第11話 意外な話

リーバー先生が案内したのは、港を見下ろす場所に立つ、元は誰か風流な貴族の別邸として建てられたのではないかと思われるレストランだった。


「おいしい海鮮料理が出るんだ」


「先生、ウキウキしてますね」


アレンが指摘した。


「あ、うん。この店はえびと貝がうまいんだ。久しぶりだな」


「当たらないといいですね」


山育ちのアレンは魚介類に猜疑心があるらしい。


「一流レストランに向かって何を言うんだ」


一流レストラン……


辺境伯の領地には、なかったかもしれない。



街中を歩き回ったせいで、お腹も減っていたが、喉も乾いていた。


古い建物は、中はきれいに改造してあって、彼らが通されたのは海側の窓がある部屋だった。


街全体が一望できる。


「わあ……」


買い食いがしたかったアレンだったが、窓の外の絶景に感嘆の声を漏らした。


マドレーユは大きな港街だと聞いていたが、こうやって目の前に広がる様子を見ると、その大きさがよくわかった。


「あっちが港で……」


リーバー先生が説明してくれる。


「山側のあの辺りに学校がある」


学校は、街の中心から少し離れていた。


「中心は港のすぐ山側。市庁舎や金持ちの家がある」


「金持ち?」


リーバー先生がうなずいた。


「そうだ。この街は商人たちの街なんだ。王権に必ずしも素直でない。商売が第一だ」


アレンは首を傾げた。


王様……それはアレンの生まれ故郷のビストリッツ城ではほとんど話題にならなかった。


「王様?」


リーバー先生はうなずいた。


「国王は優秀だ。ものすごく」


「授業では、王様は大変ご立派な方と聞きました」


「その通りだ」


「ご存じなのですか?」


リーバー先生は答えなかった。


「マドレーユは、王都とは違う。自由がある。海に近く、大陸にすぐ渡れる」


「大陸……」


海を渡ると、異なる文化の野蛮な国がいくつもあると聞いたことがある。


眼下にはキラキラした海が広がっていた。その先はもやっていて見えない。




リーバー先生は、食欲旺盛な若い男で、その食事の作法から言うと、多分いいところのご子息なのだろうと見当がついた。


魚介類はおっかなびっくり食べてみたが、意外においしかった。


最初はその形に、どうにも驚いたのだけど。魚はとにかくエビとか蟹は初めてだった。あと、貝も。


「保存が利かないから、学院では出ないよね」


先生はおいしそうに殻付きのエビ焼きを堪能しながら言った。


「学院で、困ったことや、不自由なことはない?」


アレンは少々怒ってリーバー先生の顔をにらんだ。


その質問は、入学初日に聞きたかった。


女の子が男子校に入ったら、どうなると思っているのだろう。


着替えとか、魔法薬がびっちょり飛んできた時や、風呂とか……


「だって、平民の寮は、アレン一人だろう。入寮の許可を出さなかったもの」


「え?」


「それから、毎日君に会って、男の子に見えるように香りを付けた。無臭の香りだけど、みんな君が女の子だとわからないように」


「ええ?」


「多分、これだけすれば大丈夫だと思ったんだ。とにかく女の子だからね。その心配ばかりしてたんだ。辺境伯に頼まれたからね」


そのために毎日呼びだされていたのか。


アレンは感謝したらいいのかよくわからなかった。


「それは……」


「ダメだよ。この学院には十五歳から十八歳の若い男ばかりが勉強している。もし、女の子だとばれたらどうなると思うの?」


アレンは小首をかしげた。


「どうなるのですか?」


ガチャンという音がした。


先生がスプーンを取り落とした音だ。


恨みがましい目つきで、リーバー先生と言う名前の若い男がアレンを見つめている。


アレンは全く平静に先生の目を受け止めた。


「大変に困ったことになる。夜、君の部屋に男がやって来るかもしれない」


「何しに?」


「……………」


説明のしようがない。リーバー先生は黙った。


「ええと、夜、知らない男が目の色を変えて、君の部屋に入り込んできたらどうする?」


「叩きのめします」


簡潔にアレンが答えた。


確かにアレンなら、出来るかもしれない。


リーバー先生は説明の方向性を変えることにした。


「昼間もみんな、女の子だと思ったら、君のことを特別扱いするよ? 本気で剣で叩きのめそうなんて、絶対しなくなる。それでもいいのかい?」


「それは困ります」


アレンはキースのことを思い出した。


「お嬢相手に、本気になんかなれるわけないだろ」と言っていた故郷の幼馴染の少年だ。


「そうだろ?」


ほんの少しだけ弊害を理解してもらえたらしい。どうも本質はわかっていないらしいが。


「それに、もちろん、女の子が男子校に入学することは禁止だ。わかっているよね」


「でも、両親がしたことです」


アレンは別に男子校に入りたかった訳ではない。


「それでも、これがバレたら困ったことになるよ」


なんだって、そんな面倒なことをアレンの両親は仕組んだのだろう。


「とにかく、君に魔法をかけ続けることが必要になる。君にこの魔法は使えないから」


「教えてくだされば、先生に手間をかけなくても済みます」


「君には無理な魔法だよ」


先生はにべもなかった。


「どうして?」


「それはね、魔法力の問題じゃないんだよ。魔法力って、万能じゃないんだ。わかるかな? 問題を解決する、そのためには問題がどこにあってどういう種類のものなのか、本質を理解しなくては解決できない」


