第六章 白峰藍の場合3
円っちはいつも始業開始ギリギリで教室に入って来る。友達いなくて暇な時間が苦痛? 結構寝ぼすけさんだったり? 知らないけど、前者ならあたしが昨日の件も含めてまるっと解決出来るスペシャルなアイディアがある。
ていうか昨日思いついた。
猫背で自信なさ気にとぼとぼ歩いて椅子を引いて座る。円っちの視線が本当に何気なく教卓の周りでたむろしていたあたしたちの方へと向く。あたしが教室に入って来る円っちを黙ってじーっと見つめていたもんだから、寧々も含め、周りにいた他の女子二人も何となくじーっと円っちの動作一つ一つを見ていて、円っちとあたしたちの視線がばっちり合っちゃう。
小動物が全身の毛を逆立てるみたいになって、物凄い不自然に視線を逸らした。
「わー傷つくー」
「かわい」
「ちょっと藍?」
そんな円っちの元へあたしはずんずん歩いて行く。藍が呼び止め、他の二人も「どしたの?」とか尋ねて来るが全部無視。教室を斜めに真っ直ぐ横切るあたしの姿は始業前で教室に集まっていたクラスメイトの空気を少しざわっとさせる。が、そっちも無視する。どうでもいい。
窓の外を向いていた円っちの頭を掴み強引にこっちを向かせた。
「いだい!」
「おはよ」
「お……おはようございます……? あの、首……」
「なんで敬語? ムカつくから止めて」
そういえば円っちとはまだ禄に話していなかった。
「ご、ごめん……おはよう…………ど、どうしたの?」
「今日円っちの家行くから」
「なんで!?」
よくよく見れば、不妃みたいななっがい睫毛。あたしが顔をがっちり押さえてるもんだから、両手で髪の毛も巻き込んじゃって、円っちの顔がばっちし見える。
かわいい顔してんじゃん。もったいない。
「え? 行きたいから? そんな驚く? 友達の家行ってみたいって言ってるだけなんだけど? それから今日一緒にお昼食べるよ。そんで明日はカラオケね」
「なんで!? なんで!? なんで!? って、むあーっ」
うっちゃい円っちのほっぺたをひとしきりむにむにしてから別れた。
「友達……?」
円っちの呟きがちっちゃく聞こえたが無視。
そうこうしてる間に始業のベルが鳴った。
「円さんって兄妹いるの?」「妹が一人……」「円って呼んでいい?」「ど、どうぞ」「藍と寧々と仲良いの?」「よっちゃんとは仲良いよ」「藍とは? 接点なくない?」「え、えと。わたしも。よくわかんないけど……」「? どゆこと?」
お弁当を皆で一緒に囲みながら円っちを観察する。ふむ。別に受け答えは普通に出来てる。全く答えられない円っちを見兼ねて寧々がフォローする展開なのかな、だったら邪魔してやろうかなとか思ってたけど、別に普通。
この子はこの子でなんで友達いないのかな。
「円っちは円っちのクソ生意気な妹とあたしと寧々と不妃とでバンドやることになったから。ねー? 円っち」
「バンド!? 藍が? 無理くね?」
「え? 他は良いとして不妃さんも? 何故に?」
「なんだお前ら。文句あんのか」
「しゃ、喋っちゃって良いんだ……」
「別に隠すことじゃないっしょ。ね? たぶん文化祭でライブやるから見に来てね。あたしベースで寧々がキーボードで円っちが歌うから。皆で見に来て」
「円さんが歌うの? 歌上手いの? てかベースってなに?」「じゃあお客さんめっちゃ呼ぶね。そうだ。今度カラオケ行こうね」「円さんって普段どんな曲聴くの?」「これ知ってる? 最近人気。ステディって言うんだけど」「藍あんま歌わん癖にカラオケ行きたがるのよ。どう思う?」「ねえ。これは? この曲は知ってる?」
卓球のラリーみたいにぽんぽん喋る二人に動揺して真っ赤になりながら「あうあう」言ってる円っち。結局寧々ちんに助けを求める。
「うぅ……よっちゃん……」
「早く食べないと休み終わっちゃうよ?」
どんどん食が進まなくなる円っち。寧々は何か言いたげな視線であたしを見てくるが何も言わない。これはいつものことだからどうでもいい。
円っちは不妃に選ばれた。寧々がああして庇って、樹里亜? だっけ? ちゃんがあーして体を張って守ったくらいだから人を引きつける何かはあるんだろうし、音楽的素養っていうの? もあるんだろう。知らんけど。だけど、それにしちゃあ頼りない。このままいけば確実に失敗するんじゃないかな。あたしたちでひたすら練習して上手くなって、円っちも何とか歌えるようになった所で大勢の前で歌うのって別問題だと思う。
あたしは勿論問題ない。寧々はどーでも良さそうにパッと熟しそうだし、不妃は既に人前で演奏とかしたことありそうだ。樹里亜ちゃんはクソ真面目っぽいから若干心配。本番でとちって焦ってグダグダになるタイプと見た。
けど、何より心配なのは円っち。
あたしだってやるからには成功させたい。
高校の文化祭でバンドなんて今後一生無さそうだし。
食べるのおっそい円っちを待ってたら昼休みも終わりそうだ。
「あたしトイレ」
席を立つと寧々も付いてきた。チラリと後方を振り返ると心細気にこっちを見てくる円っちと目が合った。良い機会だ。皆と仲良くなれ。
「どういうつもりなの?」
相変わらず皆まで言わないけど言いたいことは何となくわかる。
「別になんも。意地悪してるわけじゃないよ」
「そう?」
そうだ。要は慣れの問題。人前で歌うのが苦手なら人前で歌えばいい。幸いにしてあたしたち女子高生にはカラオケっていう遊び場がある。いきなり路上で歌えなんて馬鹿言わないからまずはそこで歌ってもらおう。あたしや寧々だけとカラオケに行ったって意味がない。まずは不特定多数の人と接点を持って、色んな人とカラオケに行きやすい環境を作る。
流石のあたしもいきなり何の接点も無い円っちを皆の輪に入れるのは多少抵抗があるから、今日みたく、まずはお昼囲んで仲良くなる。それを毎日続けて行く。それからカラオケって流れなら悪くないんじゃない?
そうこうしてる内に昼休みは終わる。
不妃がふらりと戻ってくる。一体どこに行ってたんだろう。
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