第10話 街歩き
リーバー先生は、アレンが街歩きをしたいと言うと少し焦った様子だった。
「一人でか?」
「もちろん。ああ、でも、本来の僕の格好で行こうかな?」
「ただ単に買い物するだけなら、男の子の格好の方が……」
しかし、アレンは先生と一緒になったことで、その大きな体と塀の間の陰に入ったを幸い、元の自分の姿に戻ってみた。元々立派な女の子なのだ。魔法も何もかけない方が楽だ。
「あの三人、絶対うまく行きっこないです。またあいつらに捕まって別な女の子を探してくれって言われたら面倒ですからね。女の子の格好の方がいいです。これなら誰だかわかりっこない」
先生は、初めて見るアレンの姿に相当驚いて、まじまじとアレンを見つめていた。
「辺境伯の令嬢に会ったことはないんだ」
「僕だって先生は学校で会ったのが初対面ですよ」
こんな顔だったのか。
「そんなにアレンと変わらないでしょ? 髪も目も同じ色のまま。学校に来た最初は、幻影魔法だの変身魔法だの使えませんでしたからね」
「さ、最近は変えていたのか?」
アレンはちょっと肩をすくめた。
女の子には似つかわしくない身振りだった。
「おい、そんな真似やめろ。女の子に見えないぞ?」
「はい。ここにマチルダがいたら、おやつ抜きになります」
アレンは、懐かしい人の名前を思い出したのだろう、ちょっと笑顔になった。
「この格好は、今だけです。アレンの姿でピートル達に見つかって、絡まれたくないですから」
「お前、意外と賢いな」
「せっかく来たんですから、僕は街をちゃんと見物したいですね。特に買い物に行ける店とか」
「なんでそんなものが見たいんだ?」
リーバー先生は隣を意外に速く歩く少女に追いつこうと足を速めながら尋ねた。
「知りたいからです。あと港に行きたいです。にぎやかでいいですね、ここ」
「わかった。案内しよう」
「大丈夫ですよ。この格好なら、あの三人にばれっこありませんし」
「いや、別な変な男に捕まったら困るだろう」
アレンは軽蔑したように先生を見つめた。
見つめられた側は、なんだか萎縮した。感謝してもらえればって、萎縮する必要はないと思っていたが。
「僕はそれなりの魔力持ちです。心配ありません」
「そんなこと言うな。それにあちこちで規格外の魔力を撒き散らすな。ここは案内してやるから」
「……え」
「女の子一人より、この方が目立たない。事件性がない」
「事件性……街歩きに、何の事件が?」
「とにかく、辺境伯に頼まれているんだ。街案内くらいしてやる」
そんなにアレンのためを思ってくれるのなら、魔力を最高度で発揮するなとか、やりたいことは半分にしておけとか、消化不良になりそうなことばっかり言うのをやめて欲しい。
中央広場の周りには店がずらりと並んでいたが、市場へ続く通りに足を踏みこむと、山積みの野菜や果物、半身にして吊り下げられた肉や、ずらりと並べられて水をかけられてきらきらしている魚が並んでいた。米や小麦粉、豆や油、棒になった砂糖、干した果実の山、なんだかわからない香辛料、酒屋ももちろんあった。
「おいしそうですね」
目をキラキラさせながら、かわいいワンピースの少女が言った。
中身は、あのアレンなのになあ。
リーバー先生は思った。
アレンは、線の細い少年だったが、ここにいるのは、少女だ。
少年ぽく見せかけるためにか、まつ毛を短く鼻を太く見せていたらしいが、元は違うらしい。
こうやって見ると、かねがね美少年すぎると思っていたが、すごく下方修正かけていたことが判明した。
これは美しい。ヤバイ。
「髪解かない?」
思わず口走った。
「なんでですか?」
「ええっと、普通の女の子は、そんな風に髪を縛らない」
アレンは三つ編みにしていたアッシュグレイの豊かな髪を解いた。
髪は渦を巻いて、肩や背に降り掛かる。
「邪魔ですねえ」
リーバー先生は、何かの店を探して、アレンを引っ張っていった。
リーバー先生の行動に不信を抱いたらしい。アレンは不精不精について来た。顔が不満そうだ。
その店は小さな雑貨店で、中に入ると、髪留めやリボンが一杯売られていた。
スカーフやハンカチ、手袋、小さなビーズのカバンや絹製の袋物。
リーバー先生は、店の女性に相談して髪留めを買い込んだ。
「ほら」
ぶすくれたアレンがぶっきらぼうに立っている。
「いりませ……」
「バラバラ、ぼさぼさの髪は目立つ。それから港は風が強いから、スカーフ……どれがいいかな?」
すかさず、年配の店員が商品を勧めに来た。
「お嬢様にはこちらのグリーンのスカーフがお似合いかと。それから、リボンはいかがですか? 船を見に港へ行かれるなら、突堤の方は海風が強いのですよ。髪がバラバラになりますから」
スカーフもリボンもお断りと言う顔をしていたアレンだったが、船が見えると聞くと目を輝かせた。
「行ってみたいですね」
「辺境伯の令嬢には、安物過ぎた?」
ちっとも喜ばないアレンにリーバー先生は気を悪くして聞いた。
もし、喜んでくれたら、こんなにうれしいことはないのに……と彼は思った。
「海を見るためには、必要品なんですね」
ぽつりとアレンは言った。
なんか捉え方が違うな。
アレンはいろいろな店に首を突っ込んだ。
正直、リーバー先生にはその興味の持ち方がわからなかった。
売っている鶏の頭、豚のあばら、果物の売り方、量、荷車、なんにでも彼女は興味を持つ。
表通りに出て荷馬車の数を数え始めたのには、面食らった。
しばらく歩いて、リーバー先生は聞いた。
「お腹空いた?」
「えへへ。そこらの屋台で買い食いしましょうか?」
その時は女の子の顔だった。
だが、また女の子を取り逃がしたらしい問題の三人組が中央広場で目についた。
三人とも、もう気力がないらしく、噴水の端に腰かけて、串肉か何かをやけくそ気味に食べていた。
あの串肉が食べたい……
「港に行こう」
だが、リーバー先生が誘った。
「いいレストランを知っているよ」
「あのう、お金……」
アレンは平民にしてはお金を持っていた。当然だ。あの辺境伯の娘なのだから。
でも、こんな街のレストランの値段はさっぱり見当がつかない。
「値段の勉強をしよう。ぼられたりしないようにね。でも、支払いは僕だ」
「私は辺境伯の娘で……」
「何言っているの。そんなことどうでもいいでしょ?」
リーバー先生ににらまれた。
「それに港を見たいと言っていたじゃないか」
どうしてレストランに誘おうだなんて思ったのか、先生は自分でも不思議だった。
でも、誘わないではいられなかった。
「かわいい。でも、辛口の娘だなあ」
甘える気なんかさらさらないらしい。
それはそれで困る。
アッシュブロンドの豊かな髪の娘は、一足踏み出すたびに、あのアレンの頼りなさそうな雰囲気とは全く違う何かが漂う。
少女には似つかわしくない独立
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