第4話 侯爵家の令息ダルクバートン 

翌朝、アレンは、バートやレッドと一緒に、残念な座学を受けていた。つまり、じっと座ってお勉強だった。


アレンは先生の言うことなんかまったく聞いていなかった。


彼女は手元の教材に夢中だった。

それはとてもきれいな版画刷りで、地図が載っていた。


「ここがマドレーユだ」


地理の授業だった。先生の声が聞こえてくる。


マドレーユ。そこがアレンの今いる場所だ。


マドレーユは港町だ。


海を隔てて、いろんな国に船で行くことが出来ると言う。


一方で、アレンが出て来た山間の地方も、大きな方の地図に載っていた。


ビストリッツは北の地方だ。辺境の地だ。その先は未知の領域と言うことになっていた。


「魔獣と魔物が出ると言われている。ビストリッツ辺境伯が治めている」


西にも東にも国は連なり、南にも海を隔てて国は広がっていた。




「アレン!」


バートが誘いに来た。


「お昼だよ。食堂へ行こう」


そう言うと彼はさっさと教室を離れた。


「ね? 僕の魔力どう? そんなに感じられる?」


バートに追いつきながら、アレンは聞いた。バートが首を傾げた。


「そう言えば……昨日みたいなことはないな」


一応、ゆうべ、本は読んだのだ。最終ページまではたどり着けなかったが。少なくとも『初級』までは読んだ。


呼吸に気を付けること、手の平を他人に向けないこと、そんなことでも抑えられるらしい。


「昨日のは、きっと気のせいだよ。僕、そんなに魔法力があるとは思ってない」


食堂でレッドとも会い、一緒にご飯を食べながら、アレンは熱心に言った。


「でも、君は紹介状を書いてもらって入学したんだろ?」


揚げ肉団子を具にしたシチューの深皿をせっせと空にしながら、レッドが聞いた。


ちょっとアレンは危機感を覚えた。あの量を空にする自信は自分にはない。今に身長も体重もレッドに抜かされてしまいそうだ。


「紹介者と言っても知らない人の名前だった。誰か親戚なんだろうか? 魔法力は確かにあるけど大したものではないと思って暮らしてきたよ」


「それは平民なら仕方ないな」


話に割り込んできた者がいた。見覚えがある。昨日、リーバー先生に負けていた侯爵家の令息だ。今日は取り巻きを連れてきていた。


「これはダルクバートン様」


何事にもそつのないバートがにこやかに対応した。


「バート、お前の家は曲がりなりにも郷士だろう。こんな平民と仲良くすることはあるまい」


「仲良くすると言いますか……。新入りがどんな生徒なのか、知っておかねばなりません。ご承知のように、わたくしは、生徒の言わば世話役ですので」


ダルクバートンと呼ばれた侯爵家の子息は不満そうにアレンを眺めた。


「よぼよぼのリーバー爺に負けたところを見られたのだ。おい、小僧」


小僧とは、多分、アレンのことだろう。

アレンは出来るだけこの男と関係したくなかったが、仕方なくて顔を上げた。


意外なことに、ダルクバートンが黙った。


「子どもじゃないか」


「十五歳になりました」


ムッとしてアレンは言い返した。だが、ダルクバートンは一瞬黙ったのち、言い返した。


「……生育が悪い」


自分は麦じゃない。生育とは何だ。


「次はよぼよぼのリーバーに必ず勝つ」


ダルクバートンは、アレンの顔を見ながら宣言した。


「……はい」


仕方がないのでアレンは返事した。


リーバー先生の正体が、もしかしたらダルクバートンを越えるかもしれない大男なのはアレンしか知らない秘密だ。


どうして、ダルクバートンは、アレンなんかのところへわざわざ来て、宣言して帰るんだろう?


威風堂々と侯爵家様ご一同は、教室を出て行く。


「……僕のせいで迷惑だった?」


それを見送りながら、ポツリとバートに聞くと彼は苦笑いした。


「違うよ。気になったんだよ、君のことが」


「え? なんで?」


バートは困ったようにアレンの顔を見た。


「ダダ漏れなんだ。昨日よりマシだけど、君からは妙な気が漏れてるんだ」


そうか。しまった。


リーバー先生の言う通りだ。


「それからね……」


ちょっとためらったのち、バートは言葉を続けた。


「きれいな顔してるよね?」


え? と、アレンは思った。


「気になっだんだろうな」


アレンはドン引きだった。


まさかバートとレッドも?


「いや、それはない」


ものすごく否定されて、アレンはホッと息をついた。


「僕は単に君の魔力の渦が気になっただけだから」


「あ、僕は君の妙な魔力の深さが気になったんだ」


レッドがニコニコしながら割り込んだ。シチューの深皿は空になっていて、彼は今はコメの料理に挑んでいた。


「僕には感知能力がないのかな?」


アレンは、あったらいいのになと思いながらつぶやいた。


「あるさ。みんな、持っているよ」


真面目になってバートが解説してくれた。


「少しずつね。どの力も少しはみんな持っている。だけどどの能力が優れているか、あるいは何に本人が興味を持つかと言うことは別問題だから」


「そうそう。俺……ではなくて僕んちは、誰も魔法力がなかった。親戚の伯父さんがこの学院の出身で、魔法力があって、僕に気がついたんだ。それで、ここへやられた」


レッドがしゃべりだした。


「僕は魔法剣士にあこがれた。みんな最初はそうだ」


アレンはちょっとブスッとした。自分も同じかもしれない。とにかく剣に携わりたいと言う希望があった。


「でも、ダメだった。僕は、剣は全く才能ゼロ」


「でも、魔法の能力があれば……」


「むろん、魔法力はある。だけど、剣の腕が壊滅的でうまく乗せられない。それに小柄だし」


アレンは渋い顔で頷いた。


アレンは女の子だ。身長と体重にはあまり期待できない。筋力にもだ。


「これから大きくなれるよ、レッド。君の両親は大きな人だそうだし」


バートが軽い調子で口を挟んだ。


「まあ、それもどうでもいいんだ。だって、魔法薬の方に才能があったからな」


「魔法薬の才能ってどんな感じ?」


アレンは純粋に興味があって、レッドに聞いた。だが、バートが代わりに応えてくれた。


「才能って、見えるもんじゃないよ。説明を聞いてもわからない。僕だって、才能がある。たいしたことのない才能だけどね」


「感知能力」


レッドがバートの才能の名前を教えてくれた。


「どんなモノなのか、性能がどういったものなのかがわかる。人間相手でもね。こいつ向きの能力だ」


「あまり言わないでほしいな」


苦笑いをしながらバートが言った。


「みんなが知っている」


レッドが言った。


「ダメだ。知られていい能力と知られたくない能力があるだろう。僕の能力は知られたくない方なんだ。わかるだろ? みんなが警戒する。魔法薬つくりは全く秘密にする必要はない」


「よい魔法薬つくりになれば、金が稼げる。僕の場合は、みんなに知ってもらいたいくらいだよ」


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