第六章 白峰藍の場合4
「そういえばあたしと円っちって通学同じ方向だよね」「うん」「いっつも時間合わないから通学で見かけることはあんま無かったんだけどさ。あたし帰る時に、たまーに自転車で一人ふらふらどっか行ってんのは見たことあるんだよね。アレどこ行ってたの?」「う……え、と。特にどこも……」「どこもってことは無いでしょ。行ってんだから」「……その、妹の友達が家に来てて……なんか居辛くって」「それでいつもどっか行くの?」「うん」「はあー。あたしも弟の友達騒いでてうるさい時あるけど、そういう時壁蹴っちゃうけどねー」「弟さんいるんだ」「うん。高一」「わ。じゃあ樹里亜と一緒だね」「アレと一緒か」「樹里亜、その、藍さんの気悪くさせてない?」「んーん。面白いと思うよ。それより藍でいいよ」「え……」「呼べ」「藍」「上出来」「藍ちゃん」「ちゃん付けんな」「っち、って止めてくれたら藍ちゃんじゃなくて藍って呼ぶ」「……円」「なーに? 藍。ってやめてー!」
ムカついたのでほっぺたをひとしきりつねっとく。
きょどってる奴とか会話苦手な奴って無理に話題探して気まずくなる雰囲気あるんだけど円は思ったよか自然体で会話がしやすい。てかあんま人のこと気にしないタイプ?
そんなことないか。学校での雰囲気見た感じ結構キョドってる気がする。教室での寧々とのやり取り見る感じ、小中までは友達いたタイプ? 高校上がって知ってる人いなくなって引っ込み思案で潰れたタイプとか?
円の家は築何年だよとツッコミたくなるようなオンボロ日本家屋だった。
玄関の扉を開く音がうるさい、薄汚れた石畳の玄関、廊下を歩く音が家中に響く、階段が急。光が差し込まなくて家全体が暗い。家具全般が焦げ茶色で雰囲気がより暗い。
二階に上がる。やけに長い廊下の奥にでかい姿見と鹿の頭の剥製。
うわーこえー。
「ここ。わたしの部屋」
「渋」
結構広い。壁にオーディオ機器とレコードとCDが並ぶ。部屋の真ん中にはガラステーブルと茶色いソファが。部屋の横っちょに敷かれている畳まれた布団が不釣り合い。
「元々お爺ちゃんの趣味部屋だから」
「いいじゃん。あたし好きだよ」
女子高生が住むにしちゃあ、渋すぎる部屋だけど。
円はどこか恥ずかしそうだった。とりあえず二人で並んでおっきいソファに座る。ぐっと身体が沈む。おお。寝そう。
「……今日はどうしたの?」
あたしより身長高い癖に、縮こまって見上げるようにおずおずと訊いてきた。どうでもいいけど何でこの子隣に座ってきたんだ。床とかその辺いっぱい空いてるのに。距離感の近さで不妃を思い出す。ま、不妃はあたしにこんな風にしてくれたことないんだけど。
「円のこと知りたくて」
「え……ええ!?」
ぽかん、と口を開いて数秒。なんだどした?
