第9話 運命のふたり
「そういえば、最近、同じ夢を見るんだよね」
行き慣れたいつものカフェ。盛り上がった話が落ち着いたタイミングで彼女は言った。どんな内容なのかと促してみると、その夢の中で、彼女は教会にいるのだという。
「私はウェディングドレス姿で……多分、結婚式なんだと思う。友だちとか知り合いとかもたくさんいてね、泣いてる人もいたかな。起きるときに、ベルの音がするの」
もしかしたら、アラームの音がそう聴こえるのかもしれないなぁと言う彼女に、肝心の相手は誰なのかと問いかけた。結婚式といえば、花嫁と花婿がいるものだろう。それに、彼女には仲睦まじく、それこそ結婚も間近だろうという恋人もいた。私も見たことがあるが、「運命の恋人」という言葉がよく似合う二人だ。私は「運命」に憧れながら、自身の相手としては見つけることが出来ていない。だからこそ、彼女たちには自分の分まで望みを託していた。例え夢とはいえ、彼女の相手は彼しかいないだろう。
だが、私の予想を裏切り、彼女は花婿の姿は見えないのだと語った。
「正確には、顔が見えないんだ。タキシードを着てるのは分かるんだけど」
新たに注文したカフェオレをスプーンでかき混ぜて、少しだけ眉根を寄せた彼女に、私はそれは間違いなく彼だと励ました。おそらくだが、彼女がその夢を繰り返し見るのは、件の彼との結婚を意識しているからだろう。そしてそれは、近々正夢となるに違いない。彼女と彼は、運命の二人なのだから。
彼女と夢の話をしてから数週間後。私の元に彼が事故で亡くなったという知らせが飛び込んできた。彼女と彼とが幸せな結婚をすると疑っていなかった私は、慌てて彼女に連絡を取った。恋人の死に憔悴していた彼女は電話口でも沈んでいたが、暫くしてからいつものカフェで会って話をすることが出来た。この間和やかに話をした空気が、今は喪失と失意に沈んでいる。
「皆ね……彼のことは大切な思い出にすればいいって言うの。もしかしたら、あの夢で相手の顔が見えなかったのは、これが理由なのかな」
彼女の言葉に私は頭を殴られたような気分になった。砂糖を足したきり、一口も飲まないままのカフェオレを揺する彼女を見やる。他の人の言うように、彼女はこのまま彼のことを過去にして進むことも出来るだろう。だが、私は到底それを許容することが出来なかった。だって、二人は。
私は必死に彼女に訴えた。あなたの相手は彼しかいない。あなたと彼は運命の恋人なのだから、他の人と結婚するなんてあり得ない。彼だってきっと、あなたのことを待っているはずだ。
最初こそ困惑していた彼女も、やがて頷いてくれた。
「そっか……そうだよね。あの人も、待っててくれてるよね」
泣きはらした目で、彼女は笑った。ほっとしたような表情を浮かべていた。甘くなりすぎているだろうカフェオレを飲み干した彼女に、私も安堵する。
彼女が部屋のベランダから飛び降りたのは、その夜のことだったらしい。そしてまもなく行われた葬式の夜、私はウェディングドレス姿で幸せそうに彼へと寄り添う彼女を見た。夢うつつにベルの音を聞く。
婚礼の音。葬送の音。
私が目覚めても二人の姿は現実にはない。けれど彼女と彼は、きっと幸せになったのだろう。運命の二人に、似合いの通りに。
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