第17話 知らない婚約者

「君はこの国の国王を知ってるよね」


「授業の中でなら」


アレンは答えた。


正直なところ、それしか知らない。歴史上の人物と同じ程度の扱いだ。


「国王は長い間、魔力のある女性を探していた」


「なぜですか?」


「理由は知らない」


先生は答えた。


「だけど、それはもう十五年くらい前からの話だ。魔力が欲しいのだと言われている」


アレンは先生の顔を見た。魔力が、魔法の杖ではないこと、つまりなんでも願いを叶えるものではないと言うことを、この先生はアレンに教えてきたような気がする。


「魔法薬は便利ですよね。それから武器は魔法で強くなる。魔道具は確実に生活を便利にした」


「勿論そうだ」


魔法は、とてもありがたいものなのだ。


学院に来て、アレンはそれを痛感した。



ビストリッツ領内において、魔法は人の力で行うものだった。


だけど、ここマドレーユは大都市だった。そしてこの街に住む人々の大半は魔法力を持っていない。

それなのに、ビストリック領の人々と、同じくらい、いやそれ以上に魔法力を使って便利な生活を送っている。


魔獣がポイントだった。魔獣の魔法力を奪い取っているのだ。


魔獣を狩れば、大きな見返りがある。そう言った便利なものの原料になるのだ。


そして、冒険者たちという名前のハンターたちの多くは、実際には冒険をしているわけじゃない。彼らのうち、最も優秀な者たちは、魔獣を組織的に狩っている。

計画的に、帳簿をつけて、きちんと管理しているのだ。


「じゃあ、魔法学院は、あんまり必要性は高くないのですね」


アレンががっかりした様子だった。


「そんなことはない。新たな魔法薬の開発や、魔道具の開発に魔法学院は欠かせない。研究機関として重要だ。目立つのは魔法戦士の存在だけどね」


先生は言った。


「人はカッコよさや、勇敢な話を好む。魔法戦士は誰よりも強い。みんなの憧れになれる」


「でも、今の話だとそれだけですよね」


アレンの言いたいことはわかる。よほどの戦争でもない限り、本当の意味での活躍の場はないだろう。


そして、いよいよ本気の戦争になった時、個人プレイなんか意味を持つのだろうか? 魔力を持たなくても、多くの歩兵の存在が命運を決めるのではないだろうか。


「歩兵と武器の存在は大きいけれど、それは一面だろうな。誰にも予想できない、とびぬけた力を持つ魔法戦士はその存在だけで戦況を一変させる可能性を持つ」


アレンは目を輝かせた。


アレンはもっとその話を聞きたかったが、先生は話したくないらしかった。


「魔法学院の意味は、魔力のある者たちを集めることだ。魔獣じゃない。感知の能力なんて人間以外が持っていても意味が少ない。それに新薬の開発や、新しい魔道具の開発は魔力のある人間でなきゃできない。少なくとも開発の速さが違ってくる」


「職業学校みたいだ」


アレンはがっかりして文句を言った。面白くもなんともない。


「そのほかに貴族階級の者にとっては大きな意味がある。箔が付くからね。神から認められた特別な人間、そう言うことだ。魔法力のある貴族は多い。ダルクバートンなどは領民から尊敬され、国家からも一目置かれる立派な領主になるだろう。魔法力のあるなしは、そう言った部分で役立つ」


私には?……とアレンは思った。


誰にも知られない破格の魔法力。


「もし、知らせたかったらいくらでも方法があった。それどころか、普通にやっているだけで、ものすごく目立っただろう」


アレンは先生の顔を見た。


「天才とほめそやされ、特別扱いされ、更にはビストリッツの辺境伯の令嬢ともなれば、結婚話も引く手あまただろう。その筆頭が現在の国王」


アレンはビクッとした。


「国王には多くの庶子がいる。作らないわけにはいかなかったのだ。血を残さねば、国が乱れる」


言葉が沈殿していく。


「だが、どうしても待たなくてはいけなかった。彼の予言書によると……」


「予言書?」


「そう。真偽のほどはよくわからない。未来のことを書いてあると言うなら、それは予言書だろう。いつか膨大な魔力を持つ女性が生まれる。その方を王妃に受け入れると言うのだ」


アレンは嫌な予感がした。


「それが……私だと言うこと?」


先生はうなずいた。


「国王が予言書を持っていることは大ぴらにはされていない。知るものは少ないだろう。君の両親は予言書なんか信じなかった。だが、国王に逆らうわけにもいかなかった。君の幸せを第一に考えた時、果たして、国王が言うまま、あなたを差し出していいものかと」


アレンはこの学校に来る前のあわただしさを考えた。


「それじゃ、僕がここへ来たと言うことは?」


「カモフラージュ……そう言うことだ」


先生はうなずきながら答えた。


「ここは男子校だ。まさか女の子をここへ置くとは思うまい。君の両親は……」


両親は驚くほどの剣技の持ち主で、右に出る者は誰もいないと言っていいくらいだった。

その素晴らしさは、領地内にとどまらず、広く知られていた。


「それ以上に清廉潔白な人柄でも知られていた」


先生が言った。


その通り。両親は野心的でなかった。


「だから、君のことを隠した」


「隠した?」


「国王の感知能力は相当なものだ。むろん、国王自身の感知能力の話ではなくて、国王お抱えの能力者たちが優秀だと言う意味だ」


「バートのような?」


「そう。もとをただせばバートのような。だけど、バートよりもっと優秀だろう。なぜなら鍛錬と経験を積んでいるから」


アレンは逃れようがない気がしてきた。


アレンのような小娘が、そんなプロ集団相手に何が出来ると言うのだろう。


「両親は君を魔法学院に預けることにした。国内最大の魔法学院だ。どんなに突出した魔法力の持ち主だったとしても、全体で見れば、おそらく紛れてしまうだろうと。王都から距離もある。いくら遠見の者どもでも、距離があるとよくわからない」


