第3話 ダグラウス先生
先生はアレンの目の前を、背を曲げてトボトボ歩いて行く。
アレンはその姿をじっと見つめた。
何度見てもおかしい。
今まで、他の生徒たちが先生を年寄り扱いしてきたので、アレンも最初から白い髭の老先生だと認識していた。
だが、こうやって後ろからよく見ると、先生の姿は二重に見えた。
すっと背を伸ばし、ゆっくり歩く堂々とした若い男と、それにかぶさるようにフラフラと左右に揺れながら動く老人の姿。
魔法の力?
途中でアレンはハッと気づいた。
だとしたら、よほど高度の魔法だ。
幻影を常に伴っている。
それもどちらが本物なのか、わからないくらいの。
(多分、本体はブロンドの若い男……)
見せたい姿の方を、生徒には見せているはずだ。
つまり、生徒たちの認識が老先生だと言うなら、老先生は仮の姿なのだろう。
長い廊下の最後の部屋のドアの前で、先生は振り返った。
「こちらへ」
担当教官のリーバー先生の部屋だった。
仮の姿を使っている先生だと思うと、警戒心が先に立った。
「邪魔だから早く入りなさい。レン」
アレンは驚いて顔を上げた。
レン?
ドアが閉まると、当たり前のように老先生の幻影は消え、気まずそうな表情の、大柄な男が残った。
「ダグラウス・リーバーだよ」
先生は自己紹介した。
「まさか見破られるとはね」
「えっ?」
「君の表情が変わったよ。ちょっと君の力を過小評価していたらしい」
先生は身振りで座れと椅子を示した。
アレンは、ちょまっと椅子に座った。
先生の部屋は、いかにも男性らしく、すごく適当だった。
要するに汚い。
本が何冊もページを開いたまま、大きな木の机の上に重ねて置いてあったし、その上には何か書き散らした不揃いな形の紙が乗っかっている。座れと言われた椅子の背にはシャツや上着が掛かっていて、アレンとしてはちんまりすわるしかなかった。
そしてソファーの上には毛布が散乱していて、どうやら彼はここで寝起きしているらしかった。
アランの視線に気がつくと、リーバー先生は投げやりに説明した。
「あー、めんどくさいんだよね。宿舎は別にあるんだけど」
先生がどんな生活を繰り広げていようと、アレンが気にする必要はないので、黙っておいた。
「で、君の魔法の授業だけど」
先生は他の椅子が全部モノでいっぱいだったので、自分の机の片隅にお尻を乗っけて座った。
座っても見上げるような偉丈夫で、顔立ちは整っていたが、目も口も鼻もみんな大きかったので、アレンは萎縮した。
「まず、君は隠蔽魔法を覚えよう」
「隠蔽魔法?」
何から何を隠すと言うのだろう?
「君自身だよ」
先生は言った。
「先生は、自分の姿を老人の姿に変えておられましたね?」
「うん。だけど、あれは幻影の魔法。君が覚えなきゃいけないのは隠蔽の魔法。別物だよ」
先生は説明した。
「君の魔法力はダダ洩れだ」
つまり、どんな素人にもなんとなく感じ取られるくらいの量なのだと言う。
「もちろん、素人と言っても、魔法力が皆無の人間には感じ取れない。だけど、ここは魔法学院だからね」
「バレると何かまずいのですか?」
「別にまずくないかもしれないけど、自分は普通じゃないですと知らせて歩くのはどうかと思う」
アレンはびっくりした。自分は普通じゃないの?
「君の力を利用したい悪い人間だっているかもしれない」
先生は付け加えた。
「そして、君は全くの無防備だ。魔法を使いこなせていない」
それは今日一日、授業を見て歩いて、アレンが痛感したところだ。
「君が魔法を極限まで極めていると言うなら、どんなにお知らせして歩いても構わないと思う。まあ、必要があればだけど」
アレンは、どこか嫌味っぽく聞こえる先生の言葉を、黙って聞いていた。
「そうでないなら、ただ危険なだけなんだよ」
危険。
「この学院には、強力な防護の魔法がかけられている」
先生は漠然とそのあたりを指した。
「学院内にいる限り、生徒は安全だ。人さらいなんか絶対に出ない。なぜなら、王が守っているからだ。魔力だけでは足りない」
「魔力では対抗できないのですか?」
「そう言う意味ではない」
先生は言った。
「力とは魔力だけではない。王は魔法騎士団を抱えている。武力だ。構成員はここの卒業生たちだ。それから、お金。魔法以外にも力はいろいろある。権力とか外交力とか。バックに王権があるから、安全だと言う面もあるのさ」
先生は本を渡した。
「君の両親から、君のことは頼まれている。思ったより魔法力が強いので、一人前になるまで面倒を見て欲しいって。まずはこの本を読んでおいてほしい」
「両親をご存じなのですか?」
アレンは、パッと顔を上げた。
「ああ」
先生はうなずいた。
「辺境伯には、昔お世話になった。だけど、そのことは秘密だ。君のこともね。知っているのは、私だけだ。他の先生方も学院も知らない」
「どうして秘密にしているのでしょう?」
先生は困った様子だった。
「なぜなんだろうね? でも、ここは男子校だし、入学してしまった以上は仕方ないな。とにかく、魔法力を完全に隠蔽することが先だ」
自分は幻影の魔法を完ぺきにできないくせに先生は命令した。
「一週間、いや、二、三日中にモノにしてくれ」
自分の寮の部屋に戻って、アレンは不本意ながら本を開いた。
どうもあの先生は好きになれない。
高圧的だし。アレンのことを、辺境伯の子だと知っていると言うのもなんだか嫌だ。
「娘だって知っているのかな?」
それも気になった。
今日、知り合いになった同級生のバートとレッドはなかなか良さそうだった。
上手くやって行けそうだ。
ダルクバートンとか言う侯爵家の令息は、かなりの剣の腕前だった。それに剛の魔力が相当あった。
あんな力があればいいのにとアレンはうらやましく思った。
全てをなぎ倒す力が欲しい。
それはアレンの夢だった。
「女の子の持つ夢じゃないよな」
幼馴染のキースには笑われたし、全く理解できなかったらしいマリアには完全に無視された。
アレンは、でも力にあこがれていた。剣はかっこいい。
だが、あのダルクバートンに、リーバー先生は軽く勝利していた。
魔力は薄くしか乗せていなかったのに。
「あれ?」
自分は魔力の多寡の判別が出来ていたのだろうか?
もしかして先生は、隠して魔力を大量に乗せていたのだとしたら?
これはダメだ。勉強しなくてはならない。
相手の力のほどがわからないようでは勝てないではないか。
バートは感知能力があると言っていた。自分はどうなんだろう。どんな能力があるんだろう?
だが、色々ありすぎて疲れた夜だった。
アレンは手元の本に集中しようとしたが、ついうとうとと眠ってしまった。
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