第三章 白峰藍の場合2
「藍さんってバンド好きだったの?」
街の楽器屋へ四人で繰り出す。
後ろでは円っちと寧々ちんの会話が聞こえてくる。「言わないでって言ったのに」「言ったっけ? ごめんごめん。私も少し興味あってさ」嘘をつくな。あたしが言うのもなんだけど。
あたしと不妃は、そんな二人の前を歩く。
不妃が隣で歩いてる!!
でも、彼女のその質問にあたしは彼女が望むような答えを示せない。正直者が馬鹿を見るって言葉があるけど、あたしは正直者こそが日の目を見るんじゃないかと信じて今日も正直に喋って生きる。だから話す。
あたしは何でも話す。自分に正直。そんな自分が大好き。
「全然わかんない。むしろ聴かないんだ、バンドっていうより音楽その物」
「珍しい……っていうより、意外。藍さんだったらクラスで仲の良い子たちたくさんいるでしょ? その子たちと音楽の話題になったりはするでしょ?」
「うん。あたしもそれで聴いてみるけど、一ミリも良いと思ったことないんだよね。なんて言うんだろう? 音楽の力って、あたし、あんまり信じてないんだ」
「音楽の、力?」
「なんか恋愛の歌とか、勇気出せみたいな歌、悲しい歌、そういう内容の歌っていっぱいあるっしょ? 聴いててムカつくんだよね。歌ってる奴に。
こんなそれっぽい言葉並べてる歌に共感なんかしてやるもんかって反感ばかり浮かんできて、素直に楽しめたこと無いんだよね。あたしが心動かされたとしたら、幼稚園で聴いてた童謡とか子供番組の阿呆らしい歌まで遡るね。それかパパが昔車で聴いてた芸人が歌ってる馬鹿みたいな歌」
「……それで、何でバンドやりたいって思ったの?」
「む」
ごもっともだ。
あなたのことが気になっていたからです! とは流石に言えないぜ。正直に生きたいとは言っても乙女だからね。何でもかんでも話せるわけじゃないのさ。自縄自縛ってこういうのを言うのかな。知らんけど。
「なんか格好いいじゃん。だめ?」
「イイ。イイね! 藍さん想像していたより、ずっとイイね!」
ぐいっと顔を近づけてくる。うわっ。睫毛なっが。天然でこれかよ、敵わねー。
「なにが? てっきり拒否られるかと思ってたんだけど」
「それを素直に言っちゃう辺りがさ! それにいいじゃん! むしろ音楽を何も知らない子にロックンロールをやってもらうってのもそれはそれで面白いし。歌詞が気になるんなら洋楽だったら好きになれるかもしれないし。正にもってこいだよ! やりたい楽器とかある?」
「ない」
「あはっ。イイね! じゃ、全部がこれからだ」
それはとても素晴らしいことに思えた。
「わっ、樹莉亜っ!? なにやってんの?」
不妃の言う楽器屋まであと少しという段階になって、突如電柱の影から少女が飛び出してきた。寧々ちんの知り合い……小学生?
「樹莉亜? どうしたの? ごめん、妹」
円っちの妹ちゃんらしい。言われてみればそっくりだ。ちっさい円っちという感じ。
様子が怪しい。
登場の仕方が偶然通りかかったというより待ち構えてた、みたいだった。それに……、チラチラと見られている気がする。
「お姉ちゃん、なにしてんの?」
「なにって……これから楽器屋に」
「楽器屋?」
「バンド組もうってことになって……」
あたし達のことは無視して話は進む。妹ちゃんに怒られてる? びびってる? 家族が反対してるって流れなのかな。さっきから妹ちゃんの視線はキョロキョロと動く。うーん。やっぱり見られてる感じがするな。あたしと……あと、不妃も。とりあえず睨み返しとくか。
「バンド……そう」
考えてる?
怪しんでる? なにを?
「これを言い出したのは姉ですか?」
「バンドのことかな? わたしだよ。はじめまして、藤堂不妃です」
キョロキョロと動かしていた視線が不妃に固定された。妹ちゃんはより一層警戒体勢。ガン垂れてたあたし、無視された形になってちょっと恥ずい。
「そうですか。あの、突然で失礼かもしれませんが、私もバンドに入れて頂くことは可能でしょうか」
「ふぇ?」
「どしたの? 突然」
円っちと寧々ちんが戸惑いを見せるも相手にしない。悪魔でも瞳はまっすぐに不妃を睨んでいる。対する不妃は、
「――いいよ」
そう言ってにこりと微笑んだ。
え? いいの? 突然現れたこんな怪しい子。
不妃は妹ちゃんにぐいっと顔を近づける。が、妹ちゃんは庇うように片腕で自分を抱いて一歩身を引く。
ははーん!
