第十章 藤堂不妃の場合1

 くふふ。


 まず、前提として高校生のお小遣いで、六二年製のフェンダーが買えるわけないじゃんって話。数十万とかじゃ利かないよ。云百万とか平気で超えてくる。ヴィンテージだよ?

 これはわたしがお父さんから譲り受けたギター。むかーし、メジャーでも活動してたことのあるお父さん。折角の高いギターも使わなければ可哀想ってことで。

 あの日、あの瞬間、咄嗟に出た嘘だ。

 円と出会ったあの日、わたしは、ちょうどバンド練習を終えたところだった。五人で行ったあの楽器屋の中には、実はスタジオが併設されていて、steadyのみんなはあっちのが距離的に近いんだよね。だからそっちが良いって。それに、みんなわがままだからクーラーなきゃ嫌だって聞かなくって。


 ガレージの中なら汗で透けブラとか見えるのに、残念無念。




 自転車をえっちらおっちら漕いでいたわたし。

 そしたら目の前に、制服姿の女子高生が! 立ち漕ぎ、生足がすらりと伸びる。ひらひら揺れるスカートに思わずパンツ見えないかなーと、目を凝らしたわけなんだけど、その生足に見覚えがあり……の前に凄い声。気になってパンツどころじゃなかった。

 うわー……こんな住宅街で凄い大声で歌ってるなー……うちの制服……誰だろーって、気になって速度上げてだんだん近づいて行ったら、学校でチラッと話した円さんだった。

 変な子。

 この時はまだバンドを組もうなんて思っていたわけじゃない。けれどこの子と一緒に何かやったら楽しいだろうなって予感がした瞬間、もう体が動いていたね。

 逃しちゃいけない! 後で絶対後悔する! って!

「それ、ストーンズ?」

 真逆、あんなずっこけかたするとは思わなかった。図らずもパンツが見えてしまったわけなんだけど、正直シチュエーション的に全くエロくなくって、それよりも大丈夫? って、気持ちのが強かった。

 歌にビビっと来たのは事実だった。あんまり上手いとは感じなかったけど、こんな住宅街で周りを気にせず(気にしてあーなん?)、あそこまで大声で歌えるのは一種の才能でしょう。

 しかも歌ってた曲がわたしたちの世代じゃあ、他に知ってる人これから先も絶対にお目にかかれないでしょ、って時点でもう誘うっきゃなかった。

 大物だなあ。とは、思ったね。

 恋とかそっち方面の感情は他の子と違って今でも全く無いけどね(あの全くエロくないパンツのせいじゃないはず……ないはず……)。

 円への感情。たくさんの練習をし、あのライブを経た今、分かった。

 ライバル心だ。

 この子には負けたくないなって気持ちが強い。ライブの時の円は本当に凄かった。絶対、ライブ初めてじゃないでしょ!? って、わたしが驚くくらいに。そこらの素人ボーカルじゃ相手にもなんないよ。アレは。本当に凄い。

 円たちはどう思ってんのか知らないけれど、観客は間違い無く圧倒されてた。円の迫力に押されてぽかんとしてた。だから静かだったんだと思う。

 実際、ライブの後は、様子のおかしい樹里亜ちゃんのせいなのか、それとも緊張して逃げるようにステージを去ったからか、円たちは観客の反応ちゃんと見ていなかった。

 だけど、わたしは見ていた。

 わたしはこれを超えないといけない。円がこの先どういう選択肢を取るのかは知らないけれど。


 歌は続けて欲しい。

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