第16話 人間失格

もどったら、案の定、リーバー先生に散々叱られた。



先生に叱られることは覚悟の上だったが、まさか本当に手が出るとは思わなかった。


「リーバー先生、僕は本当は辺境伯の令嬢なんですよ?」


拳骨で殴られた頭を抱えながら、思わず生理的に出た涙が浮かんだ顔で訴えてみた。


「なに、都合のいい時だけ、ご令嬢ヅラする気だ」


先生が吠えた。


「ラバンイーター、けし掛けるだなんて、引率の女騎士に同情するわ」


「けしかけたなんて。向こうからきたんだもん」


「お前が挑発しなかったら、向かってこない」


「別に大したことない敵だったもん」


「いいえ! 大したことあります! なぜかというと、死肉喰いは基本金にならないから!」


「え? 結構強いのに?」


「そう! 結構強いのに、たいして金にならん。だから逃げろと教えられている。素人丸出しですね」


道理でエマリンが嫌がったはずだ。


「そうか……」


「まあ、今回はラバンイーターで良かったね」


「え?」


「ちゃんと魔獣百科読んでからいけよな、遠征」


先生がジロジロ見ている。


「なんか他に問題が?」


「ラバンは初心者の相手としては最適だ。弱いし、一匹が倒されたら、他の連中は逃げていく。だけど仲間意識の強い種類は、倒されたら、倒した相手が死ぬまで襲ってくる種族もいる」


「げえ」


「その声のどこが令嬢なんだ」


アレンは黙った。


「ちゃんと読んでからいかないとまずいな。見学だけのはずだったろう」


「そんなつもりは無い」


「それにしても、付き添いの先生のいうことを全然聞かないって、何様のつもりなんだ」


怒られた。


「世の中、思うほど甘くない。今回だって、ずいぶんダルクバートンたちには迷惑かけたようじゃないか」


そんなことはない。


ラバンに襲われて苦戦していたところを助けてやったのだ。


「違うだろ。お前はフィデルよりずっと感知能力が高いはずだ」


アレンは黙っていた。


「だから、どっちの方向に行けばラバンや魔獣がたくさんいるかわかっていたはずだ」


「魔獣の気配の種類をよく知らないから」


言い訳してみた。


「感覚で魔獣かどうかくらい分かるはずだ。だけどラバンの巣に向かっているのを止めなかった。数だって分かってたはずだ」


「数が多くても、ラバンは最弱ですよ」


先生は頷いた。


「遠征の獲物としては最適だ。先生はわかっていて、ラバンのいそうなところを選んで行ったはずだ。だけど、巣は避けるべきだった。当然だ。一匹狩ればそれで良かったんだ」


「全員無傷だったんだから、問題ないですよ」


「ダルクバートンやフィデルたちにとってはそんなことなかったはずだ。十分危険だった。まさかお前は彼らが弱いから仕方ないとか言うつもりはないだろうな?」


まさに口からでかかかっていた一言を先に言われてしまった。

だって、ダルクバートンが弱いのがいけないのだと。


「お前の方がずっとずっと強いのだ。そして、そんなこと、自分でよくわかっているくせに」


先生に怒られた。


最初から、分かっていると。


「平民扱いされて、クラスも下のクラスに入れられて、力を抑えることばかり教えられて、正当に評価されないと鬱憤が溜まっているのかもしれないが」


先生は割と酷かった。アレンの心を正確に言い当てて口に出す。


「だからって、弱いことがわかっているダルクバートンたちを嘲笑うかのように、ラバンの巣に連れてって、大混乱に陥らせてなにが楽しいんだ。お前は、守る側の人間なんだ。守られる側じゃない」