「具体性のない説明ですね?」


わからないやつにはナニをどう言ってもわからない。つまりは、そう言うことだ。


どうして男が危険なのか、全く理解していないアレンに、男よけの魔法なんか絶対無理である。


オマケにアレンは頑固だ。


リーバー先生は話題を変えることにした。


「それに魔法力がダダ洩れで……」


「ビストリッツ城では、みんなが魔法力を持っていたもので」


そんなことはない。


アレンの両親は心配して、果てしないアレンの魔力について、なんとかゴマ化してくれるようリーバー先生に頼んできた。


彼女は両親の言うことを全く聞かなかったらしい。


アレンは妙なとこで謙虚である。

自分の魔法力を過小評価する傾向がある。


そのせいで、アレンは次々と大事件を起こし、ビストリッツ城ではアレン(ビストリッツ城ではフローレンだが)の魔法力が膨大を通り越して前代未聞だと言うことは、誰もが知る事実となっていた。


つまり、ビストリッツ城内で、お嬢様の魔法力が破格なことは常識だった。


だから、何をしでかしても、驚かれない。


そのせいでアレンは、他の人の魔力も自分と同じくらいと言う歪んだ常識を持ったまま育ってしまい、修正が利かなかったらしい。


『外の世界に出れば、自分の異常さに気がつくと……』


親が書いた文章にしては、文面と内容が異様だったが、本人に会って、リーバー先生はようやく異常事態に気がついた。


ビストリッツ城の住人ほど、魔力に満ち溢れていなくても、多少の感知能力くらいは、名門と言われるオーグストス魔法学院の生徒なら備えている。


ふつうの生徒の感知能力は大したことないので、アレンの魔力がどれほどすごいか、正確なところは把握されなかった。いや、そう信じたい。


だが、それ程までに能力があるなら、自分でも、もっとどうにかしろと言いたい。

従って、本を貸し付け、三日以内に何とかしろと言いつけた。結構スパルタだとわかっていたが、どうしようもない。


理由がわからなかったらしく、アレンは不満そうだったが、さすがに能力は高いので、(リーバー先生に言わせると、底なしなので)隠ぺい魔法は割と簡単に身につけてくれた。



今は大人しく、少女の格好で食事を楽しんでいるが、胸が痛くなるような光景だった。


今は隠ぺい魔法を完全に解いているらしい。

辺境伯の令嬢についての噂は、何一つ聞いたことがなかった。

いるのかいないのかすら口の端に乗らない。


容貌についての話も聞いたことがない。


今、辺境伯の令嬢、その人が目の前に座っている。


長い髪を解いて、髪留めで留めて、ドレスを着ている。


長いまつげが目に影を落とし、目を上げるとブルーの瞳がきらきらと輝く。


さっきから給仕の男たちがちらちらアレンを見ている。客の視線も集まりだした。


残念ながら、『アレンを女の子と認識しない魔法』は、ドレス姿の今は効力がほとんどない。


リーバー先生は、男の子の格好をさせて、『女の子と認識させない魔法』をかけておく重要性をひしひしと再認識していた。




アレンは上目遣いに先生の様子をうかがっていた。


明らかにおかしい。


これまで、先生の散らかった部屋で小言を言われるだけだったので、いきなりこんな高級レストランで食事と言う状況は、どうも変な気がする。だが、特段、文句を言う理由はなかったので、黙って置いた。



それにしても、どうして、学校で老人の真似なんかしているのか、アレンにはさっぱりわからなかった。


「食事代は……」


「おごるよ」


アレンは教師の給料がどれくらいなのか想像してみようとしたが、ダメだった。全く見当もつかない。


ここは黙って、おごられておく方がいいかもしれない。



日が暮れかける頃、二人は学院に戻って来た。


門番の目をうまく盗んで、変身して学院内に二人は紛れ込んだ。


つまり、フラフラした足取りの老人と、どこにでもいそうな少年の姿になって。


「では」


アレンは先生に、髪留めとリボンを返した。


「ええ? もらってくれよ」


「あやしいですから」


「あやしい?」


「これ、女の子用なんで」


女の子だろ?と、口から出かかって危ういところで押しとどまった。


「これ、持っていると、アレンが、女装癖のある変態になってしまいます」


それを言うなら、フローレンは男装癖のある立派な変態だと思うが、言うわけにはいかない。


「先生の部屋なら、いずれ埋没すると思います。発掘されても、多分、何かの化石だと思われるんじゃないでしょうか」


割とひどいことを言って、アレンは去って行った。




翌日、食堂で会った時、アレンは例の三人から文句を言われた。


「お前がいなくなった途端に、女の子たちがどっか行っちまって」


「もうちょっと居てくれたらいいのに!」


「ダメならダメで、別な子に声をかけてくれよ」


「勝手な言い分ですよね」


アレンが言った。


その冷たい口のきき振りに、三人は固まった。


「僕、お相手は捕まえたじゃないですか」


おおっとギャラリーがざわめいた。


捕まえたんだ。


「そりゃすごい」


誰かの声がした。


「でも、二人きりになったら続かなかったのは……」


自分達の責任だろ?と。



以来、アレンは氷の美貌と揶揄やゆされるようになった。


「違います」


アレンはバートとレッドに抗議したが、二人は腕を組んで首をひねった。


「お似合いなような」


「何がですか?」


「いや、その氷の美貌と言うあだ名」


「そんなことはありません」


「男にしとくのがもったいないな」


アレンは仏頂面をした。


無理矢理、男の格好をさせられているのだ。もったいないかなんとか、不本意なのはアレンのセリフである。

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