「? バンドやるにしてもメンバーのこと知らなきゃ駄目でしょ? あたしこんな感じだから人によっては結構ビビられるんだよね。んで、向こうが勝手に引いちゃうこともあって、そういう奴にはこっちからガンガン行くようにしてんだよ。あ、もちあたしが仲良くなりたい奴ね。
不妃は知ってる。寧々ちんは元々仲良い。その寧々ちんと仲良い円のことは知らない。けど寧々ちんと仲良いし、不妃が選んだってことは何かあたしには知らない見所があるんでしょ。ついでにここ来ればアレもいるだろうし」
「あ、ああ。そういう。わたしてっきり……昨日のこともあって勘違いしちゃって。わたしが知らないだけで、そういうの普通なのかなって」
「は? なんのこと?」
「なんでもない! 藍って意外と」
そこでガラガラ玄関が開く音がした。かと思えば凄い勢いで階段を駆け上がる音。あはは。超笑える。
「あ、樹里亜帰ってきたね。ごめんね。普段もっと静かだし、最近はいつも不妃の家でドラムの練習してる筈なんだけど」
円がしなくてもいい言い訳をしている間にも樹里亜ちゃんの足音は響く。部屋に入って来るかと思いきや、勢いそのまま隣の部屋の扉が開かれる音。ばすん、と何かを放り投げる音、次いで扉が閉まる音。デクデクと廊下を引き返し、ようやく扉が開かれた。制服姿の樹里亜ちゃんが眉を釣り上げめちゃくちゃ不機嫌そうな顔で息を切らせてあたしを睨んでる。
あたしの靴見て慌てて来たけど、わざわざ自分の部屋に鞄置いてから来たのか。律儀。そして昨日も思ったけど、極度のお姉ちゃん大好きっ子。そして何故かあたしを敵対視してる。めんどくせーけど丁度良いな。
「なんでいるんですか!」
「あんたのお姉ちゃんって歌下手だよね」
あたしは唐突に言った。
結構いきなりで円も驚かせちゃって悪いかなって思って顔見たら、見る見る瞳に涙が溜まっていく。うげ。なんだこの子。そんなショックなこと言った?
「あ、藍? やっぱり? わたしボーカルなんて無理? クビ?」
んなこと言ってないけど。
ていうかさっきまで同じバンドメンバーとしてお互いのこと知っていきたいよね、みたいな雰囲気してたじゃん。なんだろう? 単純に卑屈な性格してんのかな。そんな子がいきなしあたしも含めて目立つ子ばっかり囲まれることになって、それなのに目立つ子たち差し置いて自分はボーカル。そんであのザマ。ドラマチックに思えるかもしれないが、本人からしてみれば、心が追いついていないって感じかな。
いや――昨日の練習からずっと不安だったのか。
単に打ち解けてって、慣れて行けばいいと思っていたけど、この子にはもっとこっちから歩み寄っとくべきかもしれない。踏み込んでいこうぜ。
てか普通に言い過ぎじゃねってツッコミは無しにしておいて。
「下手じゃないです! お姉ちゃんは歌上手いんですから!」
「どこが? 昨日声出てなかったじゃん」
「それはお姉ちゃんが大勢の前で歌ったこと無いからです! 緊張することは誰にだってあります! 慣れの問題です! 藍先輩、そんなこと言う為に来たんですか!」
「んーそれはまあ……でもさ、慣れの問題って言っても、後半になっても大して変わんなかったじゃん。今からこんなんだと文化祭とか間に合わないんじゃない?」
昨日一日の練習だけで判断出来るもんじゃないけど。言うに詰まった樹里亜ちゃんと、今にも泣きそうな円を見て踏み込んで訊いてみる。
「お姉ちゃん、普段は歌上手いの?」
「……はい。私は隣の部屋でいつも聞いてるから知ってます。普段はもっとうるさいくらいの大声で歌って踊ってますよ」
「踊?」
「ちょ、ちょっと樹里亜っ! 知ってたの?」
「同じ家に住んでて知らないわけないでしょ。というよりアレで気付かれてないと思ってたの?」
慌てて樹里亜ちゃんの裾をくいくい引っ張って止めようとする円。そんな姉をしれっとした表情で見る樹里亜ちゃんはまるで応えた様子が無いどころか、どこかすっきりしている。
うん、まあ、あるよね。家だとテンション上がっちゃうやつ。流石に大声で歌うなんてあたしは無いけど、樹里亜ちゃん的には、バンドにおいて、そういう姉が見たくて、そして見せたかったんじゃないだろうか。寧々も円のそういう所は知っているのかもしれないし、不妃がボーカル任せたのもその辺が要因だったりして。
「私としては――お姉ちゃんの歌は家の中だけに留めておきたかったんです。独占したいとかそういうわけじゃないんです。わざわざ喧伝する物でも無いし、それも変だと思っていました。しかし、こうなった以上もうそれも止む無しです。色んな人に知ってもらいたいと考えていますが、昨日のように不甲斐ない姿を見せたいわけではありません。本気のお姉ちゃんを見せつけてやりたいんです」
なんだこの子……ちょっと引く。円は何言ってるんだかわからんみたいな顔してるし。いやまあ、姉の交友関係わざわざ調査する子だしな。……あれ? もしかしてあたし、人のこと言えない?
