第18話 サーカス

そんなわけで学校生活に新たな決意と熱意をもって挑むことになったアレンだったが、あの研修以来、事情は変わってきていた。



まず、ダルクバートンがちょこちょこ遊びに来るようになったことがある。


「ええと? クラスも違いますし、侯爵家の御曹司とお付き合いできるような身分ではありませんが?」


「学内は平等だ」


そう言われると一言もない。


とはいうものの、ダルクバートンが来ると、フィデルもガストンも一緒に来るのである。


「授業の後、剣の練習をしないか?」


「あ、お願いします」


「そうだ。弓矢や投擲物の実習、見に来ないか?」


「え? 見に行っていいんですか? よろしくお願いします」


剣のダルクバートンと、投擲物のガストンは満足そうだ。


振り返るとバートがいじけていた。


「僕も遠見のクラスあるけど、見に来る?」


「え? だって僕、わかんないし。一回見に行ったじゃん」


「なんだよ。高貴の身分の方々から声を掛けられたら、ホイホイついていくのかよ」


「そういう訳じゃ……」


なんだかめんどくさいことになって来た。



ダルクバートン達が、なぜ声を掛けてくれたのかよくわからなかったが、ピートルたちがやっかみ半分教えてくれた。


「ダルクバートンの初恋の君に似てるんだと! 男のくせに。ダルクバートンも気味が悪いな!」


「それを言うなら、ガストンもだ! シャンボール校の男装した女子生徒に一目ぼれだってさ!」


アレンは呆れて一瞬後れを取ったが、ピートルにむかって怒鳴り返した。


「街まで行って、声をかけた女の子はどうなったんだ? すぐに振られたのか?」


「……ッ! や、やかましい!」


ちょっと周りの生徒がこっちを見ていた。


元の席に帰ると、バートが笑っていた。


「元気だなあ。まあ、威勢が良くて楽しいけど」


アレンは荒々しく椅子に座った。


「あんなこと言う方がどうかしてるよ。まったく」


「アレンは、ダルクバートンの味方か?」


バートは、元気なさそうにテーブルに突っ伏している。こっそり、注がれる視線にちょっとヒヤッとしたが、アレンは気がつかなかったふりをして、元気よく答えた。


「ダルクバートンって、いいやつだよ。仲間思いだし、別に侯爵家を鼻にかけているわけじゃないし」


「ふーん」


そこへレッドがやってきて、隣の席に座り込むとアレンに紙を差し出した。


「アレンにシュリット先生からだよ。上級授業に来ないかって」


「魔法薬の?」


「そう! 僕も今度のクラス編成で上級に変わったんだ。一般的な薬の授業は終わったから先生が認めた場合は、クラスを変わって、好きな種類の魔法薬の勉強に移ってもいいんだ」


「へえ、そうなの?」


「そう。君はここへ通いだしてから四ヶ月くらいだと思うけど、他のみんなはちょうど半年だからね。先生の評価で、クラスを変わっていいんだ」


「全科目そうなんだ」


アレンは机にゴチンと頭をぶつけた。


「知らなかったよ」


剣の授業の後、名前を呼ばれて、何人かは紙を渡されていた。あれがそれか。

そして、アレンは名前を呼ばれなかった。つまり、そう言うことだ。


「仕方ないよ。体格がものを言うもの」


「くやしーい!」


アレンは本気で叫んだ。


「もう、魔法で体を変えられないのか?」


「やめなよ。見かけだけ変えるんなら、その間中、魔法の負荷がかかって大変だし、不可逆的に変えるとなると医療の領域だから」


バートが心配して本気で言った。


「もう、魔法戦士になりなよ」


「ダメです。基礎能力がないと、魔法戦士にはなれません」


アレンが腐って言った。


「将来どうしよう」


バートがニコリと微笑んだ。何か言いたげに口元がちょっと動いた。


(そう言えば、先生がこいつは卓越した感知の能力の持ち主だって言ってたな。最初からバレているんだ)


誰かの嫁になれと言いたいんだろうな。


ムカッとした。


「魔法薬の授業を取って、薬屋にでもなるか」


レッドがムカッとしたらしく言い返した。


「薬屋にでもって、バカにするな。頑張って薬屋になるんだ。大変なんだぞ? 魔法力さえあればいいんじゃないんだ。ちゃんと、値段と売れ筋を考えて作らないといけない。それに魔獣の魔法のもとをどこにどう活用すると効率的とか、いろいろあるんだ。魔法力のない人間だって魔法薬を作れるように工夫しなきゃいけないんだから」


「そうか」


「そうだよ。勉強はやらないとな!」


「どこかで店をやるとかいろいろあるよな?」


「てか、お前、何のために学校来たんだ? 俺なんか、始めっから薬屋になろうと思ってたよ。もちろん魔法戦士になりたかったよ。もしかしたら、万一にも才能があればなあって思ってたけど、やっぱりカケラもなかったもんなあ」


「そっかー。僕は何も考えてなかったよ。魔法力があればどうにかなると思ってた。それに魔法戦士かっこいいもんな。だけど、それがダメなら、他を考えなきゃだもんな」


「ちょっと、待て。アレン、お前は魔法力が半端ないぞ? 最初に魔法薬作った時のこと、考えてみろ?」


バートが注意した。


「あれはまぐれだ。今の僕からは、そんな魔法力、全然感じ取れないだろ?」


「今じゃ何も感じ取れないよ! まあ、元々、俺は感知能力ないけど」


レッドが陽気に答えた。アレンが魔法薬の自分のクラスに入ることが単純に嬉しいらしい。


「そうだよな。ダルクバートンに、遊んでもらえたらそれはそれで光栄だ」


そう言うのはちょっとばかり苦しかったが、アレンは、思い切ることにした。


いつかは学校を出て行かなくてはならない。

そして、おそらく家には戻れないだろう。

それなら、ここで、友達を作って、生活基盤を整えた方がいい。

どうも先生の話によると、マドレーユは反国王派らしい。その方が好都合だ。


なぜなら、おかしなことだが、自分は会ったこともない国王の王妃になるよう狙われていると言う。


(問題は王妃に何をさせようとしているかってことがわからない)


どちらにせよ、自分で自分をどうにか出来るようにすることは大事じゃないだろうか?