そんなにしてまで、国王を忌避する意味が分からなくなってきた。

国王のことは立派で尊敬すべき人物だと言っていたではないか。


「陛下はうんと年寄りなのですか? それとも、性格が耐えられないとか?」


先生は首を振った。


「確かに君の相手にしては、少々年上だ。三十代だと思う。人物としては、賢明でむしろ狡猾だ。王としてはこの上なく優秀で……」


そこで、ちょっと先生は詰まった。


「三十歳を回った今でも、そこそこ美男子だと言われている」


それほどの悪条件とは思えなかった。ましてや王家だ。両親がそれほど忌避する意味が分からなかった。自分が国王を好きになるかどうかという問題までは頭が回っていなかったが。


「単に妻として差し出せば済む話だったのではないですか?」


先生はアレンの顔をじっくり見た。


「そうかも知れないね。でも、もう遅い。君はここへ来た。君は自分の運命を人に決められたかったかい?」


「いいえ」


答えはするりと出た。


「多分、国王は君の存在が明らかになれば、いつでも王妃として迎え入れると思うよ。もう、何年も正妃を迎えるよう臣下から進言されてきた。それをずっと断り続けている。もし、君と言う人材が王妃として手に入るなら、すぐさま結婚して王家の中に閉じ込める。予言書とやらには、何か国王にとって重要なことが書かれているのだろう。その中で、きっと、君は重要な役割があるのだろう」


先生の言い方にアレンは不安を感じた。


その話に個人の選択は何もなかった。人が物のようだ。決まりきった逃れようのない道みたいに聞こえる。


先生はアレンの顔をじっと見つめている。


バートやダルクバートン、フィデル、レッド、ガストン、魔法薬の先生などの顔が浮かんだ。


みんな笑ったり、冗談を言ったり、つまらない事で言い争いになって、その後それを忘れて、テストの問題を一緒に予習したりしている。


なんてかけ離れた世界なのだろう?


「ぼ、僕は……」


アレンは声を出した。


「しばらく、ここにいたいです」


先生がうなずいた。


「いくところがない。ビストリッツは監視されているのでしょう?」


「多分そうだ。遠見の者どもが見張っていると思う」


「ここなら、安心なんですね?」


「目立つなと言うことはそう言うことだ。誰が、国王のスパイなのかわからない。まあ、見当はついているが」


「先生!」


「大丈夫だ。だから、私は変わり者の老爺なのだ。誰にも関心も持たれない。魔法量は隠ぺいしている。この部屋だって、一番端だ。誰も前を通らない」


「先生は僕のために?」


「違うね。俺はこの生活をもう五年くらい続けている」


「つらくないですか?」


「命には代えられないんでね」


アレンは呆然とした。この先生は誰なんだろう。先生はどんな事情を抱えているのだろう?


「前に目立つなと言ったな?」


「……あ、はい」


「理由はわかったな?」


「はい」


「せめて、シャンボール校の男子生徒のふりをしてくれて助かった。それから、全員のもとに帰るまでに隠蔽魔法・上級をかけて、存在を消していたしな。狩猟に長けた先生は多く参加していても、通信ができる者はいなかっただろう。バレていないことを祈るよ」


それから先生は笑って、ぽんとアレンの方を叩いた。


「しばらく学生生活を堪能するといい。だけど、毎日、俺に魔法をかけてもらうためにここへ来ることは忘れないようにな」


「あの、先生、その魔法はどうして自分ではできないんでしょうか? そうすれば、先生に手間をかけさせる必要もないですし」


先生は半目になって笑った。


「それはね、知らないものについての魔法はかけられないんだ。中身を知らないモノは、名前を聞いても実際に知るようにならないとわからないのと同じ理屈さ」


「じゃあ、その中身を教えて下さい!」


「だめだな。君、知らないから」


「だから教えてもらえば……」


「全然、わからないくせに何言ってる。いつかわかると思うけど、手に負えなくなってからでないといいね。今はかけてもらっていた方が無難だよ」


アレンはむくれた。まるで子ども扱いだ。


「あ、そうそう。どうしてもって言うなら、今度、街の商工会が自由参加のダンスパーティをするから参加しよう」


「なんですか? それ。先生の魔法となにか関係あるんですか?」


「あるある。俺は付き添いになっててやる。危ないことがあれば、見ててやるから。もう十六になるんだろ? 本当なら王都に出てデビューしている年頃だ。ダンスパーティも何もないだなんてかわいそう過ぎるし」


「かわいそうって何なんですか。僕は剣が振るうことが出来れば十分です」


「かわいそうになあ。男からきれいだの、かわいいだの言われてチヤホヤされるお年頃なのに」


「先生、キモいです。行かなくて大丈夫です」


「そんなこと言わずに、マドレーユの反国王的な商工会のメンバーを見に行こう。知り合いになって悪いことはないと思う」


アレンは黙った。


「両親がなぜここを選んだか、理由の一つだな」











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