな! 彼らは加害者じゃない……被害者だ!」
「くっ……かしこまり、ました」
「……ありがとう」
サルヴィは必死に耐えるように握り拳を作りながら、僕の事をジッと見守る。そんな中、一人の人間が僕の元に駆け寄ると、僕に覆いかぶさるように倒れこんだ。
「やめてっ!!」
「レナ!? 危険だ、離れるんだ!」
僕に覆いかぶさったレナを退かそうと暴れるが、全く退く気がないレナは僕にしがみついて離れようとしない。そんな状況でも物は投げられ続け……レナの頭に何か当たったのか、僅かに血が流れていた。
「絶対に離れない! マルク様は奴隷の私を奴隷じゃなくて、人間として見てくれた! 助けてくれた! 慰めてくれた! 今も身体を張ってあたしの怪我を診てもらおうとしてくれてる! だから、今度はあたしの番!」
「レナ……!」
今も怪我が痛むだろうし、投げつけられたものもぶつかってさらに痛いだろう。感情の高ぶりも相まって、レナの大きくて丸い瞳からは大粒の涙が溢れ続けている。
僕は彼女を守る、助けると誓っておきながら、なぜ僕が守られている? どうして僕はこんなに弱いんだ……!
いや、今はそんな事を考えてる暇はない。早く彼女を守らないと。そう思った僕は、レナごと横にクルンと転がって、僕がレナに覆いかぶさるような形になり、彼女を投げつけられるものから守りはじめた。
「ま、マルク様!?」
「君の気持ち、凄く嬉しかった。ここからは……いや、これからはずっと僕が君を守る! いつっ……」
「マルク様!?」
何か硬いものが頭に当たった衝撃で、変な声が出てしまった。だが、こんなのレナやスラムの民が受けた痛みに比べれば……!
「あーあー、つまんねえ青春物語なんか見せんじゃねーよ、ったく……やめろおめえら!」
何が来ても絶対に退かないと思っていたのに、医者の声がしてから何も投げつけられなくなり、罵声も聞こえなくなった。その代わりに、医者のつまらなさそうな溜息が聞こえてきた。
「もういいわ。お前、全然面白くねえ」
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