「そうなの? 魔法薬ね。まあ、お前なら、何でもできるだろうし、気を付けるべきことは出来過ぎの万能薬なんか作らないことだな」


「医学とは別なの?」


「うん? 治癒魔法のことか? そのためには、別の学校に行かなくてはならないが……そっちに行くと王家にバレてしまうのでいけなかったんだ。転校は可能だが」


それはそうと……と言って先生は、ダンスパーティの日程を出してきた。


「商人相手だから貴族は参加しないし、学校の生徒もこんな会には来ないから安心だ。今度、服を作りに行こう」


「え?」


「ドレスないよね?」


「ありませんが、お金もありません」


両親から仕送りが送られてくることはなかった。なぜなら、送金をたどられるわけにはいかなかったからだ。今なら、その意味がわかる。


「お金がないので、ドレスなんか作れません」


「俺が買ってやる」


「そんなことはお願いできません」


「かまわん」


またもやアレンは、教師の給料って、いくらなんだろうと悩むことになった。


そして、休みの日ごとに街に出て、ドレスのサイズ直しをやり、デザインを選び、アレンはとても面倒くさかったが、先生はとても楽しそうだった。


「そりゃだって、隠蔽魔法も変身魔法もいらないし」


先生は大柄で、ブロンド頭の若い男だった。


ものすごく気楽そうで、明らかに街の雰囲気を楽しんでいた。


「若い女の子と一緒って、楽しいなあ」


「僕は、男の子ですけど」


「学校ではな。まあ、気分だけでも、楽しいな」


アレンの念願の買い食いもしたし、別な高いレストランに行くこともあった。



「あ、アレン、ほらあそこにサーカス来てる」


「サーカス?」


「そう。魔獣を飼い慣らしたんだ」


「へえ?」


街の人たちは魔獣を実際に見ることなんかない。

彼らの生活のもとだと言うのに、その目つきは単純な好奇心しかなかった。


「見て行こうか?」


我知らずアレンはうなずいた。


アレンは、ラバンとラバンイーターしか魔獣を見たことがない。


他の魔獣ってどんな感じなんだろう?



見世物小屋には人だかりがしていた。


『魔獣ドラゴン お一人様十シル』


看板の文字に強い興味をそそられた。



みんな同じような気持ちなのだろう。


最初はネズミに似た小さな魔獣、次は血吸いコウモリだった。


「血を吸われないようにご注意くださーい」


血吸い蝙蝠は、テントの空間を自由自在に飛び回り、客をキャアキャア言わせた。


「大丈夫。腹一杯になっているはずだ。反対側に、小屋がある。戻りたがっていると思う」


血吸い蝙蝠は大反響だったが、お次は、布を被せられた大きな箱が出てきた。


「本日のメインの魔獣でございます! これこそ本物のドラゴン!」


中にいたのは大型の魔獣だった。


「へえ、ドラゴスかあ」


「え? ドラゴンじゃないんですか? わかるんですか?」


「うん。一見、ドラゴンみたいだけど、ワニみたいな魔獣だね。それでも大概厄介だけど。睡眠魔法をかけられてる」


ドラゴスは、餌を見せられると、大声で吠えた。


満席の観衆は震え上がり、あちこちから大きな悲鳴が上がった。


アレンも震え上がった。


「ず、随分大きな声なんですね」


先生は笑って言った。


「睡眠魔法をかけられているって言ったろう。あれ、本物じゃないよ」


「えっ?」


「効果音だよ。本物の吠え声はあんな声じゃないし。あれはドラゴンの吠え声を真似したものだ」


先生は続けた。


「ドラゴンの吠え声を聞いたものは、ほとんど死んでしまうから、あれは遺体に残された録音機から再生されたものだと思うよ、多分」


「ドラゴンの声を聴いたら死んでしまうんですか?」


「魔獣百科を読むといい。色々書いてあるから」


アレンは先生をちょっとだけ尊敬の眼差しで眺めた。


あの部屋の有様を見ていると、尊敬の念なんか湧くはずがなかった。

汚かったし、全く身の回りを構いつけない。ヒゲだって伸び放題だったし、風呂も適当だった。


熱心にしていることときたら、本を読み漁るくらいで、授業は担当していなかった。放課後の剣の授業の時だけ、たまにやってきて、生徒をうちのめすので、それで評判が水面下に落ちないよう、ようやく保っていると言った感じだった。


でも、本当は色々博識で、実力ある先生なのかもしれない。


見せ物は偽ドラゴンの吠え声が最後で、終わりになった。


「十シルにしては見応えがありましたね」


アレンは大興奮だったが、先生は笑った。


「マドリーユだから、お金が取れるけど、隣の大陸のノワルでやろうものなら、大笑いだろうよ」


「ノワル?」


「そう。冒険者の街だ」


「そんなものあるんですか?」


「うん。隣国だ。魔獣を捕ることで生活が成り立っている。冒険者の国でもある」


聞いたことがあるような名前だ。


「そりゃそうだ。魔獣の体、骨や皮、毛を供給してくれる。それが、魔道具のエネルギー源だ。なくてはならないものだが、ここらの人はあまり意識していない。後進国だと思っているらしいな」


アレンはそんなものかと思ったが足が止まった。


目の前に、ダルクバートンが立っていた。




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