第13話 魔獣狩り 1
「先生は参加するのですか?」
アレンが聞いてきた。
なるほど、確かに本来は(?)よぼよぼのリーバー先生は、狩りの参加者名簿に載っていなかった。もっとも、それを言うなら、アレンもだが。
「え? 行かないよ?」
「あ、そうですか?」
アレンの反応は、あっさりしたもんである。
「よぼよぼのリーバー先生なんか不要だよ」
先生はひねくれたみたいな言い方をする。
アレンは、本来は若くて、口の悪い先生が、見た目ぼやんとした感じの老先生のふりをしている理由なんか知らなかったが、事情があるんだろうと勝手に推察した。
「じゃ、行ってきます」
先生は何となく、すねた感じで見送ってきた。
「やり過ぎんなよ?」
アレンは満面の笑顔でうなずいて出て行った。
魔獣狩りだなんてドキドキする。
コスチュームには問題があるが、武器とやる気には支障はない。
巷では魔獣は高値で取引されているらしい。
アレンはお金にはまるで関心なかったが、それだけ価値があるんだと思うと何か嬉しかった。
百キロをどうやって旅するのかと言うと、船と馬だった。
それには三日かかる。
船の有難いところはゆっくりだが、何もしなくても夜昼ずっと動き続けてくれるところだ。しかし、船内は狭いので、隠れるとか紛れると言うことができない。
残念だが員数外のアレンは居ないことになっていた。したがって、ずっと隠ぺい魔法・上級をかけていなくてはいけなかった。
知らないところよりはマシなので、シャンボール校ではなくて、ダルクバートンたちのいるオーグストス魔法学院の部屋にいることにした。見えないんだから、どっちにしても同じである。
「見たか? シャンボールの女子の制服」
「すごいよな」
「うん。すごい」
そりゃすごいわいとアレンも思った。
実際着ているアレンにしてみれば、胸元はすうすうするし、腿がガラ空きな感じがして、落ち着かない服だ。
でも、男子にしてみれば、きっと刺激的なんだろうなと思う。
しかし、その割には、なにか静まり返っている。おかしい。
アレンの知っているオーグストスの男子生徒はこんな人たちではない。
街にかわいい女の子を探しに行くような連中だ。
この制服なら、戦闘にならないんじゃないかと心配なくらいだ。
もっと、盛り上がってもいい筈なんだが?
「あの制服はすごく丈夫で、動きやすいらしい」
思わずアレンはコクコクと伯爵令息のガストンに向かってうなずいた。
この生徒もごつい。
「誰に聞いたんだ?」
「向こうの生徒だ。あ、女じゃないよ」
男子がいたのか! それならこんな格好じゃない方がよいのだが。男子生徒の服でたくさんだ。
「どうして、あんな制服を、あんな連中に着せてるんだろう」
あんな連中?
「俺たちより大きいんだもの」
「だよなあ……」
「しかも、強そう」
「女傑ってああいう人たちのことを言うんだなあ」
え? とアレンは思った。
アレンの理想ではないか。
「全く似合わないよなあ……」
へ?