アプローチ変えてみるか。そういえばこの妹ちゃんのことも知りたいんだった。
「円、樹里亜ちゃんはどんな子なの?」
「え? 樹里亜?」
「何ですか突然。何が目的ですか」
円はぽかんとし、樹里亜ちゃんの瞳には再び警戒心が灯った。
「樹里亜は凄いよ。スポーツも勉強も出来るし友達も多い。わたしとは正反対。音楽の知識とかはちょっと自信あったんだけど、それも敵わなかったなあ。すぐに不妃と仲良くなっちゃうんだもん」
「うううううううう! 音楽なんて知識がどうとか関係無いってお爺ちゃん言ってたよ! お姉ちゃんいっつも自分のことそうやって! お姉ちゃんのが凄いよ! 後、別に藤堂不妃とは仲良くない!」
「そう?」
喧嘩する二人をぼんやり見ながらあたしは考える。似た者同士ってやつなのだろうか。お互いがお互いにコンプレックスを抱いている感じ。子供の頃はこんなんじゃなかったんじゃないかな。歳を重ねる内に、姉は卑屈になっていって、そんな姉に妹はどんどん過保護になっていった。
うん。やっぱりあたしのアプローチは間違っていない。まずはこの自分の殻閉じこもり女と仲良くなることだ。
「そういうことなら、ほらっ! これレコード? 曲、どうやって掛けたらいいの?」
「え? ええっと……ここがスイッチで」
あたしの唐突な行動に二人は気が削がれたような格好になる。オーディオ機器は見たこともないような代物で、ボタンがいっぱいあった。どこをどうイジって良いのかわからないあたしに、円が横から操作してくれる。針がレコード盤に乗っかり、ジジッというノイズが走り、続けて聴き覚えのある楽曲が流れ出した。あたしたちが今必死こいて練習してる曲だ。音の良し悪しはわからないけど、重低音が効いてて迫力のある音だ。
あたしん家の超安物スピーカーで聴くより、このスピーカーで聞いた方がベースの音聞き取りやすいな……また来るか。
「良い感じ。じゃ、歌って」
「ええっ!? やだよお」
「やだよお、じゃないよ。良いからいつもみたいに思い切り歌って! なんなら踊ってもいいから!」
「そうだよ! ここで歌えなきゃお姉ちゃんが廃るよ! ほら!」
お姉ちゃんが廃るってなんだよ。
囃し立てるあたしに、嫌がる円。それを見て一緒に姉を唆す妹。やいのやいの言うあたしたちに円はどんどん俯いていく。殻に閉じこもる。……む。違うな。こうじゃなかったか。
「んじゃ。あたしも歌うから」
「あれ? 藍、歌詞覚えてるの?」
「そら、自分のやる曲なんだし何回も聴けば覚えるっしょ。じゃ、樹里亜ちゃんは大好きなお姉ちゃんの真似でもして歌ってみて」
「はあ!? 別に大好きじゃありません!! お姉ちゃんの不甲斐ない姿を見られるのが嫌なだけです!! それとさっきからちゃん付けやめて下さい!!」
「……樹里亜?」
真っ赤になって否定する樹里亜ちゃんを、ぽかんとした表情で見つめる円。それを見てあたしは素直になれないこのクソ生意気な妹の本心を徐々に徐々に引き出してつつあるという事実より、あのクソ生意気なあたしの弟も、実は心の中であたしのことをこんな風に思っていたりしてー、いやあ、照れるなーとか思う。
つまりはどうでもいい。はよ歌えや。
「照れてないで。早く歌って」
「照れてません!! お姉ちゃん歌詞カード!! 最初から再生して!!」
「え……覚えてないの?」
「覚えてねーのかよーだっせーなー!」
「うるさい!!」
そんな感じであたしたちは円のお母さんが帰ってきて「あんたたち、うるさい!!」って言われるまでひたすら歌って踊って騒ぐ。
お母さんに怒れられてしゅんとした樹里亜がマジで笑えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます