第2話 レンと言う少女

アレンが教室に案内されて、入って来た。


「アレン・ディーです」


緊張したようすの、痩せて背の低い少年が挨拶すると、大勢の少年たちはじろじろと彼を眺めた。


本当にきれいな顔をしている。


長い髪を三つ編みにして後ろにまとめているのは、男の子にしてはちょっと変だったが、これだけ顔がきれいだと、どうでもよくなってしまう。


それ以外は全く普通だった。


洗いざらしの平民らしい服と、丈夫そうな布製のカバンを斜めに掛けているのは平民の生徒がよくやっているスタイルだった。


裕福な商人の息子や、貴族の子弟はそのなりを見るなり、大体のところを察したらしく、ある者は興味なさげになり、ある者は、逆に目を光らせた。だが……


平民の特待生と言うくらいだから、どこかに相当な才能を秘めているはずだが、これだけ細かったら、おそらくそれは魔法力の方なのだろう。


これはちょっと様子見だった。


もし、膨大な魔法力を秘めているとしたら?


「すぐにわかるさ」


授業は多岐にわたる。その中で実力はおのずと知れてしまう。


隠すことなど、不可能。


なぜなら、結局ここはあらゆる意味でプロの集まり。生徒もだが、先生がだ。




「そこの空いている席に座りなさい」


白い長いひげが特長のダグラウス・リーバー先生は、口髭の中からもそもそと言った。


レンことアレンは、黙って先生の指し示した席におとなしく座り、周りをうかがった。



学校には教養のための座学と、武芸の実技と乗馬の訓練、魔法の授業がある。


アレンはまずは、座学の授業を受け、武芸と乗馬、魔法は見学させてもらってから、クラスを決めるように担任のリーバー先生に言われていた。


リーバー先生は、かなりの年寄りに見えた。歩き方もよぼよぼしていた。

他の生徒たちも、足元がおぼつかない様子のリーバー先生のことを、軽視しているようだった。


「では、三十二ページを開けて」


アレンは算数の教科書に目を落した。



ペラペラめくってみた。


簡単だ。


最後までめくっていって、レンは、こっそりと周りを見回した。


何人は熱心にリーバー先生の授業を聞いているが、何人は寝ていたし、何人かは興味なさげに視線をうろつかせていた。


一人の黒い目の少年と目が合った。


彼はアレンを観察していたらしい。


彼はニコリと笑って見せた。


緊張していたアレンはちょっとほっとして、その少年の顔を見た。



休み時間に話してみると、彼はバート・マッコイと言う名の中肉中背の賢そうな少年で級長だった。つまりクラスの世話役だと言うことだ。


「そんなこと、高位の貴族様にお願いするわけにはいかないしね」


軽い調子で彼は言って、立派な服を着た、もう青年と言ってもいいような体格の生徒を指した。


「ダレン侯爵家のダルクバートン様だ」


ダルクバートンは、たまたま教室の外の廊下を通りかかっただけだった。

だが、偉い貴族の例に挙げるなら、多分学内で筆頭の彼がピッタリだろう。


ダレン侯爵のことは聞いたことがある。もちろん今は平民のアレンだから、知らないことにしなくては。


「侯爵様ですね。マッコイ様は?」


照れたようにマッコイは笑って、バートでいいと言った。


「僕の家はただの郷士だ。つまり貴族の家ではない。しかも次男だからね。少しだけ魔力があったのと、学校でいろんな人たちと顔見知りになれば何かいい仕事に就けるだろうと親がここへよこしたのさ」


ニコニコしながら丸っこい感じの赤毛の少年も寄って来た。


アレンは同世代の少女たちの中では、背も高ければ肩幅もがっしりしていた。自分では少々引け目に感じていたくらいだ。だからこそ、剣にも手が伸びたし、周りの男連中とも練習を積むことになったのだが、実際に男子校に紛れてみると、身長はとにかく、横幅に関しては、どうにもこうにも細すぎる。