翌朝、勢ぞろいしたシャンボール側のミニスカート軍団を見て、疑問は解けた。
確かに凄い。凄いの一言に尽きる。
彼女達の数は少なかったが、精鋭と言う言葉がぴったりくるんじゃないだろうか。
アレンは思わず感嘆の声を出しそうになった。
どうすれば、ああなれるんだろう。
たくましい腕と足。大きなウマにまたがり腰には刀を佩いていた。
目は炯々としてあたりを威圧し、ミニスカートにタイツなので太ももが筋肉で盛り上がっているのがよくわかった。
一方で男子生徒は、全員参加だそうで、体格の方はピンキリと言ったらいいのか、いろんな生徒が混ざっていた。制服もごく普通で、遠目からではオーグストス魔法学校と大差なかった。
「男子の服を着ればよかった」
アレンは心の底から後悔した。
シャンボール校の生徒の前では、オーグストス校の制服をきて、オーグストス校の生徒と一緒の時はシャンボールの男子のフリをすればいいのだ。
「かわいい女の子にあの服を着せてみたいもんだなあ」
事情を知らないオーグストスの生徒の一人が思わずつぶやいた。
「かわいくて華奢な女の子は魔獣狩りなんか無理だ」
シャンボールの女騎士が、オーグストスの生徒をからかった。
「小さな魔獣でも力は強い。見た目でまず判断が狂う。ウサギと大差ない見かけのラバンでも脚力に油断するな。蹴られて、背骨でも折られたら一巻の終わりだ」
男子生徒が黙る。ダルクバートンの仲間の高位の貴族の息子だった。
「慣れも必要だ。魔獣は危険だが、見たところは普通の獲物とそう変わらない。一見シカみたいな見かけのものもいる」
「アレギザンダーは?」
「ワニみたいな魔獣だね? あれは水辺に出る。この森にはほとんどいない。出てきたら逃げろ。火を噴くからな。それと、魔力をまき散らす。空間の感覚がゆがむ」
「退治したことは?」
女騎士が渋い顔をした。
「ない。逃げる勇気も必要だ。あれはプロの冒険者の獲物だ」
「すごく儲かると聞いたけれど?」
「もちろんだ。骨やウロコが売れる。骨は小さなものでも、魔法を使う器具のエネルギー源として半永久的に使える。ウロコもそうだ。だけどそれ以上に、血や肉が薬に使える。一攫千金だ。魔力のある冒険者が時間をかけて、捕まえる獲物だ」
「冒険者……」
冒険心をそそる話に、貴族の子弟たちは心を惹かれたらしい。
「貴族の子どもだね? そんな商売に手を出すものじゃない。領地があるなら、小麦や羊を育てるがいい」
女騎士は少し寂しそうに言った。
「私は護衛だ。これしかできないから、この仕事をしている」
いやいや、そこはもっと誇りを持ってほしい。
アレンは心底そう思った。
隠れている身の上なので、女戦士を励ませないのが辛いところだ。
だんだん狩場に近づく。
アレンは、ミニスカート姿が嫌になったので、シャンボールの男子生徒の一人の荷物から替えの制服をこっそり巻き上げて、代わりに自分の制服を突っ込んでおいた。
人によっては盗難と言うんだろうが、背に腹は代えられない。
もしかすると、盗まれた男子生徒が、盗難者だとか変態だとかあらぬ嫌疑をかけられる心配があったが、被害者が名乗り出る気遣いはないので、そこまで気にしなくてもいいだろう。
これで姿を現すことが出来る。
アレンはウマに乗って、オーグストスのチームに当たり前のように混ざっていた。
「君はシャンボールの生徒か?」
いつもは話すことなどないダルクバートンの仲間のガストンに声をかけられて、アレンは緊張した。
「そうだ」
ふうんと言って、茶色の巻き毛と茶色い澄んだ目のガストンは、顔を覗き込みに来た。
目の色と髪の色、顔立ちも少しいじって変えているのだが、ちょっとどきどきした。
「女の子みたいだな、君」
「え?」
「あ!」
ガストンは不味かったと気がついたらしく、慌ててすぐに謝った。
「いやあ、すまない。申し訳ない。失礼した。この遠征に参加するくらいだから、きっと手練れに違いない! 女性にみたいにきれいな人だと思ってしまって……」
「ガストン、失礼だろう」
ダルクバートンの重々しい声が響いた。
アレンは声の主を見つめた。
その通りである。本当に失礼だ。差別である。
女性に剣の達人などはいないと断言されたも同然だ。実はガストンは、アレンとは五分の勝負なのだ。それなら男のくせになんなんだ!……と思ったが、誰もアレンが実は女の子だとは知らないのだから、無理もない。
それを思うと、なかなかダルクバートンは、話のわかる御仁なのだなとアレンはうっかり尊敬しかけたが、次の一言で台無しになった。
「男性に女性みたいだなどと、失礼なことを言ってはならぬ」
アレンは本格的に怒り始めた。ぷーと頬が膨らんでくる。
「失礼した。まあ、美男子だという点をお褒めしただけだ。ご勘弁願いたい」
あんまりだ。だが、アレンもそこまで馬鹿ではない。
「……しばらくの間、共に戦うかもしれない相手だ。そのようなことで気を損ねたりしない」
大人な返答をしておいた。
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