第15話 魔獣狩り 3

アレンの声に全員が驚き、アレンの目線を追った。


「おおっ」


女騎士が声を上げた。


「よくわかったな。ウサギの魔獣だ。ちょうどいいな。だけど……」



女騎士はアレンに向かって剣をしまえと言った。


「狩りは投げ道具が主だから。習っただろう?」


アレンは赤面した。この実習への参加資格がなかったので、授業には出ていなかったのだ。


ちょっと憐れんだような仲間の視線が痛かった。


アレンは剣を渋々下ろし、他の連中は投擲用の石つぶてのようなものを袋から取り出した。


「うまく魔力で誘導しろ。来るぞ」


草むらの動きから、何かが来ていることは確かだった。


焦った誰かが石つぶてを投げた。


「ダメだろ。ちゃんと相手の場所を感知してから出ないと当たらない」


ガサゴソという音が大きくなって、近づいてくるのがわかる。


草むらから飛び出したそれは、魔獣にしてはとても小さい種類で、危険度も低そうだった。


大きさは犬くらいで、確かにうさぎに似ている。目が赤く毛皮は黒と茶色の混ぜ混ぜで、短い前足と長い後脚をしていた。


焦ったフィデルが石を投げたが、届かなかった。


「焦らないで」


落ち着いた様子で、ダルクバートンが石を投げ、その軌道は彼の魔力でウサギの額を目指して飛んでいった。


「よし。簡単だろう」


ウサギは額を割られたらしく、そのまま動かなくなった。


全員が大急ぎでそばに寄ろうとした時、先生役の女騎士がいった。


「気をつけて。死んだふりをしているだけのことがあるから。剣でトドメを刺して」


今度は、フィデルが剣を手にして慎重に近づいて行って、首を切った。


「よし。よかったな。みんなでよく観察して、この実習は終了……」


「ちょっと待って……?」


アレンが振り返った時には、周りには大勢のウサギ型魔獣が彼らを取り囲んでいた。


「ウサギだらけだ!」


女騎士の顔が歪んだ。


「投げろ!」


全部で十匹はいる、とアレンは計算した。


女騎士を含めて人は六人。


「石を投げろ!」


女ん騎士が叫んだが、アレンは投擲用の武器を持っていなかったので、なす術がなかった。


焦ってメチャクチャに投げる者、石を取り落とす者、冷静に投げる者。


だが、結構ウサギは近くまできていたし、本物のウサギと違って、爪と牙は鋭そうだった。

あと必殺ウサギ蹴りは、命に関わるらしい。


アレンは剣をちょっとだけ上向けた。


別に石なんかいらない。


かわいそうなリーバー先生にお見舞いしたものと同じものを、ウサギ型魔獣の脳天にガツンとかませばいいだけだ。


それにアレンは目は良かった。

誰が冷静に石つぶてを投げていて、誰が泡を食ってメチャクチャをしているのかアレンには見えていた。

これだけ混乱していたら、少々の無茶も気づかれないだろう。


「あの先生、意外にダメだな」


かなり焦っているらしく、自分も石を投げていたが、うまく当たっていなかった。


「じゃあ僕が代わりに……」


感知能力というものは、意外に大事だった。


アレンには、どこにウサギがいるのか、どちらに向かっているのか、見透せた。


「おっと!」


今まさに、フィデルに噛みつこうとしていたウサギの頭に一撃を喰らわし、先生の背後に迫っていた別のやつもノックダウンした。


なぜ、一番強いやつを感知できるのか、よくわからなかったが、ダルクバートンには三羽というか三匹の悪鬼のようなウサギ型魔獣が迫っていた。


そして、なぜ、自分には一匹も向かってこないのか。


「暇じゃないか」


ダルクバートンの巨体が邪魔だ。反対側に、二匹いるのだ。


「面倒臭いなあ」


剣先から、光の塊が二つ続いて出る。それは器用にダルクバートンの足を回り込んで、ウサギを狙った。


「ギッ」


「ウサギが鳴くなんて聞いたこともないぞ?」


まあ、こいつらはウサギじゃない。ウサギに似てはいるが、ずっと大型だし、はるかに危険な何かだった。


パッと振り返ったのは、ウサギではない別の魔獣が近づいていることに気が付いたためだった。


アレンは頰を緩めた。


「さしずめクマといったとこかな」


アレンは舌なめずりした。


ウサギなんてつまらない。


ガストンが手こずっていた別のウサギを一撃で倒すと、アレンは謎の魔獣に嬉しそうに目を凝らした。


凝らしたのだが、


「ダメえ。撤退よ、撤退!」


女騎士の悲鳴に近い叫びが空気を震わせた。


「あれはダメ。ラバンイーターだわ!」


なんだ、それは?