「でも、ダルクバートンの方が剣の腕は……」


「それが、お前がダルクバートンのチームの入った理由か」


自分では気が付かなかった理由を言い当てられて、アレンは硬直した。それから赤くなった。


「実戦に入ったら、お前の方が圧倒的に強いに決まってるだろう。だけど、ダルクバートンは立派な人間だ。お前よりずっと立派だ」


「なんでそんなことを言うんです、先生」


アレンは呟いた。


「ダルクバートンはラバンを殺したのは自分じゃないとちゃんと言ったそうだ。それに、仲間を守ろうとした。暴走するどこかのバカも必死で止めている」


アレンはダルクバートンが自分を羽交い締めにして止めようとしてくれたことを思い出した。


「責任感のあるやつだ。さすが侯爵家の跡取りだけある」


アレンだって、それくらいの責任感はある。だけど、ダルクバートンを見ていると、ちょっとそれくらいと思ってしまったのだ。剣ではいつも負けっぱなしだった。


「剣だけじゃないからな」


魔法力の方が大事だと言ってくれるのかと思ったら、違っていた。


「人間としてどうかって問題だよな」




リーバー先生なんか大嫌いだといったら、先生はそれなりに傷ついた顔をしていた。




学院では、遠征の研修に出かけたダルクバートンのチームを表彰しようという動きが出ていたが、ダルクバートンが辞退したという噂が流れていた。


そのせいで、ダルクバートンは一種の英雄みたいな扱いになっていて、ちょっとアレンはイライラした。


「大したことなさそうなのに」


昼時に、食堂でみんなにラバン退治の話をせがまれているダルクバートンたちを見た時、思わずアレンは口走ってしまった。


バートがびっくりして、それから物柔らかに微笑んだ。


「僕らには関係ない話さ」


その時、人影が割り込んだ。


「ねえ、君。アレン君」


すぐそばから、話しかけられて、アレンはびっくりした。


生徒が一人そばにいた。


ガストンだった。


「ラバン退治の話に興味あるの?」


「いえ。ありません」


アレンは思わず、真っ正直に答えてしまった。


慌てたバートが服の裾を引っ張っている。


高い身分の御曹司に失礼だと言いたいのだろう。


「いえ、その、ないというより、僕たちには魔獣退治なんかとても手の出ない遠い話ですので」


「そんなことないだろ。君の魔力は傑出している」


「まさか」


このまさかは、バレてないはずだ、のまさかである。

魔力はキチンと封じ込めている。もう失敗はないはずだ。


「そうなの? 俺は確かに感知能力はないんだけど、僕の知ってる女性に似てるんだ。なんだか、特別な何かを感じるんだが?」


本気なのかなんなのか、ガストンは茶色の目でアレンを見つめている。どこかに何かの面影を探しているかのように。


だが、すぐに諦めたらしい。

彼は謝った。


「いや、ごめんね。男の子なのに」


気味悪い。



「いやー、まあ、君が女の子に見えるのは、ある程度仕方ないしね」


頬杖をついたバートが笑った。


「怒ったらごめんね。かわいいからね」





こうなったら、どんなに嫌いでもリーバー先生しか頼るところがなかった。


「可愛く見えなくなる魔法ってないでしょうか?」


「えー、その件についちゃ、どっかの女騎士様のことをブスって言ったそうじゃないか」


「すみませんでした」


アレンは素直に謝った。


「まあ、お前も色々と鬱屈する場面ばかりだからなあ」


先生はお茶を出してくれた。


「仕方ないな。俺が一緒に行ってやれれば良かったんだが」


「なんの話ですか?」


「だから、例の遠征の練習」


「どうして?」


「だって、前に言っただろう? 俺が毎日、お前に男の子に見える魔法をかけてるって話」


そんな話あったっけと、アレンは首を傾げた。


「うん。忘れているかもしれないけど、毎日会わなきゃいけないのは、そのせいなんだ。いまだに担任の先生が決まっていないのもね。担任の先生が決まらない件は、アレン争奪戦の結論が出ていないのが主な理由だけど」


「はあ」


「遠征に出ている一週間の間に、どんどん魔法の効力が落ちてきたんだと思う。きっと、そのままでは女の子にしか見えなかったと思うんだ。ガストンやダルクバートンは、チームで一緒になった女の子の行方を探している」


