第8話 将来、何になる?
しかし、アレンの隠蔽魔法はよく仕事をした。
誰かが言っていた通り、魔法はどれか一つの能力に磨きをかけるのが普通だ。そして、そのための学院でもある。
それ以外の魔法力については、当然、ゼロではないにしろ、努力を傾けないので伸びない。
感知の魔法だって、香水の種類を知らなければ、なんの香水か当てることはできないわけで、まずは香水の種類を覚えなければならない。
だが、みんながすでに知っているモノなら話は違う。
だから、魔法学院の先生も生徒も、魔力や人間自身については割と鼻が利く。アレンの魔法力が膨大だと入学当初にバレてしまって、隠蔽魔法を身につけるよう厳命された所以だ。
「感知魔法を極めれば優秀な医者になれる。感知魔法を極めれば、診断をつけやすいからな。だけど、病気について勉強しなくちゃいけない」
バートが悩むように言った。
「医者になりたいかどうかが問題になるわけだ」
「記憶力が必要だしね」
「そう。新しい病気が出てきたら、それについて常に知っておかなくてはならない。誤診は禁物だ。人の命を預かる仕事はやっぱり覚悟がいるよ」
「魔法薬は基本的には売り物だから、商売になるものを作らないといけない。あと、量産できる体制を考えなければ」
レッドは、よく聞くと商人の子どもだった。
「伯父は勇敢な魔法騎士で叙爵している。魔法騎士に憧れて、僕もここへ来たんだが、魔法騎士の方は諦めた。でも伯父はそれでいいって言うんだよ」
「魔法騎士は、働ける期間が短いからね。ハードワークだから」
「アレンほど突出した魔法力があれば、量産体制なんか考えなくていいから、楽じゃないか。金持ち相手に、ものすごく高い軟膏とか、飲み薬を作ればいい。単価が高ければ割に合うよ」
「ううむ」
正直、アレンは高貴なる辺境伯の一人娘である。兄はいるが。
かしずかれ、大事にされてきた。
儲ける話とか、将来設計とか考えたことがない。
「ダメだろう、それ」
アレンが将来の仕事について何も考えたことがないと告白すると、レッドが説教してきた。
バートはうっすら笑っている。
「魔法剣士は、脈がないみたいな言い方だな」
アレンが怒ったふりをして言ってみた。
かっこいい……それだけで選んだ職業だったが、色々と問題はあるようだ。
「侯爵家のダレン様みたいだったら、魔法騎士にぴったりだと思うよ」
バートが言った。
「大柄でいかにも逞しそうだし、大体貴族の職業って限られてくるよね。御領主様か宮廷に仕える文官か、騎士か。騎士が一番多いと思う。名誉職的なところもあるし、実際、戦争になったら絶対に必要だ」
「戦争?」
昼休みの食堂は、ただのおしゃべりもあったが、バートやレッドのように将来を考える比較的重い話も話題になった。
隣のテーブルで馬鹿笑いしているのは、ピートルたちだろう。きっと、女の子の話題だ。
軽い話題は好きだけど、女の子の話題はダメだ。どんなタイプが好き?とか聞かれたら、答えられない。
「戦争ってあったっけ?」
「歴史上、戦争はしょっちゅうだけど、今現在はないな。辺境の魔物は、辺境伯の騎士たちが常に退治しているから」
「辺境に行く人材が少ないんだ。田舎だって言うしね」
「でも、魔物より戦争の方が被害は大きい。十年ほど前には隣国との間に大きな戦争があった」
「リューシャを巡る争いだね」
歴史に出てきていた。
座学だってやっている。
リューシャは地方の名前で、領有権を巡って何度も争いが起きた場所だ。
「魔法戦士は大活躍した。どう言うわけか南の地域には魔法力を持つものが少ない」
「いや、そうは言っても、この国でも魔法力を持つ者の数は減り続けている。入学人数自体が減少傾向だ」
「へえ?」
アレンの郷里には、魔法力を持たない者の方が少ないくらいだ。
「混血が進んでいるからだって、教わったよ。魔力は半分の子どもにしか伝わらない」
「そうかと思うと、祖父母の代に魔力があっただけの家の子どもが突然魔力持ちだったりする」
「へええ?」
「君のところもそうだろう。ほとんどの平民の子どもは魔力を持たない。君も苦労したんじゃないか? 魔力持ちは平民では驚かれるから」
「魔力があることがわからなかったらしくて……」
この頃、嘘をつく機会が多いとアレンは冷や汗をかいた。
学院に通い始めて、最初の頃はよくわからなかったが、女の子なのにまるで平気だったのは、平民で寮に入っている者が自分以外誰もいなかったからだ。
寮はそれなりに大きいので、多分、昔はもっと大勢がいたのだろう。
平民の魔力持ちが少ないので、今は入寮者も減ったに違いない。
「魔力持ちは出世することが多いから、叙爵することも多いよね。平民でも貴族になるので、その時点で貴族の魔法力持ちになってしまう。もう平民じゃない。平民の魔力持ちが少ない所以だ」
バートの解説には納得である。
そして死ぬ気で覚えろとハッパをかけられた隠蔽魔法は、学院内の着替えで成果を発揮した。
後になってから、リーバー先生には感謝した。口には出さないけど。
なにしろ、先生はアレンを見るときはいつも口をへの字に曲げているからだ。文句がありそうだ。
「そうだね。将来の仕事かあ……」
アレンはつぶやいた。辺境伯のお城にいた頃は、自分が何かの仕事をするだなんて考えたことがなかった。
「冒険者なんかどうだ、冒険者。街でさ」
アレンとバートとレッドは、一斉に顔をあげて、話しかけてきた連中を見た。
隣のテーブルから悪ガキ三人が引っ越してきた。
ピートルと仲間二人だ。これまで話したこともない。
「ねえねえ、アレンちゃん」
親玉のピートルがいきなりアレンに話しかけてきた。
「今度、一緒に街に出てみない?」
「街?」
アレンもびっくりしたが、バートもレッドもびっくりしていた。
「バートは級長だからお堅いし、レッドは通学生だから、毎日街から通ってるよね? だけど、アレンちゃんは、田舎のラサ出身で寮住まい。マドリーユの街に出たことないでしょ?」
ない。確かにない。
「街は面白いよ? 今度一緒に行こうよ」
なんで誘ってくれたのだろう?
キョトンとしてピートルを見つめていると、ちょっとピートルが顔を赤らめて照れ臭そうに笑った。
「そうそう。その顔。絶対、女子に人気あると思うんだー」
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