判ってきた。面白そうだから言わないけど。
たぶん円っちが妹ちゃんに不妃のことを話して、元々不妃が気になっていた妹ちゃんは自分も混ぜてもらおうとこうして待ち構えていたってことでしょ。不妃は下級生の教室にもよく遊びに行くからその時に知ったんだ。『なにあの人!? 素敵!!』みたいな?
つまりは? あたしのライバル?
あたしは前へ一歩進み出て手を差し出した。
「そういうことなら、今日からバンドメンバーだね。よろしくー。えっとー、樹莉亜ちゃん」
「樹莉亜でいいです」
「そう。よろしく樹莉亜ちゃん」
「……よろしくおねがいします。藍先輩」
樹莉亜ちゃんはぐっと唇を噛んだあと、まるで喧嘩に挑むようにあたしの手をぐっと握り返してきた……ねえ、痛いんだけど。
「ねえ、なにこれ喧嘩?」
「円気にしないの。藍がおかしいだけだから」
寧々ちんと円っちが戸惑いを浮かべている中、しばらくあたし達二人は手を握り合っていた。
そうこうしている内に楽器屋に到着。
田舎の楽器屋にしては立派な二階建ての建物で、店頭にあるショウケースにギターと管楽器が幾つか並び、下から照明が当てられている。派手な外見からへったくそな字で書かれた『木村楽器』という手作りな看板がちぐはぐで笑えた。けらけら。
自動ドアを潜り抜け中に入ると、狭っ苦しい店内に色とりどりの楽器が並ぶ。ギターにドラムにキーボード。
へー。
としか感想は浮かんでこない。素人が見ても何が何やらわかんない。色が綺麗だなってことくらい。
「それで? 円っちがボーカルで、不妃がギターだっけ? あとは何が足りないの? あたしそれでいいよ」
「円っち?」
「いいでしょ。駄目?」
円っちはもごもごと口を動かした後結局「なんでもいい」と言う。なんでもよく無さそうだな。言わないから絶対変えてあげないけど。
そうして現在足りていないパートを聞き、各楽器の特性とバンドに置ける役割を聞きながら店内を五人で物色し、じゃあ、担当パートはどうする、という話になった。
「私はキーボードでいいよ」
寧々ちんは渋々、仕方なく、みたいな口調で呟く。まるで他は譲ってあげると言わんばかりに。でもあたしは知っている。寧々ちんは幼い頃からピアノを弾いていたから、そっちの方が面倒も少なくて済むと思っているだけ。楽器も買わずに済むしね。
見れば円っちも、樹莉亜ちゃんも呆れたような顔で見ていた。幼馴染っつってたし、寧々ちんの性格は知っているんだろう。
「でも寧々、何か曲コピーするにしても、キーボード入ってる曲って探すの大変だよ? ギターはどう?」
「大丈夫。適当に伴奏弾くよ。心配してくれてありがと、不妃」
イライライライラ。
あたしは落ち着け落ち着けと唇に触れる。
あたしのこれは心を落ち着ける、あたしなりの儀式みたいなもの。
「あたし、これがいい」
「藍さん、チョイスがいいね。まさかの変形ベース!」
あたしが指差した先にあるのは店内の片隅に立てかけられた四本弦のベースだった。Xみたいな形をしていて変形ベースというらしい。色はあたしの名前と同じく藍色。四万九千円。今までのお年玉貯金で十分買える金額だ。勿論すぐ購入。あたしが速攻楽器を買ったことに皆は驚いていた。そんな大金持ち歩いていることにも、あたしの思い切りの良さにも。まあね。先行投資ってやつよ。
アンプは不妃の家にある物を貸してもらうことになった。
「ドラムで良いです」
みんなが選んだあとに樹莉亜ちゃんが呟いた。消去法というよりは、ドラムセットは不妃の家のガレージにあるので問題無いという言葉が決め手となったようだ。ただドラムスティックだけは買っておいた方が良いという不妃の言葉に、樹莉亜ちゃんは自身で選んだ物を買っていた。お値段千円前後。
スティックを選んでいる時は楽しそうに見えたけど、気のせいかも。
はっ!
ドラムは不妃の家にある→練習するには不妃の家に行くしかない→不妃と樹莉亜ちゃんの二人だけのやりとりが増える!!
まずい。
それはいけない。
断固阻止。なんとか理由を付けて不妃の家にお邪魔しますしてやろう。ああ、そっか。不妃の家行けるんだ。まだわかんないけど。部屋見たいな。見せてくれるかな。くれるよね? 家行くんだったら。
「ああ……また馬鹿が発動してる」
「よっちゃん、なにか言った?」
「なんも」
寧々ちんと円っちが何か言ってたけど、あたしは自分の世界に入っていて二人の会話は右から左へ流れていく。
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