「え?」


「本当です」


「男の子じゃなくて?」


「男装した女の子にしか見えなかったって言ってる。骨格が全然違うって」


アレンは肩を落とした。


「あんなに一生懸命肉ばかり食べているのに」


「それは、肉が好きだからだろ。だけど所詮無駄だと思う」


本当に実もフタもない。


「まあ、とにかくあの二人は幻の美少女を追っている」


面倒臭いことになった。


「今日、食堂でガストンに話しかけられました」


「そう。どうして気がついたんだろうね。こんなこともあろうかと強目に魔法をかけておいたのに」


うんざりしたように先生は言った。


「バートにも言われた」


先生は目を見開いた。


「バート?」


「うん」


先生は机の上から、汚いソファの方に引っ越した。


話は長くなるらしい。


「ああ、バートなら、最初から気がついていたんだろうな」


「えっ?」


「だって、彼は感知能力が高い」


「えっ?」


「お前は全般に魔法力が高いが、一つの能力だけならお前を凌ぐ者もいる」


先生は説明した。


「この学院内で、能力という点で言うなら、バートは突出している。彼の魔法力は本物だ。あとダルクバートン」


「そうなんですか?」


「だから、きっとバートは君のことを分かっていて近づいたんだと思う」


バート……


黒い髪と黒い目の落ち着いた少年だった。


「好奇心で?」


「それは……理由は分からないが、彼は賢い少年だ。色々と感知していると思う」


アレンはあることに気がついた。


「先生! 先生のことも気がついているかも?」


リーバー先生は首を振った。


「俺には関心がないと思う」


「なぜ?」


「だって、接することが少ないんだもの。それにヨボヨボの年寄りの先生なんて、興味がないだろう。かわいい女の子は別だけど」


「だから、年寄りの先生のフリなのですか?」


「まあ、そうかもね」


アレンは鋭い目で先生を見た。初めてリーバー先生を見たような気がした。


先生はなぜ、年寄りのふりをしていたのだろう?


どうしてみんなから、無視されるように仕組んでいるのだろう?


学院内の誰も知らないのだろうか?彼の正体を。



アレンの感知能力が特に優れているのかどうか、自分では分からなかったが、リーバー先生からはけっこうな力を感じる。


自分ほどではない、と自惚の強いアレンは思うが、経験や魔法をうまく使う技術とかそう言ったもので、先生は自分より大きく優っている気がする。


「なあ、魔法力があると言うことはいいことじゃない。むしろ不幸なんじゃないかって思う時があるよ」


先生はそう言った。


「ここも長くないんじゃないか」


長くない? どう言う意味なんだろう。

誰にとって?と言う疑問が顔に浮かんだ。


「だって、お前さんにとっても、いつまでも自分を隠し続けているのがしんどくなってきてるんだろ?」


「僕がここに来たのは、魔法の細かい使い方を勉強するためで……」


「勉強はできた?」


アレンは考えた。細かく細く長く魔法を使う方法は鍛錬を積めた。魔法薬はずいぶん作り方を覚えた。感知魔法は遠くや広く、あるいは地中や水に対する場合など、いろいろな対象に魔法を使う術を勉強できた。


剣は熱心にやったが、あまり伸びなかった。腹いせにこっそり魔法爆弾や、ものに魔力をのせる練習はだいぶんやった気がする。


魔獣に出会ったのは大きな経験だった。


友達はあまりできなかった。どうもアレンの態度が悪かったらしい。


「でも、正直、男の子なんかわからないわ」


つらつらと考えて突然アレンは、城にいた頃の口調で話し始めた。


先生がびっくりして、アレンの顔を見ていることに気がついたけれど、素のままだとこんな話し方なのだ。


「私にはわからない。どうしたって親しくなりにくい。女の子同士なら……でも、剣の好きな女の子は少なくて。それに魔法力のある女の子も少なくて」


「他のことはどうよ。前に一緒に食事をしに行ったことがあるでしょう?」


「街に行ったのは楽しかったわ」


考え考えアレンは言った。


「学院がダメなのかな?」


先生も考えながら言った。


「アレンはどうして男子校にこなくちゃいけなかったか、理由を知りたくない?」


「え?」


先生は知っているのか?


「知っている……と言うより推察している」







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