魔獣の授業に出ていなかったアレンは呆気に取られたが、他の連中はウサギが全滅したのでホッとして大きく息をしていたのに、顔色を変えて、先生の叫びに反応した。


「早く! ラバンなんかどうでもいいから」


よくない。せっかく倒したのに。初戦利品である。


アレンは、狙いを定めた。


なんだか知らないけど、やって悪いことはあるまい。


今は、手元に石つぶてがあった。

フィデルが取り落としたものだ。正規品だ。本当はなんて名前なのか知らないが、ちゃんとした狩用の武器らしい。使ってもいいだろう。


さっきはどさくさに紛れて、多分使っちゃいけない光ツブテ?で倒してしまったが、あれは後でバレたら、リーバー先生に叱られると思う。でも、これなら大丈夫だ。


「何してるの! ストーンローグじゃ歯が立たない」


先生、うるさい。


「止めろ!」


ダルクバートンの百キロの体躯が、後ろから抱きついてきた。


「ラバンの血の匂いに釣られてきたんだ。ラバンみたいに人間目当てじゃない。死肉食いだ。手に負えない」


「冒険者なら?」


「狙われて、仕方なく応戦するだけだ。ラバンみたいなE級じゃない。Bクラスだ。歯向かうと、敵意を察知して向かってくる」


あ、それじゃもう無理。


……とアレンは思った。


アレンの好戦的な雰囲気を、やつは感じ取っているに決まっている。


「大丈夫だと思うよ?」


「なんの根拠だ、それは。このバカ」


「ははは」


アレンは思わず声を上げて笑ってしまった。


ダルクバートンの罵倒が嬉しいだなんて。


ただ、羽交い締めにするのはやめて欲しい。手が使えない。


「手を離してくれよ」


「わかってくれたか。さあ、早く……」


アレクは、もうすっかり嬉しくて、ダルクバートンが手を離した途端、力一杯、石つぶてを投げた。




ダルクバートンも、フィデルもガストンも、女騎士も、それから残りの名前を覚えられなかった二人も、それこそ目を点にして、石つぶて…ストーンローグの行方を追った。


アレンにはその化け物の気持ちの悪い外容がよく見えていた。


目は、真ん中に芯があって、他の魔獣と同じように赤みがかっている。


「お……意外にしぶといな」


石つぶてくらいでは倒れなかった。



仲間の視線は今は、アレンに向かった。恨みがましく、何余計なことしてくれてんだの目つき。


周りは非難轟々だった。


「あんたのせいで……ちょっとかわいいと思って、大目に見たら……」


「可愛いだなんて見ていらん!」


アレンは大声で叫んだ。


石つぶては、死肉食いを本気にさせたらしい。怒りが伝わってくる。フィデルが小さく悲鳴をあげた。


アレンは愛用の剣をスッと抜いた。こっちの方がずっといい。


「やめなさいよ! 剣なんか何の役に立つって言うの?」


女騎士のエマリンが金切り声を上げた。見た目は筋骨隆々なのに、地金は割と女らしい。


薄く細い光の矢が剣先から飛び出していって、いとも軽々と魔獣の首を締め上げた。


それは魔獣の首の周りから離れず、気管を押しつぶした。窒息死だ。


血も出ない。材料を傷つけずに残すいい方法だとアレンは考えたのだ。


聞こえないような超音波の叫びがビリビリと空気を満たし、それでも力を緩めなかったアレンは、自分のことを実に立派な人物だと認定した。


細く長く……。その努力がここで実を結んだのだ。


「力一杯の上限を上回ることはできなかったが、臨場感は味わえた」


アレンは満足そうに呟いた。



「なに、なに言ってるんだ?」


「勉学の成果が出たと……」


「なんだとお?」


フィデルと女騎士が、怒り狂って詰め寄ってきた。


「お前、ちゃんと魔獣退治の授業出てたのかあ」


「あれ、倒しちゃダメだって聞いてたのかあ?」


「ど、どうしてダメなんだ?」


「倒せないからだよ、このバカ」


