第12話 魔物狩りツアーに参加したい

この一件で、アレンの学内での立ち位置は決まったようなものだった。


平民と言う身分であるにもかかわらず、やたらにキラキラした美少年。


ただ、本人はそれが気に入らないらしく、嫌な顔をしている。そして、熱心に剣の授業に参加している。身が軽く太刀筋は悪くないが、いかんせん力がないので、剛腕のダルクバートンなどには軽くいなされてしまい、本人は非常に無念そうだ。


「魔法力なら誰にも負けないのに」


ちょっと保護者みたいな感じになって来たバートはあきれ顔で感想を言った。


「なんで剣にこだわるんだろう」


ただ、長いアッシュブロンドの少年がまるで踊るように次から次に剣技を繰り出すさまは、見ている者の目を惹きつけた。


「感動するな。必死なところが」


「……あと、美しい」


いつも結局は武骨なダルクバートン達が勝つのだが、カンカンと高い音を立てて何度も挑み、相手の隙を狙うも、力で剣を叩き折られたり、跳ね飛ばされて敗けを喫する彼の姿は人気だった。



結局、魔法薬やらいろいろな教師から声がかかり過ぎたので、アレンの魔法薬の担当の先生は決定しなかった。よぼよぼのリーバー老先生のままだ。


魔法の成績は悪くない。


出来るだけ繊細で、少ない魔法量で大きな成果を出す科目を選んでとっている。


本来、魔法力が少ない生徒がとるべき科目だ。


そのほかには魔法戦士の授業も取っていた。


ダルクバートンや高位貴族の面々は、この小うるさくブンブン言って、生意気にも小さな体で彼らに挑むアレンには、もはやあきれ顔だった。


その気力と早業には、確かに息をのむが、何しろ力がない。本人も悔しそうだ。



「先生!」


遂にアレンはリーバー先生の部屋に怒鳴り込みに来た。


「なんだ?」


先生は、すっかりくつろいでいた。


アレンが来るのは毎日のことなので、取り繕う気なんかまるでないらしい。

部屋の汚さと来たら、どう言う神経をしているんだろうと、アレンは不思議に思うくらいだった。

すっかり、ダレまくっていて、机の上に何冊も本やノートを置き、机の面が見えないくらいものだらけにして、更に本の上にはコーヒーカップが危うげにバランスを取って置かれていた。


そして、唯一空いている机の片隅には、スリッパごと先生の足が乗っていた。


この有様には、アレンはきれいな眉をぐっと寄せた。


「汚い……」


そしてもう一言付け加えた。


「臭い……」



リーバー先生は優先順位が決まっている男だった。


全ての物事にちゃんと優劣をつけて、重要度順に仕事をこなす。


魔法で必要なものはいつだって手に取れるのだから(たとえ別の本や紙くずや得体の知れない何かの下に埋もれていようとだ)、机の整理は彼にとってはどうでもよくて、そんなことに時間をかけるくらいなら、気に入った本や気になる情報を調べる方に時間をかけたがった。


でも、くつろぎの時間に、熱い香り高いコーヒーや、アルコールは必要だ。それから、何かつまめるものも。


本の上に、舶来ものらしい変わった硝子のグラスが乗っかっていたり、小皿の上に何かの殻が残っていたりするわけである。


そして、先生は素のまま、元々の毛の地色は濃い金髪だったから、その毛を無造作に肩まで垂らし、でかい体つきのまんま、何の取り繕いもせず子どもみたいに不満そうにアレンの顔を見た。


「臭くはないと思う」


アレンは神経質そうに、食べかすやそれからぼろのスリッパを指して、もう一度言った。


「匂う」


先生は観念して、親指を動かした。


本は元の場所に飛んでいき、ごみは集められて階下の台所やゴミ捨て場に行ったらしい。


先生の足は、どうやらきれいになったらしい。これは机から降ろされて、普通の場所、つまり床の上に置かれた。


「で、なんなんだ」


「小手先の魔法に飽き飽きした」


リーバー先生は思わずニヤリとした。


「小手先の何だって?」


「だから、魔法! もっと力を使えるのに、どうしていつも加減しなくちゃいけないのかと」


「欲求不満ですかね?」


「ダルクバートンに負けたくない」


「どうやったら勝てるって言うんだ」


アレンが一瞬黙った。魔法を使うことが卑怯だと考えているらしかった。


「再来週に魔物狩りのツアーがあるって聞いた」


アレンは言った。


「参加したい」


「一年生はダメですね」


「行きたい」


「成績がいい、力のある者だけだぞ? 参加できるのは」


アレンはますます膨れ上がった。


「力ならある」


「えー、女の子なのに? なに言ってんだろう」


途端に鋭い光がアレンの指先から放たれ、先生の頬から数センチをかすめた。


「おおっと」


光は壁に当たり、シュウゥゥと言う音を立てて壁紙が焦げてその下の板が溶かされた。


「あぶねえ。なにすんだ、アレン」


だが、次の瞬間、アレンがもう一度手を向けると壁と壁紙は元の姿に戻った。


「芸が細かいな」


先生は感心したが、アレンに触れもせず、アレンの手を拘束した。


「なにすんだ」


「いいか、アレン。お前の力は破格だ」


先生は静かに言い聞かせた。


「魔法学院、それも国中で最も秀才ばかりが集まると言うここへ来なくちゃいけなかったわけは、ここなら、まだ目立たないからだ」


アレンは力いっぱい抵抗したが、先生の魔力はビクともしなかった。


「他のお嬢様学校なんかに行っちまったら、お前はすさまじいばかりに目立つ。それこそ開校以来の天才と言われて、噂になるだろう」


「そんな所にはいかない」


「逆にあぶないからな」


先生はうっそりと笑った。


「ここでさえ危ないんだ。だから力を出すなと言われている」


「それはもう百回以上聞いた。だけど、セーブしてばかりじゃ強くなれない」


「どうして女の子なのに、強くなりたいの?」


これはアレンには答えられなかった。理由は本人も知らない。


「今だって、先生に勝ててない。もっともっと勉強できると思う。力を抑える勉強はずいぶんした。細く思うところへ力を注ぐ訓練は上達できたと思う。魔法を薄く長い時間切らさずに継続することも。でも、少ない魔法で出来るだけ大きな成果を上げたり、力いっぱい使うことで限界を超える練習をしたい」


