第九章 小牧円の場合13
「あれ? 不妃は?」
藍が誰にともなく訊いた。雨粒が体育館を打つ音、業務用扇風機が常時鳴らすぶーんという不快な音、期待に満ちた観客のざわめき、薄闇の会場に響く大昔の軽快なブルースロック。まるで本物のライブ会場のよう。よっちゃんがきょろきょろと周囲を見回すが、流石にこの中から不妃は探し出せそうにない。
「わかんない。トイレじゃないの? さっきまでいたし」
「ふうん」
「樹里亜、大丈夫? はい。お水買ってきたから飲みなね」
「……ありがとう……………………ごめん」
樹里亜がペットボトルを両手に握り締め俯く。頬に涙が伝った。失敗してしまった自分を悔いているのだろう。
「私こそ、ね」
「よっちゃん……」
よっちゃんが幕の下がったステージを見ながらぽつりと呟いた。
「ま、円はよく頑張ったよ。誰コレって感じだったもん。練習からやっとけってくらい」
「ああ、それは思った」
「家で歌ってる時より元気だった」
よっちゃんの言葉にみんなして同調しだす。みんな、わたしをイジることで、調子を取り戻そうとしている。
「ぶう。家であんな騒いでたら近所迷惑になっちゃうでしょ」
「お姉ちゃん、今でもあんまり変わんないよ」
「え」
そんなわたしを見て藍が笑う。
「ま。今回はなーんかいまいちな結果だったけどさ。あたしは楽しかったよ。それに観客の反応だって言う程悪くなかったよ? あたしら全員ってより、円一人に圧倒されてる感じだったけどさ……円? 確かライブやる前、またやりたいみたいなこと言ってたっしょ? あたしもまたやりたいよ。だから――、また一緒にリベンジしよ」
「……うん。……よっちゃんと樹里亜も一緒にやるでしょ?」
「私は、」
「私は、」
二人が言い掛けたと同時にステージの幕が上がり始めた。自然と目が吸い寄せられ、二人ともが黙った。
ざわざわとしていた観客たちの目もそちらに自然と吸い寄せられていく。観客がわたしたちの時より明らかに多い。去って行った人たちも戻ってきたんだろう。悔しい。
――本当に前座みたい。
幕がゆっくりと上がっていく。右のギター、左のベース、後ろのドラム、中央のボーカルらしき人の姿がだんだんと露わになっていく。くるぶし、スカート、ギター――と、来たところで、わたしたちは驚愕に目を見開いていく。
――あのギター……!
見たことのあるギター。
六二年製のフェンダー。弧を描く薄いブルーのボディ。
藤堂不妃がステージの真ん中でギターを構えて立っていた。
「お次は去年結成したという学年混交バンド! ボーカルの藤堂不妃さんは、ネットにオリジナル曲を日々上げており、最近人気上昇中なんだとか! そんな不妃さんがオリジナル曲を演奏する為に結成したというバンド! 近い内にこの五人でCDも作る予定だそうです! 楽しみですね! それでは演奏して頂きましょう! steady(ステディ)の皆さんです! どうぞ!」
アナウンスと共に、観客の期待に満ちた歓声が沸き起こった。
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