第七章 四ツ谷寧々の場合3
不妃とよりを戻すことになった。
元々付き合っていたんだ。学校で毎日会うとはいえ、同じバンドとして活動することになれば自然と二人きりの時間は増えるというもの。……ごめん嘘。
バンドの練習は長くても半日で、短ければ二時間くらいでさくっと終わらせたりもするから、五人で活動していれば二人きりの時間なんてほぼ無い。おまけに樹里亜がバンド活動を始めてからというもの不妃にべったり、家にドラムが無い・置けないという事情があるにしたって、それだけ長く誰かと一緒にいられたら私と二人で過ごす時間なんて本来ならば皆無である筈。
嫉妬――というわけでは無かったと思う。
なんかまた不妃と一緒に話したいな、って気持ちが自分の中でどんどん昂ぶってきちゃって、少しだけ勇気を出して言ってみたのだ。
「今日、家言っていい? 不妃の家のキーボード久しぶりに弾いたからまだなんかその慣れなくて。できればもっと触っときたいなって思ったから」
「いいよー? あ、でも今日また樹里亜ちゃん来るけど、……どうする?」
なんて、不妃は私を覗き込んで試すみたいに言った。
「え……と。できれば樹里亜無しでやりたいかな……ほら。ドラムの音ってかなり響くし……」
「おっけー。樹里亜ちゃんには言っとくねー」
一日目は本当にキーボードを触るくらいだった。居た時間も短かったし、不妃自身一心不乱にギター触ってばっかりで一言二言言葉を交わすくらいだった。弾いてたのは私の知らない曲。寂しかった。
それでも私は、まるで悪いことをしてるみたいに翌週も変わらず教室の隅っこでこそこそと不妃に話し掛けた。あの日、円にああして注意した自分のことなんてもう忘れていた。
それからは、週に二日くらいの頻度で不妃の家に通った。
「んー。週二くらいだったらいいよん。時間取れると思う」
だ、そうだ。
正直言ってしまえばキーボードの調子なんて確かめる必要は無かった。だって不妃の家のキーボードなんて前に結構弾いたことあったし、バンド練習初日のあの日、感覚さえ取り戻しちゃえば、もう何にも問題無かった。必死に練習してるバンドメンバーたちには悪いけど、やる曲事態、ギターバンドばっかりで、キーボードなんてほんの添え物みたいな扱いだったから、難しい箇所も殆ど……いやあったかな……まあ、そんなには出てこなかった。
はっきり言って、単調な繰り返しパートが多すぎて覚えるの面倒くさいってくらい。
あの日――五人でバンド結成が決まったあのファミレスの会議、流石にどうなのよって思って私だって言ってやった。それなのに……。
「あ、じゃあ私もシティポップスみたいなのやってみたいなー。不妃たちも知ってそうな昔の曲で私も聴くのってジャンルとしてその辺くらいなんだよね」
軽く。会話の流れでさりげなく。本当に軽く。
「シティポップスかー最近流行ってるよねー。リバイバルってやつ?」
「そうそう、それ。山下達郎とか竹内まりやとか」
「んー。その辺りはどうだろうねー。初心者がやるには難しすぎない?」
「そ、そっか……えっと……えっとじゃあね? ちょっと前の曲なんだけど――」
「あの、不妃さん」
そこで樹里亜が割り込んできちゃって、私の意見はお流れになり、練習曲の全てがなんとなく埋まってしまった。不妃希望の二曲、円希望の二曲、樹里亜希望の一曲。きりよく五曲。
藍は、
「あたし? んー、詳しくないし何でもいいよ。良し悪しとかまだよくわかんないし」
と言っていた。私も、
「私は、――私も、大丈夫」
と、言ってその日の会議は終了した。
円と樹里亜と藍が何か言いたげな視線で私を見てたことはなんとなく覚えてる。
皆はどうだか知らないけれど、私はあの時点でほんの少しはあったバンドに対する熱みたいなのが冷めてしまった。最初は乗り気じゃなかったじゃないかって? だって、学生時代にバンドとか誰もが憧れる青春映画の定番みたいなところあるでしょ? それが自分の好きな人と一緒に、ってねえ? 浮かれない方が難しいと思うよ? 仕方ないじゃん。どんなに斜に構えていたってきっと皆そう。
だけど私は冷めた。
だって、弾いてて楽しくないんだもん。譜面貰った時がっかりしちゃった。うーわ。白玉白玉休符休符の連続連続。本当にバックで音鳴らしてるだけ。そりゃそうだよね。だって、原曲のバンドメンバーの中にキーボーディストっていないもん。きっとレコーディングの段階で、曲に厚み持たせる為にキーボード裏で鳴らしてみたとかそんなんでしょ?
他のパート見てみればギターは全部にギターソロがあって、ベースは地味な曲も多いけど曲によっては目立ってる曲もあるし、ドラムはよくわかんないけど、初心者の樹里亜からしてみれば、やってるだけでそこそこ楽しいんじゃない? 地味なエイトビートでも、基本的なフィルインでも、始めの内はやってるだけで楽しいってもんだよ。音楽ってそんなもん。
けどさあ。
私は割と小さい頃からピアノ教室とか通っていて、お遊びで不妃と一緒に、軽く合わせたりしたこともあったし、その時はキーボードが目立つ曲ばっかりだったから、今のこれってかなり不満だったりしたんだ。曲もよくわかんなかったんだもん。
つっまんねー。
ってね。
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