第9話 ナンパと街歩き

「そう。ピートルに誘われたのか。まあ、彼ら、女の子に関心があるお年頃ですからね」


行っていいものかどうか、どうも判断つかなかったので、アレンはリーバー先生にお伺いを立てた。


「街に行っちゃいけないなんてこと、言いませんが、ピートルたちと一緒かあ」


「あの、なんで誘ってくれたんでしょう?」


「え?」


リーバー先生が聞き返した。


「別に仲がいいわけじゃありませんし」


いつもの椅子にちょんまり座ったアレンは聞いた。


今、彼女は豊かな髪を後ろに一括りにして顔を出している。


他の男子生徒に比べて、ずっと顔が小さくて、目が大きい。


うっかり二度見してしまう顔立ちである。


「ええと、女の子たちに声をかけに行くって言ってたんですよね?」


「ええ、まあ」


アレンは頷いた。


「街の女の子たちと何して遊びたいのでしょうか?」


リーバー先生は、もうなんだか痛ましくなって、顔を手で覆った。


なんでこんな女の子を誘ったんだろう。

まあ連中は男の子だと信じている。

きれいな顔立ちに着目して、女の子を呼びやすいと考えたのだろう。

いや、それこそ顔立ちだけで言うなら、街の女の子たちの中でも、この子が一番……


最も声をかけたいはずの存在を連れて行って、他の女の子に声を掛けさせる。


この歪んだ構造はなんなのだろう。


「僕が女性に声をかけて、その後、ピートルたちが遊ぶそうです。そのあとは、僕は帰ってもいいそうで」


それだけ聞くと、なんだかひどい。


アレンが全く反応していないのは、自分が女の子だからだろう。


「俺だったら、あんたと遊ぶけどね。街のどの女の子より、多分可愛い」


「なんの話ですか? 先生」


アレンがまじめに質問した。


「やー、だから、認識がどうなっているのかわからんけど、あんたの顔がかわいいのが原因だと思うね、俺は」


「かわいい……」


「女の子にウケがいいと思われたんだと思う」


「そうですか……?」


「お勧めしないけど、行くの? どうするの?」


「結構、強く言われてまして……」




結局、アレンはピートルたちと出かけることになってしまった。


「街そのものは見物しに行くべきだろうと思うよ? だけど、女の子に声をかけるって言うのはあまりお勧めじゃないような?」


何事によらず寛容なレッドさえもがそう言った。


慎重派のバートは当然反対だ。



「おーい、誘いに来たよ?」


ピートルが元気よくやって来た。レッドは自宅生だから、休みの日には学校に来ないから当然いない。

バートだけがちょっと不安そうに友の出発を見守っていた。




町へ行くのには乗合馬車を使う。


「なんだよ、乗合馬車も知らないのかよ」


ピートルとそのほかにエールとイバンが一緒だった。ピートルは言わばガキ大将で、実家の執事の子どもを思い起こさせた。


「家の馬車は使わないのですか?」


ピートルとエール、イバンの三人がそろって黙った。


「お前の家は平民だろ?」


「え? はい」


「なんで馬車なんか家にあるんだ?」


アレンはあわてた。


「貴族の皆様は、家に馬車があるものだと思いこんでいました」


「ないよ」


イバンが簡潔に否定した。


「俺んちは郷士だが、金は全くない。食い扶持を稼がなきゃいけないんで、シュリット先生のクラスに入って、軟膏つくりに励んでいる」


「軟膏つくり?」


「そう。あんたは最初から恐ろしい軟膏を作っちまったみたいだけど、あんなのはふつうは作れない。俺が作るのは一番安いやつだ。一つ五シルで売れる。うち一シルがもらえる」


イバンが言うと、ピートルが後を引き取った。


「アレン、お前もアルバイトをしたらいいじゃないか。軟膏でも胃薬でも作れるだろう。女の子と遊びたかったら、お金がかかる。花を贈ったり、お菓子を買ってあげたり、お茶に誘ったり」


「そう言うものなのですか」


故郷の城で、幼馴染のマリアと遊ぶ時には、何もいらなかったものだが、マドリーユでは違うのだろうか。


「お前、今日の役割わかっているだろうな?」


突然、疑問を抱いたらしいピートルが聞いてきた。


「え? 役割?」


何言ってるんだと言う顔でピートルは詰め寄った。


「俺が合図したら、その女の子に向かって、笑いかけるんだ。そのかわいい顔でな」


サクラですか。いや、サクラじゃなくて釣り餌の類だろうか。




馬車からは中央広場の手前で降りた。


「行くぞ?」


彼らは気負っていたが、経験不足とは言え、同じ女子としてレンは、思うところがあった。


気合十分な男子は絶対にモテない。なんだか知らないけど、レンには確信があった。


つまり、逆に、可愛い恰好をした女の子の幻影を付けておけばいいのだ。

他の女の子がいれば、警戒心は薄れる。まさしく疑似餌である。そしてピートルたちに興味があるふりをして、そしてあんまり近寄り過ぎない。恋人と思われたら、他の女の子は絶対寄ってこないだろうから。


知らない他人に声をかけるより、難易度としては下がる。自分としてはラクだ。


リーバー先生と同じことをすればいいのだ。


アレンは、自分の姿に薄く、ワンピース姿の女の子の姿をだぶらせた。


三人組は、仲間の様子より、周りを歩いていくかわいらしい少女の値踏みに忙しい。


アレンのことなんか見ちゃいない。


「今日は調子いいな」


なんと恐るべきことに、三人が三人とも町娘を捕まえることが出来たらしい。


「じゃあ、僕はこれで」


飄然と去って行くアレン。三人とも聞いていないようだった。



角を曲がったところで、「アレン!」と声を掛けられた。


ビックリして声を掛けた主を確認すると、リーバー先生だった。


「なかなかの幻影魔法だったな」


先生が言うと、アレンは思わず笑顔になった。


「先生の魔法、毎日見てましたから」


「これ、お前の正体なのか?」


「これ?」


「この女の子」


幻影を突然消すと具合が悪いので、ワンピースの女の子はまだ一緒だった。アレンとしては、人のいないところに紛れたら消そうと思っていたところだった。


「そんなわけないでしょう。本体は今の僕ですよ。それに今日は先生の方が、いつもの幻影じゃないんですね?」


「教師が、こんな町をウロウロしていたらおかしいだろう」


「そうなのですか?」


「うん。だからこっちの格好できたよ。俺の本体は誰も知らないと思うから」


「で、先生はなぜここに?」


リーバー先生は目に見えて焦ったらしかった。


「え? いや、生徒が心配だっただけだよ。お前は、男の子にしても可愛すぎる。逆に、変な女の子に絡まれたら困るだろ?」


レンには、理解しがたい理屈だった。女の子に絡まれる? なぜ?


少し離れたところでは、変な男の子たちが、通りかかった女の子たちにしつこく絡んで嫌がられていた。


「あまり心配はいらないかと」


チラリとピートル達の様子を見て、アレンは冷たく言った。


「いや、自衛団とかにうちの生徒が補導されても困るんで」


「えっ? 優しいですね? 僕、なんだかあの人たちの場合は自業自得な気がするんですが」


「俺が心配してるのは、お前だよ!」


先生が言った。


「マヌケにも一緒に捕まりそうだ。それにあいつらのために女の子を呼んできたんだろ?」


そんなにマヌケではないと言いたかったが、先生は心配して来てくれたらしいので、大目に見ることにした。


「それで? もう、帰るのか?」


「帰りませんよ。これから街を見て歩くんです」


厄介な三人組と別れたので、ウキウキとアレンは答えた。


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