この赤毛の少年は、アレンより背は低くて小柄だが、どう見てもアレンよりたくましい感じがする。


やって行けるだろうかと不安を感じてしまった。


「ギャリー・ロシェットと言うんだ。みんなレッドって呼んでるよ。この髪のせいでね」


なるほど、燃えるような赤だった。だが美しいとアレンは思った。


「剣はさっぱりだが、魔法力、特に魔法薬に才能があるらしい」


「らしい?」


アレンは聞きとがめた。


「僕には魔法力は人並みにあるらしい」


レッドは説明した。


「だけど、どっちの方面に適性があるかは人それぞれなんだ。やってみないとわからない。いろいろ試してみて、本人が好きで得意な分野に進むことになる」


「なるほど」


アレンはうなずいた。


「僕は(僕は、などと言うのはかなり恥ずかしかったが)、魔法より剣の腕を磨きたいって言ったんだ」


アレンは言った。


二人は驚いたようだった。


「本気なの? アレン」


バート・マッコイは少し大きな声で聞いた。


「僕には多少なりとも魔法力がある。君の体からは何か渦巻くような魔法力を感じるんだけど?」


「渦巻くような魔法力?」


アレンは首を傾げた。


「僕には、なにかぼうっとしたものが感じられる。たいていの場合、底が知れない感じを受ける魔法力は、力が多いからだとされている」


「そ、そうなの?」


「レッドの言うとおりだ。君は剣より魔法の方が適性があるのじゃないかな?」


アレンはちょっと失望した。

剣の才能はないらしい。



昼は食堂で食べることになっていると言う。なかなか豪華な食堂だった。


アレンの館の大聖堂くらいの広さはある空間だった。


バートとレッドのほかにも、意外にも平民なのにアレンのところには何人かの少年たちが物珍しそうにやって来た。


「第一学年から第三学年まである。第一学年はほとんどが一般常識の学問と基礎の武芸や魔法の基本だ。第二学年からは勉学の道を選ぶか、武芸に秀でて武人になるか、魔法の道を選ぶか」


「魔法戦士は最強だ。かっこいいよね」


レッドが割り込む。


「攻撃魔法に適性がないとダメだけど」


そこでレッドは少しがっかりした様子を示した。


「魔法薬はうまく作れるんだけど、攻撃になると、ものを飛ばすとか当てるとか、そう言う魔法力が必要になる。でも、僕は物を動かす能力がないんだ」


「バートは?」


バートは肩をすくめた。


「全然ダメだ。僕の魔法能力は感知能力だ。何かが存在する。そのものの状態や特性を把握できる」


「僕は……魔法力があるのかどうかさえ分からない」


アレンは当惑して言った。


「剣は両親は使い手だった。だから、それにあこがれてここへ来ただけだ」


バートは妙に光る眼でアレンを見つめた。


「じゃあ、午後の授業が楽しみだね」



乗馬の授業は楽だった。


アレンは散々ウマに乗っていたからだ。


剣の授業も彼女はそこそこやれることがわかった。


「そう。違う、そうじゃない。アレン、踏み込みが速すぎる。脇が隙だらけだぞ」


問題は魔法力だった。


森深い辺境では至る所に魔法があった。


アレンが住む館では、台所の火も魔法で起こされていたし、鍋の移動も掃除も魔法だった。


弓を射て、軌道を変えるのは日常茶飯だった。


もちろん、とんでもないところに向けて矢を射ることはおススメではない。大幅な軌道修正は魔力を食い過ぎる。

だが、後わずかのところなら鹿にしろ鳥にせよ、命中させた方が楽ではないか。


実家の競技大会でそれをやったら、もちろん失格になる。周り全員が魔力持ちだ。瞬時にバレてしまう。


だから、アレンは初めて見る魔力の授業にびっくりして口がきけなくなった。


生活魔法、魔法薬、魔道具、攻撃魔法(狩猟を含む)とクラスは多かった。と言うのは、そのそれぞれの科目が基礎から応用まで細かくクラス分けされていたからだ。

バートともレッドとも別れて、目を真ん丸にしながら、アレンは各クラスをのぞいた。


どの魔法もアレンは一通り使うことが出来た。

だが、魔法の使い方を、ここまで系統だってきちんと細かく定義したことはなかった。

また、こうしたらこうなるとか、どこに集中して効力を高めよと言った勉強はしたことがなかった。


つまり、これまでのアレンの魔法は、粗削りで、はっきり言って魔法力の無駄遣い。


必要なところだけに、必要最小限の魔法を注入すること、目的をはっきりさせ、どこに魔法力を注入するか、その考えと技術がアレンには全くなかった。


ものすごく興味をかき立てられた。


魔法力を効率よく使うことが出来るなら、もっと大きな力が振るえる。


剣も弓も、魔法力を乗せて使うことが出来る。破壊力倍増だ。


アレンは侯爵家の御曹司ダルクバートンの実技を食い入るように見つめた。


ダルクバートンの身体的なバカ力は明らかだった。そこへ、魔力を乗せていく。


対戦相手は先生だ。ブロンドで筋肉隆々とした若い男だ。

勢い込むダルクバートンに比べ、魔力の乗せ方は薄い。


それなのに、ダルクバートンの大力と過剰ともいえる魔力は簡単にはじき返された。


「おおっ」


小さな感嘆の声が出た。


「リーバー先生の刀返しだ」


周りの誰かが言った。


「あんな年寄りなのに。いつももごもご言っているくせに、この技だけは、誰も破れない!」


かなり悔しそうだった。ダルクバートン本人もだ。


「リーバー先生?」


アレンは対戦相手の先生の顔を見た。


朝、見た時は白髭の相当年配の先生だと思った。

だが、違う。

今、先生はブロンドだった。濃いブロンドの髪、濃い青い目、筋骨たくましい、むしろ若者だった。


アレンはあっけに取られて、ダルクバートンより先生の方を見つめた。


途端に先生の姿がゆらりと揺らめいて、白い髭と少し背中の曲がった年寄りの姿に戻った。


「私の技はこれだけだよ」


先生はそう言うと、剣の道具を片付けるように生徒たちに言いつけると、アレンの方に向かって来た。


「見学は一通り済んだんだね? 君に合いそうなクラスを決めよう」







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