「歯向かうと、こっちを殺すまでしつこく追ってくるんだ! 早く逃げよう。気配が薄まった今が逃げるチャンスだ」


「もし、他のチームを襲い出したらどうしよう。冒険者に依頼しなきゃいけなくなるかも」


「いや、倒しただろ?」


「え?」


「気配、もうないだろ?」


「け、気配?」


五人は恐る恐る、森の向こうに目をやった。なにも見えないだろうに。


光の綱は、今はもう光っていないが、白い紐状になって魔獣の首に巻き付いている。

あれをアレンが引っ張れば、魔獣は森から引き出せる。


でも力が必要だ。ヒモの件を問い詰められたら、面倒だし。


女騎士の顔を見ると、取り乱したせいか顔には涙の跡が残っていた。


「ブス」


思わず、正直な感想を言ったら、平手打ちを食った。


「なに? このガキ」


「先生、正直だね」


赤くなった頰をさすりながら、アレンは言った。リーバー先生といい、正直者が揃っている。

なんだか自宅でお嬢様をしていた頃の自分と遥かに隔たってしまった気がする。


「死んでるよ、間違いなく。全部持ってって売りましょうよ、先生」


なにしろ記念すべきアレンの初戦利品なのである。


「先生もダルクバートン殿も頑張ったではないですか」


「俺はラバンを一匹だけやっつけただけだ」


ここにも正直者が一人。ダルクバートンはむすっとした顔をして、腕を組んでいた。


「そんなわけありません」


真面目な顔でアレンは言いくるめに回った。


「みんなが頑張った。それでなきゃ、ウサギ……ではない、ラバン十匹とウサギ食い……」


「ラバンイーター」


甲高い声で女騎士が訂正した。


「そう、それ……が死ぬわけないでしょう。みなさん、才能がありすぎです」


それから女騎士に向かって褒め称えた。


「先生もです。さすが、騎士様。女を捨てて騎士やってるだけ……」


今度は拳で殴られた。


「ちょっと顔が可愛いと思って言いたい放題……どんな躾を受けてきたのかしら、この小生意気小僧」


アレンは両頬を抑えながらしゃべり始めた。


「オーグストス学院のみなさんはさすがですね。これ、戻ったら、大騒ぎなのでは?」


彼らは、ハッと気がついた。


一応、チームごとに戦利品の評価がある。一番獲物が多かったチームは表彰されるのだ。


「そ、そうだ。こうしちゃいられない」


「獲物をちゃんと持って帰らなきゃ」


アレンは満足そうにうなずいた。


「表彰の賞品はなんでしたっけ?」


「撮った獲物のうち、一番値の高いものを現金でくれる」


「他の獲物は、研修の費用に充てられるんだけど」


「素晴らしい。初戦で、これだ」


「もしかすると冒険者クラスの評価かも?」


アレンはニコニコしてその様子を眺めていた。


戻ったら、隠蔽魔法・上級の出番である。


なにしろ、アレンの名前はこのチームのリストに載っていない。


表彰されたりするわけにはいかないのだ。


「俺たちが優秀なはずないだろ。全部、こいつの……おい、お前、なんて名前なんだ」


人なつこい顔で、アレンはにこりと笑って見せた。


「ダルクバートン様に向かって名乗るほどの名前ではありませんよ」


「なんだ、お前、気味が悪いな。さっきは俺の言うことを全く聞かなかったくせに」


「だって、やりたいことは全部済ませましたしね」


ダルクバートンは、最初、ガストンがアレンを初めて見た時と同じ様な顔になった。


「あれ? なんだかお前、どこかで見たような……?」


じっと見つめられて、アレンはどきどきした。目の色と髪の色は今は黒だ。それに顔も少し鼻を幅広に変えてあるのだが、目元は一緒だ。バレたんだろうか?


「それに……本当に、男か?」





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