先生はため息をついた。


「再来週の魔物狩りのツアーは、他校からも参加者が来る」


アレンは先生の顔を見た。


「変身魔法か幻影魔法を使いつつなら、参加していい。だが、つらいぞ? やる気か?」


「もちろん!」


「シャンボーム校の参加者に化けろ。女子の参加者がいるはずだ」


「え?」


「武芸の学校だが、女子の入校が認められている」


「それなら、そっちに……」


先生が首を振った。


「ダメだ。レベルが違う。お前は、シャンボーム校の卒業生と言うことにしておく。生徒だと知らない人間が混ざっていると、すぐバレてしまうからな。手配してやろう」


「あ、ありがとう、先生」



アレンがニコリと笑った時、リーバー先生はようやくまるで鉄のようだった魔法を解いて、アレンを放してやった。


「だが、誰にも言うなよ?」


「はい! 先生」



ドアがバタンと閉まった時、リーバー先生は額の汗をぬぐった。


冗談ではなかった。


アレンを押さえつけることは、半端な力では無理だった。



「まだ、子どもなのに……」


十五歳は、もう子どもではない。


だけど大人でもない。




ダルクバートンを始めとした戦闘系貴族連中は、再来週の魔物の討伐のツアーの話で盛り上がっていた。


バートやレッドは、あまり面白くなさそうな顔で、そうかといって興味がないわけでもなさそうに、騒ぐ彼らの話を横で聞いていた。


ダルクバートンは、三年生で最上級生だった。


身長は二メートルくらいあったし体重だって百キロを超えているだろう。


父親から買ってもらったと言う新しい太刀を見せびらかしていた。


「場所はここから北へ百キロほど行った場所だ」


誰もが知っていた。初心者向けの修練場として有名だった。



この世には魔物がいる。魔獣と言った方がいいかもしれない。


魔物図鑑があって、それぞれの特性がきちんと調べられていて、弱点や攻略ポイントなども整理されていた。


野生の魔物もいれば、家畜化されているものもいる。

幻影系や毒を持つ魔獣は厄介だったし、食料としても劣るので放置されていた。ただ魔力を帯びた骨や皮は使い途が多く、普通の家畜に比べてプレミアムが付いた。

とは言え、狩りは、リターンは大きかったがその分危険だったので、プロの仕事だった。

いわゆる冒険者たちである。


学院は、冒険者を生徒たちの将来の職業として推奨するつもりは全くなかったが、魔獣は少し山間に入れば何かの拍子に遭遇することがある。

対処法は必須科目だった。

それに、狩りは基本楽しい。

特に、力の強い先生方が数多くついてきてくれる場合などは、危険がまずもってなかった。

共学のシャンボーム学院からも、女子生徒の参加がある。


女性の参加者がいると言うのは、なんだかむず痒いイベントである。




数日後、学院の中庭では、魔獣退治ツアー参加者に向かって引率の先生が説明をしていた。

その大声は、リーバー先生の自室の窓ガラスさえ、ビリビリと震わすくらいだった。拡声魔法でも使っているのだろうか


「いいところを見せようなどと、決して考えないこと!」


先生方は、何やら興奮気味の生徒向かって怒鳴った。


「あくまでも魔獣の扱い方の勉強だ。危ないと思ったら、絶対に身を引くこと。わかったな?」



「わかったな?」


リーバー先生の部屋では、先生が、言うことを聞かない女騎士に向かって説教していた。


参加できるのだから、ご機嫌のはずだったが、アレンはまたもや不機嫌だった。


「この格好……」


確かにその格好は、リーバー先生も肯定しにくい恰好だった。


「どうしてシャンボール校の制服はこうなっているのですか?」


「聞くな。俺に」


なぜかミニスカート。そして編み上げのロングブーツ。


ももが、がら空きです」


腿と言うより、ミニスカートが戦闘でまくれたら、みんなどうなってしまうのだろう。ちゃんと戦闘は継続するのだろうか。


「だけど、先生、動きやすいのは動きやすい」


アレンはニヤリと笑った。そして片足を椅子の上にあげた。


せっかく見ないようにしていたのに。


「アレン! 行儀が悪い」


「すみません。先生」


アレンは脚を降ろした。とても残念だ。まれに見る脚線美だった。知らなかった。


「でも、魔獣が出てきたら、この大太刀で……」


アレンは身にそぐわないくらいデカい刀を持ち出した。


「ぐっさり……」


「アレン。毛皮や骨を傷つけないように。魔獣図鑑はちゃんと読んだんだろうな? 血が魔力を持つ種類も多い。ぐっさりって、返り血が危険な種類も多いんだから……」


「大丈夫です。特殊加工のタイツはいてます」


凄くガッカリしてしまった。なんだ。生足じゃないのか。


「そう。……なら、安心だね」


先生はかろうじて言った。当たり前か。




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