第九章 小牧円の場合11

「うっわ。蒸しあっつ」


 体育館の中は高校生の文化祭ステージにしては、かなりのお客さんが入っていた。校門前にいた客だろう。うちの体育館は、東側は校舎、西側は塀、北側はステージ、南側は入り口――と、つまりは風の抜け道が一切ない。これだけ入れば当然、中は蒸し暑くなる。

 楽器と一緒についでのように持ってきた業務用扇風機が観客席で大活躍している。皆、時期でもないのに団扇や下敷きで必死に自分を仰いでいた。

 キャミ着てくればよかったかな。透けちゃうよ。

 ていうか樹里亜、あんな格好で大丈夫かな。倒れないか心配。

 ステージの幕が下りている。わたしと藍はステージ脇の扉から、ステージの裏へと入って行った。

「うーい」

「お帰りー。あっついよー」

 不妃はギター抱えて立っていた。アンプの電源は入れずに、音の鳴らないエレキギターをちゃきちゃきと弾いている。

 自然体だ。プレッシャーもなく、いつも通りって感じ。

「……」

 よっちゃんは――楽譜とにらめっこ。視線が右から左へ流れて行ったり来たり。ぎりぎりだなあ。

「大丈夫? よっちゃん」

「……たぶん……いける……何も無ければ」

「頑張ってね」

「円こそね。まあ、楽しくやろうよ」

「……うん」

 その目はわたし越しに誰かを見ていた。ちらりと背後を確認すると、不妃と話してる藍がいる。

「?」

 まあ……とりあえず、ここ最近どこか様子のおかしかったよっちゃんだけど、どうやら復活したみたい。良しにしとこう。何も無ければ、か。何か無いように、わたしも頑張らないと。

 樹里亜は――。

「……それ、脱げば?」

「大丈夫。お姉ちゃんこそ。もう。ほら。ここ屈んで」

「?」

 よく分からずにわたしは樹里亜に従う。樹里亜は例の革ジャンを着、スツールに座って自分の手前を示す。樹里亜がわたしの頭に手を伸ばした。

「ハネ! 寝癖! 朝、鏡見なかったの?」

「見たけどこのくらいならいっかって……」

「そういうとこ! ひゃあっ……って、なにすんの! って、どこ行くの!」

 目の前に樹里亜のふとももがあったからなんとなく触ってみたのだ。案の定汗ばんでいた。わたしは樹里亜の手から逃れて、さっき一緒に持ってきたペットボトルに入った水をステージ脇から持ってくる。そして、ハイハットペダルの脇の邪魔にならない場所に置いた。

「ここ置いとくから飲みなね。わたしも一緒に飲むから」

「……わかった。ありがとう、お姉ちゃん」

 樹里亜の頭をいい子いい子した。なんか不貞腐れててちょっと優越感。妹からのお礼を久し振りに聞いた。

 まあ、結局その後、ペットボトルの水使って寝癖直されたんだけど。

「集合!」

 やがて不妃が声を掛けてきた。

 わたしと樹里亜も藍もよっちゃんも皆が不妃の元に集まる。時計を確認すれば十時五十分。後十分しかない。

「じゃあ円さん! 本番前に意気込みをどうぞ!」

 不妃がぐいっと顔を近づけてきた。これもいつの間にか慣れたなあ。じゃなくって。

「ええ? 不妃がやるんじゃないの?」

「いやあ、別にこういうのやる決まりも特に無いんだけど。今回は円が主役かなあって。ロックスター街道まっしぐらだからね。あの冴えない少女がようやくここまでって感じで。プロデューサーとして鼻が高いよ」

「……なんかあんまり嬉しくない」

 その言葉に皆笑った。良い雰囲気だ。

 不妃みたいな子がこういう本番前の掛け声をやるよりも、わたしみたいな冴えない女子がやる方が緊張が解れるとでも思ったのかもしれない。藍は良いけど、よっちゃんも樹里亜も力が入り過ぎてたし――人のこと言えないけど――それを、パッと見てさっとやってのけたのだろう。我が道を行くみたいな子なのに、やっぱり周囲をちゃんと見てるんだよね。

「えっと……みんなここまで一緒にやって来てくれて本当にありがとう」

「べつに円の為じゃねー」

 藍のツッコミにみんながまた笑う。

「うう……えっと。……はじめは、不妃の何気ない一言が切っ掛けでした……すぐによっちゃん、藍、樹里亜が一緒にやることになって……わたしはこんな凄い人たちの中でボーカルなんて本当に良いのかなってずっと思ってて……でも、ボーカルだけが特別じゃなくて、それぞれどの楽器も特別なんだって、皆で演奏していく内に思うようになって……音楽……皆で一緒に音を奏でることがこんなに楽しいなんて思ってもみなくて……わたしはずっと一人で歌ってたから……お友達もできたし……」

 藍をちらりと見た。くすりと笑った。

「わたしは……できれば……皆が良かったら……またこの五人で一緒にやってみたいって思う。別に今日が失敗に終わったとしても良くって……でも出来るなら成功した方がいいんだよね……だから、頑張ろうね?」

 ふう、語り終えた。こんなに長いこと喋ること無かったから疲れた。ただ、顔を上げて改めて見ると、皆何とも言えない顔をしている。あれ?

「終わり? あれで?」

「最後が疑問系って」

 よっちゃんと藍がまた笑った。ぶう。笑われてばっかり。

「ん。円らしいね。じゃ、皆がんばろっか。勿論、成功させる方向で」

「うぃー」「うん」「はい」

 最後に不妃がまとめた。わたし、必要だった? まあいいや。

「うん」

 わたしも不妃に頷いた。それを見て不妃が力強く頷き返した。

「それでは、今年結成されたばかりという新生バンド! THE GIRLSの登場です!」

 スピーカーから元気いっぱいな熟れた感じの女子のアナウンスが聞こえた。暗幕の裏でも観客席のガヤガヤは伝わってきている。




 そして、ステージの幕が上がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る